一番楽しかった「あの日」はなんですか? より
- 84 名前:ぱむ@AirFixation 投稿日:2001/06/09(土) 17:04 ID:???
- >>4と似てるんだけど、
高校の時の部活がらみのことは今でも全ていい思い出。
多分、人生で一番楽しかった頃になるんだろうなぁ。
最後の大会遠征、宿舎で最後の夜。
とても仲良しだったうちら3年は、みんなで宿舎の外に出た。
少し歩いて公園みたいなところに行って、しばらくみんなで騒いでた。
ふと会話が止まって、なんだか涙が出てきた。
気づけばみんなも泣いていた。
男子の部長をしてた人が「ありがとうな」とつぶやいた。
空を見上げると満天の星。涙が止まらなくなった。
- 92 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/10(日) 00:14 ID:???
- 引っ越しが近づいた夏。手を繋ぐことすら出来なかったオレの臆病さのせいで、うやむやのまま別れた彼女から「会いたい」との電話。
彼女には既に新しい恋人が居るのは解っていたのに、くだらない期待を抱いて、オレは彼女と会い、友達に教えてもらった夜景のの綺麗な雑居ビルの屋上に忍び込んだ。
言いたいことは色々あるのに、相変わらず臆病なオレは、その後に及んで適当な冗談で誤魔化してた。
そのときちょうど遠くの空に花火が上がった。
それを見ていたら、不思議な位、素直な気持ちになってきて、思っていることがドンドン言葉になって溢れてきた。
どんなに君が好きだったか
どんなに君を抱きしめたかったか
どんなに君が去って辛かったか
どんなに今でも君を好きか
そして、どんなに君を思っても、今ではもう遅いのか
帰り際、すっかり気持ちが楽になったはずみで、オレは友達と練った作戦までバラしてしまう。「あいつがさぁ、ココに呼べば絶対キス出来るなんて言うんだよねぇ」
それを聞いた彼女がささやいた言葉を、オレは聞こえない振りをして出口に向かう。彼女が付いてこないので振り返ると、立ち止まったままオレを見て、またささやいた。
「キスしても...いいよ」
ずっと臆病で、それまで彼女の手も握れなかったオレは、彼女に歩み寄り、抱きしめ、そしてキスをした。
これでもう、完全にお別れだと解っていたけど、不思議と寂しさはなく、とても満たされた優しい気持ちになっていた。
それから程なく引っ越して、彼女とは全く会っていないけど、多分、既にオレの知らない誰かと結婚して幸せな生活を送っていることだろう。
その事を思うとちょっと胸が痛むけど、彼女にもらったモノは、いつまでもオレの心の中に残っていくだろう...って!
2ちゃんでこんなに語るオレって超マジ厨房だな!ギャハハ
みんな思う存分ワラってくれ!!
- 177 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/12(火) 01:22 ID:???
- 中1の時、仲の良い友達4人で富士山に登った。中学生同志で富士山に登るなんて、
今考えたら変な話だが、休み時間に『やっぱ日本一には登らんと』というよくわからん理由で
夏休みに登りにいった。俺を含め3人は普段運動が得意で頭が弱い典型的なスポーツ馬鹿だったが、
あとの一人はどちらかというと運動オンチで体も弱く、俺達はそいつには行くのを辞めるように勧めた。
そいつも『足手まといになるのは嫌だな』と言いながら、ちょっと悲しい顔をした。
その日の夜、そいつの(分かりにくいからイニシャルでS)の母親から電話があって、
『一緒に登らせてやれないかな?』と言われ、俺はちょっと躊躇したが他の2人を説得するのを約束して電話を切った。
次の日の朝、Sは『昨日おかんが変な電話したらしいけど、ゴメンな』と申し訳なさそうな顔で俺に話し掛けてきた。
『ええやん 一緒に登ろうや!』と言うと、『ほんまに?』と満面の笑みで喜んだ。
待望の夏休みになり、4人で富士山の五号目まで行くバスに乗って、富士山を目指した。4人ともやけに興奮していて
しゃべり続けていた。特に普段4人のツッコミ役でボソボソとしかしゃべらないSが一番大きな声でしゃべっていた。
5号目〜6号目〜7号目までは登山とはいえ、まだ緩やかな坂道でS君も息を切らせながらもなんとか登っていたが、
7号目〜8号目になると斜面もきつくなり、みんなでSのペースに合わせながら一緒に登った。
8号目につくと今日の寝床がある。8号目の宿だ。そこで夕飯をとる、といってもレトルトのカレーだったが、
うまいうまいといいながら、みんなでほうばった。飯を食った後、砂まじりの布団に潜り込み、『明日は晴れて
ご来光が見れるとええな!』などとはしゃいでいた。俺はちょっと青白い顔をしていたSが心配になり、『大丈夫か?』
と聞くと、『大丈夫や!』と青白い顔をしてSは答えた。
- 178 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/12(火) 01:23 ID:???
- S君に起こされ、夜中に宿を出る。夜が明けるまでに頂上にたどりつくためには、夜中に出ないと間に合わない。
9号目に差し掛かったところでSがうずくまって歩けなくなった。どうやら酸欠状態になったらしく、俺は8号目の宿まで
酸素の缶スプレー(名前は知らない)を走って買いに戻った。S君は苦しそうにしていたが、大分マシになり、
再び頂上を目指し始めた。そしてようやく頂上についた。
頂上ではご来光を拝むための人だかりができていて、俺達もそのなかに混ざった。
数分後、空が白みはじめると、雲の中から太陽が姿をあらわした。
『スゴイな』と俺が言うとSは嬉しそうに『うん』と言った。
その時の喜びは今まで生きてきた中でも最高だ。
頂上ではご来光を拝むための人だかりができていて、俺達もそのなかに混ざった。
数分後、空が白みはじめると、雲の中から太陽が姿をあらわした。
『スゴイな』と俺が言うとSは嬉しそうに『うん』と言った。
その時の喜びは今まで生きてきた中でも最高だ。
高校になると、4人ともバラバラになり、Sは親の都合で東京に引っ越した。
でも高校に入ってからも、他の3人とはちょくちょく会い、Sとはたまに電話で近況報告をしたりしていた。
Sはいつも自分の近況報告はせず、富士山の時の思い出話をすることが多かった。
その後、俺は浪人生で受験の真っ只中、Sに連絡することも忘れていた時にSの母親から連絡があった。
『今日息をひきとってな。。。あの子、いつも富士山の時の話ばっかりしてたわ ありがとうな ありがとうな・・・・』
と泣きながら俺に礼を言っていた。俺が『死んだってどういうことですか!? 』というとSの母親は本当のことを話してくれた。
- 179 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/12(火) 01:25 ID:ntLjasBA
- Sはすでに高1の終わりに、病気で高校に行かなくなり、ずっと家で静養していて、ここ数ヶ月はずっと状態が悪く、
今日息を引き取ったということだった。
電話を切った後、不思議と涙は出なかった。というより、急過ぎてなにが起こったのかわからなかった。
数日立ってから、富士登山の時の写真をみたときに涙があふれてきて、涙が止まらくなった。
Sが『うん』といったあの時の嬉しそうな顔は今でもあの時のまま、俺の記憶に焼き付いている。
長々とゴメン
上でいい話を聞いたので、Sのことを書きたくなって、書いてみたら長くなりすぎた。
文中にも書いてあるけど、スポーツ馬鹿なので許してくれ
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