No.514 ――昔、ぼくが住んでいた家―― より
- 261 :大人になった名無しさん :2005/06/09(木) 14:15:56
- 20歳の誕生日をもうすぐ迎える。
最近はセンチメンタルな気分になって昔の写真を引っ張り出したりしている。
見てるうちに昔住んでいた家のことがとても気になった。
近隣の市に引っ越したにも関わらず、一回も訪れていない。
今は誰が住んでいるんだろう?今もあるのだろうか?
むしょうに知りたくなった。
朝、大学に行くために家を出たのに気付いたら反対方向の電車に乗っていた。
住んでいたのは3歳までだからほとんど覚えていない。
でもあそこに住んでいたことが確実にその後の人生に影響している。
三つ子の魂・・っていうやつだろうか。
駅の南口を出て住所と写真を頼りに進んでいく。
海のニオイが強くなってきた。何人ものサーファーの人とすれ違う。
写真で見覚えのある八百屋さんや魚屋さん。
ちょっと皺の増えたおじさんの変わらない笑顔がそこにあった。
私のことなんて知ってるはずがない。分かってるけど、なんだか嬉しかった。
住宅街に入った。住所も近くなってきている。
この辺のハズ・・・・ふと視界に住所のプレートが目に入った。
あった、ここだ!
そう思った瞬間、次に飛び込んできたのは高層マンションだった。
見るからに新しい。まだ所々工事中という感じだった。
考えていた範囲ではあった。元々社宅であったし、
私たちが出た後は景気に合わせていろんな会社に渡っていったという噂は聞いていた。
最近の不景気ぶりと高層マンションブームを考えると当然のことかもしれない。
「すいません。このマンションっていつ頃建ったんですか?」
思わず通りかかった近所の住人に聞いてしまった。
入居が始まったのは今年の春という答えだった。
遅かった、ほんの一足遅かった。悔しい。悲しい。空しい。
なんともいえない感情が渦巻いた。
まったく変わってしまった風景から面影を必死に探す。
あのたくさんの写真はどこから撮ったものなのかを必死に探す。
なかった。なんにもなかった。
マンションの影響か周りは道路を含め全て整備されていた。
帰りがけに一番の遊び場だった海で、
その時一番好きだったアイスをコンビニで買って食べた。
苦かった。
- 271 :大人になった名無しさん :2005/07/07(木) 01:17:47
- 最近、機会があって小学生の頃住んでいた団地を見に行って来た。
17、8年振りかな?
丁度、団地群の端から次々と解体されていく現場だった。
もちろん、住んでいる人はもう誰もいない。
その名残りを見られて幸運だったというべきかもしれない。
当時小2、住んでいた家を不審火で失い、
あまりのショックで呆然としていた俺。
(今にして思えば、家族全員無事だったことに感謝すべきだが)
もともと内気で友達も多い方ではなかった。
その町へ引っ越して転校した学校での初日、
不安でどうしようもなかった俺に、
「家はどこ?」
「一緒に帰ろう!」
と、帰り道は十数人でゾロゾロと帰った。
家が反対方向の奴も居たはずなのに。
あんなに「救われた」という気持ちは、その後も経験することは無かったよ。
その中の何人かとは、仲の良い友達になってずいぶん遊んだ。
音信が途絶えて久しいが、奴らは今どうしているだろうか…
工事現場の中で、当時住んでいた家を見つけることができた。
茂った雑草をかき分けて窓から中を覗いてみた。
思っていたのとは少し違って見えたが、何となく面影は残っていた。
当時は全く感じなかったが、5人家族で住んでいたにしては
狭すぎるんじゃないかと思った。
でも楽しかったなあ…。
あの頃は毎日が輝いていた。
今とは大違いだ… orz
思い出してちょっと泣きそうになったけど
同行した弟(当時は幼く記憶がない)には悟られない様に
「お前、覚えてねーのか?俺たちこんなきったねー所に住んでいたんだぞ。」
と嘯いて、帰りました。
もう記憶の中にしか存在しなくなったが、
確かにあの時は存在していた。
人生はもう終わったと半ば絶望していたけれど、
もう少し、ほんの少しだけでも頑張ってみようと思いました。
- 276 :大人になった名無しさん :2005/07/19(火) 02:10:45
- 5年前、生まれてから17年間住んでいた家を引っ越した。
家族のみんなは引っ越すのがうれしかったみたいだ。
設計段階から大騒ぎで。
でもおれはうれしいどころか悲しくて仕方なかった。
ものごころつかない時からずーっとおれを育ててくれた家なんだから。
引越しはおれの関係ないとこで進んでるみたいだった。
新しい家は住んでたとこから電車で15分、しかも同じ路線だったから、
引越し当日は朝古い家を出て学校へ行き、で帰りはそのまま新しい家へ直行。
全然引っ越した実感がなかった。
新しい家に着いた日の晩、おれは家族に隠れて泣いた。
もう誰も住んでない家が、一人取り残されたようでかわいそうでかわいそうで・・・
本当に大泣きした。
次の日もまたおれは泣いた。
で三日目、住んでいた駅にある床屋に行きがてら、数日前まで確かに生活してた家に寄ってみたんだ。
当たり前だけど誰もいなくて、なんにもなかった。
そこでおれはまた大泣きした。
泣きながら思ったんだ、たぶんおれにとってこの家も含めて「家族」だったんだろうなって。
ちゃんとお別れを言わなきゃって思った。
今まで本当にありがとうって。また寂しくなったら来るからって。
引越しの日は言えなかったことを言えたような気がして、おれは本当にすっきりしたのを覚えてる。
その夜からもう泣くことはなくなった。
本当に狭い家で、おれの部屋で家族みんな寝てたけど、
試験勉強のときとかみんなを起こさないかひやひやしてたけど、
洗面所もなくて、テレビも1台しかなかったけど、
そんな家のおかげでウチの家族は仲がよいのかもしれないな。
今あらためて思うわ。
ありがとう、おれの家。
- 289 :大人になった名無しさん :2005/09/02(金) 02:17:28
- 学生時代に住んでいたボロアパート。
子供の頃から何かと辛く当たる親についに切れ、殴り合いの大喧嘩の末、
バイトで貯めた貯金をはたいて家出同然に出てきた。
家賃が凄まじく安いかわりにほとんど日の差さないようなところだった。
意地で学校は辞めなかったから、早朝バイト、昼中学校、夜遅くまでバイト、
と疲れてたけれど、「いつまで寝てるんだ!」「何でこんなに早く寝るの!」という
罵声におびえずに眠ることができ、粗末ではあったけれど「何でそんな嫌そうに食べるの!
だったら今日は何も食べるな!」と怒鳴られることなくゆったりとご飯を食べることができた。
風呂に好きなだけつかれたのも初めてだった。
それに、大家のおじいさんおばあさんが本当に優しくしてくれた。
すぐそばで酒屋さんをしていて、家賃を払いに行くと「お酒飲む?店のもので悪いけど」って
ビールやおつまみ、調味料やはては「夕食の残りだけど」とおかずもくれた。
風邪引けば病院連れて行ってくれて、お粥や玉子焼きを差し入れてくれた。
熱のある身体で動かなくてもいい、という幸せを初めて知った。
就職して東京へ行くことになり、アパートを出るとき、「綺麗に住んでくれたからいいよ」と、
わずかだったとはいえ敷金を全額返してくれた。それどころか、「就職のお祝い」とビール券までくれた。
あれから10年。たまたま大学のある街を訪ねる機会があった。
大家さんが経営していた酒屋も、アパートも月ぎめの駐車場になっていた。
何があったのかは判らずじまいだった。
今はあの部屋よりずっと綺麗な部屋に住んでいる。
けれどあの部屋が無性に懐かしくなる。初めて安息と、人の優しさが身にしみた
あの部屋が。
- 302 :大人になった名無しさん :2005/12/03(土) 11:34:46
- 昔住んでいた家
地震で半壊になって、それでもなんとか修理して暮した家
祖母との思い出が詰まった家
今はもう家族誰も住んでいない家
借りてくれる人もいなくなった
手放さなければならなくなった
「もうおばあちゃんがいいよって言ってるんだよ」と母は寂しそうに言った
買ってくれた人がいた
大工さんだった
この家を修理しながら住んでくれるそうだ
まだまだ家族で住んだ家はなくならない
これからも新しい家族にかわいがってもらいながら
ずっとそこに在り続けてくれる
ありがとう
どうか、かわいがってあげてください
古いけれどとても優しいお家です
幸せに暮してください
よい思い出をいっぱい作ってください
- 321 :大人になった名無しさん :2006/05/07(日) 21:09:12
- 私がお嫁に行く前に両親と住んでた家は
とても小さい建売り住宅だった。
よくその家の近くを母と散歩した。
その散歩の途中、母が「もうすぐ一緒に散歩も行けなくなるねぇ。」と
寂しそうに言った。
私にとってあの家は「初めての持ち家」という嬉しさと、
「寂しそうな両親を残していく」悲しさの両方の思い出のある家。
今は両親もそこには住んでないけど
母はその家から引っ越す前、ちゃんと写真におさめていた。
その写真を最近見せられたのだけれど、
胸がいっぱいになった。
庭もなく、ベランダも狭い本当に小さい家だったけれど
私ら家族にとっては「お城」だった。
- 334 :大人になった名無しさん :2006/11/05(日) 05:49:52
- 航空写真で実家付近を探してみた。
昭和49年の姿がそのまま残されていた。
立て替え前の実家、秘密基地を作った空き地、ザリガニ釣りをした沼まで
はっきり写っていた。
そして、初恋の彼女が住んでいた市営住宅も、一緒に学んだ改築前の中学校も。
季節は初夏のようだ、建物の陰の方角から考えると時間は正午少し前。
この校舎の中で今、彼女も僕も勉強している。
黒板にチョークで書く音。
もうすぐ弁当の時間か(給食は次の年から始まった。)。
弁当箱の色まで思い出した。
部活で泥まみれになったバレーコートも、体育館も、全て懐かしい。
卒業後、彼女との行き来はなくなった。
後で聞いたところ、高校卒業した頃、家を建てて引っ越したらしい。
市営住宅は平成の始めに建て替えられ、空き地には病院が建った。
この前の同級会で、彼女は東京に嫁いだと言っていた。
相変わらず明るく振る舞い、澄んだ声で笑った。
次の同級会には、この写真を持っていこう。
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