PickUp #169  2002.12.24   <- Prev  Home   Next ->


★クリスマスイヴの思い出・2002年版★ より

63 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/12/01 03:11 ID:SrpXeYMW
付き合って2年の彼に、12月1日に突然フラレた、97年のあの最悪な冬。
もう寂しくてどうでもよくて、イヴは適当に男の子を誘って、
彼との思い出の、港のでっかいツリーを見に行った。
バカだった。
もう、何だろ。私は彼が好きで好きで大好きで、
全然忘れられなくて、
去年の今日の私はなんて幸せだったんだろうとか
なんで私は今好きでもなんでもないこの男とこれを見てるんだろうとか
つらくて悲しくてものすごく痛い気持ちで、
涙がどんどん出てくるので、ツリーを見上げるふりをして、
涙がこぼれないように必死だった。
会いたい!会いたい!って頭のなかで叫んだよ。

そして2002年の今日。
なぜか今、隣に「ハラ減った、なんか作れ」という、別れたはずの彼がいるわ…
寝室には彼と私の子が寝とるわ。

あのときの私に教えてあげたい。今のこの幸せ。
この季節になるとふと思い出す、
97年のクリスマス・イヴ。

243 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/30 22:06 ID:4afl2zzP
1994年12月24日。
ベタだけど、クリスマスイブの日に3年間付き合っていた彼女に
プロポーズした。返事はOK。本当に本当に嬉しかった。俺が一人
喜んではしゃいでいるのを彼女は横で笑って見ていた。

翌1995年1月17日。
彼女の家は神戸にあった。そして阪神大震災。前夜の1月16日が
彼女と過ごす最後の日になるなんてしばらくは信じられなかった。

あれからもう8年になろうとしているが、今でもこの時期になると、
街でクリスマスソングを聞いたり、クリスマスツリーを見たりする
機会が増えるのであの頃が思い出されて胸が痛む。でもあのクリスマ
スイブの日は俺にとっては最高に楽しくて感激した日だ。

家族で行った思い出のレストラン より

3 名前:Ricky Lee Martin 投稿日:02/11/15 22:24
まず、オレ。
ガキの頃、超ビンボーだったが、クリスマス(兼オレの誕生日でもあったのだが)
には日本橋の東急百貨店ででおもちゃを買ってもらい、その後「たいめいけん」で
オレと兄貴はオムライス、オヤジはカレー、お袋はミートコロッケを食うのがしき
たり(?)だった。
オヤジは職人だったが、兄貴は訳あって家を出てしまい行方知れず。
オレにあとを継いで欲しかったみたいだが、「好きな事やれ」と、大学に行かせて
もらった。仕送りまではしてもらえなかったが、地方の国立大学の寮にもぐりこみ、
バイトだけでなんとかしてた。
だが、バイトが忙しくてなかなか家には戻れなかった。
大学4年の秋頃、オヤジが手術することになった。胃ガンだった。
退院して、真っ先に食べたがったのが、「たいめいけん」のカレーだった。
小さい頃巨人のように思えたオヤジも、一回りも二回りも小さくなっていた。
胃を切ってるせいか、半分も食べられなかった。
オレはオムライスとラーメンを食った。
大学に戻ってしばらくすると、オヤジ再入院。
再発というか、手術で取りきれてなかったのだ。
見舞いに行ったら、さらに小さくなって頬のこけたオヤジがいた。
「たいめいけん」のカレーまた食いたいな、とか言ってた。
それから2週間ほどで逝ってしまった。

オレ今、オヤジが入院・手術した築地のがんセンターで医者やってる。

思い出してホローリくる家族との思い出Part2 より

900 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/09/13 23:15 ID:ixHtsWKD
去年のクリスマスの頃、私は自分が持っていた小さなクリスマスツリーを
入院している父に持っていきました。
父は何も言いませんでしたが、そのツリーをそっと枕元に飾りました。
季節が過ぎても、父はそのクリスマスツリーをずっと飾っていました。
その父はこの春に他界しました。父が亡くなった時、
病院の荷物の整理をした母から、クリスマスツリーを渡されました。
父の形見になってしまった小さなクリスマスツリーには、
父の語られなかった言葉や、父の私への様々な思いが、
沢山つまっているような気がしました。涙が零れて仕方ありませんでした。
父の棺に父の愛用していたものを入れたのですが、
その中には私がかつて父にプレゼントしたネクタイがありました。
ずっと昔に私があげたネクタイを、父は大切に保管していたのです。
母が見つけてそのネクタイを棺に入れたのです。

私は正直言って、父を疎んでいたところがありました。
でも、そんな私であるのに父は、私を大切に思ってくれていたのです。
父は昔気質で傲慢なところがあって、あまり多くを語らなかったので、
そんな父を私は誤解し疎んでいたのです。
私は生きている時に父に親孝行らしいことを
殆どしてあげれなかったことを、とても後悔しました。
もっと早く父が私を大切に思ってくれていたことに
気がついていれば、もっと良い親子関係を築けたかもしれないのに・・・。
私は父が火葬される前、父に言いました。
「お父さん、ごめんね・・・。
私はお父さんの娘として生まれてきて本当に良かったと思っているよ。
生きている間に言ってあげれなくて、本当にごめんなさい。」

過去ログ より

211 名前:大人の名無しさん 投稿日:01/12/02 17:16 ID:nVtBs3wv
小学生の時、サンタクロースをまだ信じていてクリスマスに世界文学全集を
お願いした。結果はオルゴール一つだけ。両親は、サンタクロースの荷物が多すぎた
からだと言い訳していた。でも翌年、世界文学全集が届いた。
お金がなかったから、一年かけて貯金していたみたい。
大人になっても読んでいるよ。お父さんお母さんありがとう。私の宝物です。
ありがとう。

19 名前:NAME OVER 投稿日:02/03/29 18:13
天国のお父さん見てますか?
10年前のクリスマスに買ってもらった
ゲームボーイのテトリス、まだ遊んでるよ

299 名前: やめられない名無しさん 投稿日: 2001/07/09(月) 06:54

お互い一人暮らしで、
クリスマスイブでも変にお金は掛けて欲しくなかったし、自分にもお金は無かった。
だから、イブの3日前にスーパーで一本100円もしない鳥の足を2本買い、
タマネギ・ニンジン・ホールトマトとみりん等の調味料を加えて、
3日間煮込む。(家にいる時は火に掛けて、寝る時&外出中は火を止める)
材料費にして1000円にも満たない料理。
だけど、時間を掛けて作っただけあって、肉もとろけるほど柔らかく、味も奥まで染みている。
あとは、子供用のシャンメリー&ショートケーキを加えてイブを祝った。
金額にすると安いし、お互い大層なプレゼントもできなかったけど、
2人っきりで過ごすのんびりとした時間の中でのイブが何より幸せだった。

あれから毎年、「鳥の足のホールトマト煮」が私達のイブの定番料理になった。
「おいしい」って言って嬉しそうに食べてくれるから、私も幸せな気持ちになる。
結婚してもイブは「鳥の足のホールトマト煮」
でも、今年のイブは「2人っきり」じゃなくて、「3人」になる☆

711 名前:NAME OVER 投稿日:02/06/08 02:29
18年前のクリスマスイブの日、ばあちゃんが死んだ
当時小学校2年だった俺は、ばあちゃんが死んだことよりも、クリスマスパーティーが
楽しみで仕方なかったので、全く悲しくないどころか、なんで今日死ぬんだよ?とか思った
もちろんパーティーなど中止になり、葬儀屋や親戚の人がいっぱい来て
両親も忙しそうにしていたので、弟と邪魔にならないようにゲームをしてた
そこに母が来て、「これやるからおとなしくしてなさい」と言い、マッピーをくれた
もうメチャうれしくて、忙しそうな大人達を横目に必死でやっていた

しかし、実はこの「マッピー」は、後になって母から聞いたんだが、
ばあちゃんが俺らのために用意してくれてたクリスマスプレゼントだったらしい
「ばあちゃん、これをあげるのすごく楽しみにしてたんだよ」
それを聞いた時、不覚にも泣いてしまった

ばあちゃん、ありがとう。そしてごめんね。たまには墓参りに行くからね




     

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