No.402 ちょっとせつなくなった食事の風景 より
- 346 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/09/09 16:20
- 小学校に入りたての頃、夕方から夜中にかけて、私はいつも一人ぼっちでした。
夕食は母が作り置きしておいてくれたチャーハンを食べたり、近所の食堂にカレーライスを食べに行ったり。
これは食事の風景とはちょっと違うんですが…
その日も夕食を済ませた後、コーラを飲もうと栓抜きをさがしたけれど見つからなくて、
どうしてもあきらめきれない私は自分の家からそう遠くない友達の家に栓抜きを借りにいったんです。
チャイムを鳴らして、事情を説明して…。そのときに見えた友達の家の家族団らんが羨ましくて
帰り道、寂しくて切なくて、雨の中泣きながら家まで走りました。
もうずいぶん昔の話です。
- 269 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/30 16:32
- 小学生の頃、父の実家がある土地へと旅行へ行った。
でも、母親と姑は仲がものすごく悪く、実家で一人暮らしをしてる祖母のもとへは
行かず、ホテルに泊まって観光した。
その最終日、父親が急に私と姉だけを連れて、実家の祖母のもとへ顔だけ出しに行った
ものすごく急いでいたので、お茶だけ飲んで、すぐ帰ることに・・・
でも祖母は私たちに何もしてあげられない事が悲しいらしく
その時あった卵を、卵焼き用の四角いフライパンで、急いで目玉焼きを二つ焼いてくれた。
四角い目玉焼きを、台所で立ったままで姉と食べて帰った。
帰りの車で、姉と四角い目玉焼きを「おかしかったねぇ」って笑って話した。
本当は内心、姉と私は祖母の切なさが痛いほど伝わってて、マジな話しが出来なかったんだよね。
- 222 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/23 23:58
- 父が事故で急逝したんです。
漁船に乗っていて、底引き網を巻き上げる機械に挟まったんです。
あわてて家に帰ると、
台所に茶碗と皿、はしなんかが置いてあるのに気が付いた。
それ見たら、家族のいない昼食を独りで食べていた父が想像されて
寂しかった。
- 236 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/25 01:16
- 9歳上の男性と仲良くなって、
お互いの夢追ってお互い尊敬してて…いつの間にか
恋愛感情が芽生えてきてて、彼には彼女がいて
それわかってたからキスされても嫌だって逃げてた
それが段々進行してきて最後の一歩は踏み出させなかった。
でも誕生日の数日前。
境界線を越してしまって私は泣きながら帰った。
もう逢うつもりなかった。
誕生日の夜。祝ってくれるはずの彼はいなくて
家族と過ごした。
でも誕生日なんてこの歳でそう祝ってくれるようなイベントでもなく、
父親はテレビを見続け、兄も弟も食事が終わるとすぐ部屋にこもった。
私一人もくもくと御飯を食べてた。
美味しいはずのケーキも食べたくなくて「食べない」と言い張った。
そのうち涙がぼろぼろ出てしょうがなくて洗面所で顔を洗って御飯食べて
でもまだまだ涙でしょっぱい味がして
また洗面所に行って…。
すごくしょっぱくて冷たい御飯だった。あの味は一生忘れられない。。。
- 260 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/28 20:44
- ウチは母子家庭だった。
自分で言うのもナンだが小中高と結構賢い子で、母はムリして私立の学校&塾に通わせてくれた。
いわゆる女手一つで・・・ってやつだが、私の学校のために働きずくめだったので
一緒にご飯を食べた記憶がほとんどない。覚えているのはせいぜい合格祝いで外食したくらい。
ほとんど毎日夕飯は朝に母が作っていってくれたシチューなんかをチンして食べてた。
毎日毎日一人でボソボソ食べていたけど、やっぱり寂しかったね。一人だと食欲も失せるし。
団欒って言葉にすごく憧れた。
一生懸命働いていい学校に行かせてくれたことにはとても感謝しているけど、
もっと色んな話しながら一緒に晩ご飯食べたかったYO・・・。二人家族なのにね。。。
学校であったこととか、友達のこととか。お母さんの仕事のことももっと聞きたかったな。
おかずなんかいっぱいなくてもいいから、晩ご飯を一緒に食べれる人がいるのが一番の
ご馳走だと思ふ。
今はもう結婚したけど、その記憶があるからダンナが仕事で夜中の1時2時に帰ってきても
起きて、晩ご飯の支度(温め直す程度だけど)して、ダンナが食べている間は一緒の食卓で
くだらない話しながら晩ご飯に付き合ってます。私はとっくに済ませているので食べないけど。
ダンナは「お前も明日仕事だろ?メシくらい一人で食えるし、そのぐらいの支度はできる」と
言ってるけど、家族揃って晩ご飯食べていた家の出だけに、
その寂しさは分からないんだろーなー、ダンナ。
- 286 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/09/02 01:11
- 夏休みで実家に帰省していた最後の日に母親が
「これ持っていきなさい」と、おにぎりを渡された。
すでにタオルや洗剤を、お土産?として持たされていた俺は、
「これ以上は、荷物が増えるから、こんなんいらねー」って断ったんだけど、
母親は「いいから、この位持っていけるでしょッ」と強引にカバンに詰め込みました。
それで、お互いにムッとして気まずいままに、俺は実家を出ました。
でも実際、住んでいる所へ戻る途中、お腹が空いたので、
そのおにぎりを食べたのですが、何年かぶりに食べた母親の大きなおにぎりは、
コンビニのおにぎりよりも断然に美味しかった。
母さん、ゴメンナサイ、アリガトウ。
- 326 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/09/06 04:01
- 親父が入院していて、週に1度の帰宅できる日にたまたまお袋の親戚に
不幸があり、お袋が実家に帰ってしまったんで飯をなんとかしなけりゃ
ならなくなった時があった。
こんな時いつもは近所の惣菜屋でおかずを買ってきて食ってたんだけど、
「母さんと一緒だとあんまりそういう食事もできないし、病院食にも飽きた」と
親父が言って、その日は二人でちょっと豪華なレストランに行って飯を食った。
二人で結構高いステーキを食べたんだけど、そのとき親父はもうあんまり
食えなくて、親父の残りは俺が食べた。
親父は金を持ってないはずだったので勘定は俺が払うつもりだったが、
どういうわけか財布を持っていて、勘定は親父が払った。
次の日また親父は病院に戻ったが、しばらくして熱を出して、そのまま
病状が悪化して亡くなった。
いつも通勤の時にその店の前を通るが、あれ以来入れない。入ったら泣くかも。
- 335 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/09/07 21:42
- >>326
お父さんは、最後にあなたと食事ができて、きっと嬉しかったと思う。
もう少し、心の傷が癒えたら、そのお店で、お父さんを思い出しながら
お食事してあげてください。
お父さんは、思い出作りをしたかったのだと思います。
そして、将来、あなたに家族ができたとき、
「この店で、お父さんは、おじいちゃんと最後の食事をしたんだよ。」
と語っている姿を、お父さん(孫たちのおじいちゃん)は
天国でにっこり笑ってみてると思います。
本当に、そうなれば、いいな。
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