No.230 嗚咽 その4 より
- 41 :その1 :03/03/07 00:40 ID:S2PDadTO
- 俺自身が味わった不幸や悲しみとかでないので
なんだか微妙にスレ違いかもしれないが
どうしても吐き出したかったのでさせていただく。
半年前、友達の薦めで某チェーン店の美容院に行ったの。
外観も接客も明るい雰囲気でとても良い感じだった。
ふと車椅子で深く帽子をかぶった女の子(おそらく12.3)
が連れの人と一緒に来店した。
飛び込みだったらしく、しばらく待たされたあと
彼女は店内に案内され、何人かの美容師達の手によって
椅子に映ったところまでは良かったのだが。
帽子を外すと、そこには薬か何かの影響なのか、
パサパサの髪に、ところどころ抜けてしまって
とてもカットやカラーができるような頭じゃなかった。
その場の空気も一瞬凍ったと思う。
そして奇異の目を向けてしまったかもしれないそのときの
俺にはほんとアホ、としか言いようがないのだが。
彼女自身、なんだかつらそうな顔をしていて、
どうやら連れの女の人(母親という感じじゃなかった。看護婦?)
が半ば強引に連れてきた感じらしい。
そうしたら奥の方から年配の男性(40くらいかな)
が出てきたのね。
その人がやたら陽気で、ガハガハ笑うような、
ほんとに美容師なのか、と問いただしたくなるようなオッサン。
- 42 :その2 :03/03/07 00:44 ID:S2PDadTO
- で、オッサンが女の子に
「絶対きれいにするから、ばっさり切っちゃってもいいかな?」
と聞いたの。
俺は内心、髪の毛抜けちゃったりして傷ついてるみたいなんだから
そんなに切ったら良くないんじゃないか、なんて思っていた。
もう、自分の頭よりもそっちが気になっちゃってしょうがなかったんだけど(俺はパーマだったんでしばらく時間がかかったので)
そりゃあもう、出来上がりには驚いた。
ものすごいショートにして、その毛先もなんだかクルクルして
俺が書くとなんだかおばさんの髪型か、と想像されちゃうかもしれないけど、なんていうか、雑誌とかでよく見るモデルみたいな
髪型で。
パーマもカラー剤も使ってないのに大変身だったの。
もうぜんぜん前と違うの。
で、なにより違ったのはその子の表情なわけ。
仕上がりをみてものすごいにこにこしちゃって。
ちょっとやせてたけどすごい可愛い子だったってのがわかった。
最初はあんなに無口だったのにもうオッサンのバカみたいな
しゃべりにいちいち大笑いしててさ。
もうその美容院の中がほんわかムードだよ。
美容師ってホントすごいな、と思った。
一緒についてきてた人もすごい感謝していて。
俺もその日はなんだかとてもいい気分で、いい美容院を見つけた
とおもいながら帰ったんだけど。
- 43 :その3 ラスト :03/03/07 00:49 ID:S2PDadTO
- 先週またその美容院に行ったのね。
その日の施術もとどこおり無く終わって、
さあ支払いだと言うときに、この美容院次回の予約ができるので
それをしようとしたの。
そうすると顧客ファイルみたいなのを開いてチェックするんだけど。
俺の後がその例の女の子のファイルだったわけ。
その子があのあと毎月予約をしてはキャンセルしていたらしい印の
後と(時間が記入されてはバッテンがついていた)
俺の行った日の三日くらい前の日からずーっと黒い太い線が
引かれていたのを見たときに(それも、誰かが悲しくて書き殴ったかのような線で)
急に不安な気持ちになった。
普通、美容院変えるとしても連絡なんてしないし、
もう行きませんなんてわざわざ伝えるなんてしない。
ああ、これは、とちょっと悟ってしまった。
俺の勘違いで、引っ越しだとかなんかそういう理由で
これなくなったんだと思いたいけど、
そのオッサンが黒いスーツパンツで仕事をしてるのを見てしまった。
あのときの表情とか笑い声とかすごいフラッシュバックして
帰り道に号泣してしまった。
- 55 :大人の名無しさん :03/03/09 02:26 ID:YXtPQ+d2
- 昨年の話だが、俺の婆ちゃんが入院した。
もう80才近くで結構ぼけも入っていた。
次血圧が下がったらやばいかも、と言われていて、
いざというとき用に喪服も買っていた。
正直小さい頃婆ちゃんとよく遊んだらしいが
あんまり記憶もなく、中学くらいで親が離婚して
父と離れて暮らすようになってからは(父方の婆ちゃんだったので)
顔も合わせていなかったので、そんなにつらくはなかった。
見舞いに行っても俺の顔を見ても不思議そうな顔をしていた。
ある時具合が悪くなり、もしやということで親戚中に連絡が行った。
俺ももちろんかけつけたが、どうやら持ち直したようで、
親戚中が安堵して婆ちゃんの前で談笑していたとき。
親戚の誰の顔を見ても何も思い出さなかった婆ちゃんが、ふと俺の顔を見て
「三味線は?」
とはっきりつぶやいた。
俺達は驚いた。
いったいなんのことかと俺と俺の家族以外は
うろたえたが、俺たちにはわかった。
- 56 :大人の名無しさん :03/03/09 02:37 ID:YXtPQ+d2
- 俺がまだ小さかったとき(確か幼稚園)
なにか楽器を習わせようと親が婆ちゃんに相談した。
婆ちゃんは琴をひけるひとだったので、三味線を○○ちゃんがひけたら一緒に演奏できるから
と言う理由で三味線を薦めた。
それから約10年くらい、
親の離婚でゴタゴタするまで俺は三味線を続けていて
そのときまで正月婆ちゃんにあったときは嬉しそうに
どれくらい演奏できるようになったのかと聞いてきていたっけ。
当時俺は実は古くさい三味線がイヤでイヤでしょうがなかった。
引っ越しのどさくさで辞めることができて嬉しかったりもした。
あれ以来三味線に触っていないし、思い出すこともなかったが
婆ちゃんがそのことだけを覚えていたのかと思うとなんだか無性に涙が出た。
「まだやってるよ」
と俺は嘘をついたが、もうそのときには
婆ちゃんはあらぬ方向を向いていた。
生きてるうちに婆ちゃんの前で弾いてやらなくては、と
慌てたが昼食を取っている間にばあちゃんの様態が急変した。
今更焦ってももう遅かった。
その日の夕方婆ちゃんはいってしまったが、
何故ばあちゃんが俺の三味線を聞きたがっていたことを思い出して
弾いてやらなかったのか、今でも悔やまれる。
葬式の日に婆ちゃんの家に行くと小さい頃遊んでもらった記憶が
とにかくいろいろ思い出されて、涙がとまらなかった。
そういえば俺が三味線をやっているから婆ちゃんは俺をひいきして
お年玉が少し多かったりもしたんだ。
あれだけ泣いた葬式も初めてだった。
で、仕事が落ち着いてきたのでまたはじめようかと思ってる。
感覚を取り戻したら仏壇の前で弾いてやろうと思う。
- 73 :大人の名無しさん :03/03/18 10:11 ID:03X1KrMB
- 高校時代からの親友、悪く言えば腐れ縁というのはよくあると思う。
そんな友達がS、W、Mの3人だった。
年中一緒に遊んだり、バカなことやったりした奴等だった。
バカだから揃って浪人もした。
1浪後、仲間は地元の、私は一人都内の大学に進学した。
距離も離れ、また各々の大学で友達もできたりして、以前ほど遊ばなくなってしまった。
たまに帰郷したときに連絡を取る程度だった。
大学三年の冬、当時つきあっていた私の彼女が事故にあった。
バイト先から駆けつけた時にはもう息を引き取っていた。
彼女の父親に罵倒され、彼女の母親には逆に謝られた。
私はショックで2ヶ月くらい引きこもり、体重も一気に15kgぐらいやせた。
やっとまともな生活ができるようになった頃、Sから『久しぶりに皆で旅行にでも』と誘われた。
あいつらには彼女の事は言ってない。
今の状態で行こうか迷っていたが、私もこのままではいけないと思い、参加することにした。
続く
- 74 :大人の名無しさん :03/03/18 10:12 ID:03X1KrMB
- 北海道に行った。
綺麗な雪景色を見て、美味い物をたくさん食べたが、私はいまいち盛り上がれなかった。
3泊4日の最後の夜、WとMは買い物に出かけ、私はSとビールを飲んでいた。
雑談の切れ間、ちょっとした沈黙の後に、Sが気まずそうに話し始めた。
『俺らバカだから、こんなことしか思いつかなかったよ。
ごめんなぁ。
お前が一番つらいときに、力になってやれなくてごめんなぁ。』
Sは泣いていた。『いいって。いいって。』と言いながら私も泣いた。
悲しさが蘇ってきたのと、目の前で私を気遣い泣く友人を見て涙が止まらなかった。
お互い見ていられずそっぽを向き、顔を隠しながら泣いた。
Sの話だと、地元で偶然会った私の母から聞いたのだという。
SはWとMに相談し、今回の旅行を計画したそうだ。
その後、帰ってきたWとMを交え、私達は朝まで飲み明かした。
今は私も結婚し、WとMには子供もいる。
そして今年の6月、最後まで独身だったSがついに結婚する。
S、ありがとな。スピーチはまかせろよ。
これからもW、Mと一緒に酒を飲もう。
駄文&長文スマソ。
SiteOwner:hiroshu29[atmartk]hotmail.com
Copyright (C) 2002-2005 泣ける2ちゃんねる