オヤジとサシで・・・ より
- 590 名前:呑んべぇさん 投稿日:01/11/27 22:42
- 娘なのに、息子よりオヤジとサシで飲む私。オヤジは愛情表現は下手だが、
サシでいきつけの飲み屋に連れて行ってくれたりする。常連客に「娘さんと
飲みにくるなんてうらやましいなー」なんて言われて照れちゃったりしてた。
そんな私も先日、ウエディングドレスを買いに行った。オヤジはみてみないフリを
してたが、ちょっと寂しそうだった。
ありがとう、お父さん。私はいつまでもお父さんの娘です。
また、飲みにいこうね。
- 734 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/01/26 23:32
- 涙が止まらないよ〜
進学でウチ出て、そのまま別の土地で就職してしまった私。
堅実な仕事を選んだ私の就職、すごく喜んでくれてた頑固親父。
一昨年の正月、ひさしぶりに帰省して、晩御飯も片付いた後、
下戸な母親に嫌味言われつつも、初めてサシ呑みしてたとき。
やってみたい仕事があるから、勉強して転職したいんだと打ち明けたら、
さんざん反対した挙げ句、そっぽ向いて、背中丸めて、ぼそっと
「辛くなったら、いつでも帰ってこいよ」って、あったかい言葉かけてくれた親父。
それが最後の会話になってしまった。
まだまだ、教えて欲しいこと、いっぱいあったのに。
いまだに駆けだしのままだし、
いつまでも親父のこと思い出して泣いたりしてるし、
未来の旦那の顔すら見せられなかったけど、
頑張ってるし、幸せだよ。
来年、タブン結婚する。
親父が大好きだったトコロに嫁に行くんだよ。
もういちどでいいから、一緒に呑みたいなあ。(涙
- 831 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/02/14 22:04
- 子供の頃、バレンタインデーに会社員の父が貰ってくるチョコレートが楽しみだった。
もちろん部下のOLが3人寄って500円で買ったとか、呑み屋のママが送ってきたとか
そんな感じの義理チョコばっかりなんだけどね。
「わーっ!こんなにたくさん!おとうさんスゴイ♪」と全部せしめて喜ぶ私に
ちょっと惜しそうに(おとうさん甘いものも結構好きだったんだ)
ちょっと誇らしげに与えてくれた嬉しそうな表情を覚えている。
そんな安い義理チョコだけど、ちゃんとひとりひとりに必ず美味しい和菓子をお返ししていた。
まめで可愛い父だった。
私はバレンタインデーも父の日もお誕生日もなんにもまともにプレゼントしなかったこと、後悔してる。
一番私を愛してくれた、一番大事な人なのにね。
ありがとう、という単純な感謝の言葉も全然伝えられなかった。
おとうさん、大好きだったよ。
おとうさん、大好きだよ。大好きだよ。
今日みたいな日にお父さんとデートできたらな。デートしたかったな。
- 988 名前:長駄文スマソ 投稿日:02/04/23 04:56
- 一年前、親父は死んだ。
俺が結婚するつもりだった彼女を紹介する前に。
そして親父が死んだその後、母に紹介して結婚した。
仏前で酒を供えて二人で報告したよな。
親父がどう思ったかは分からないが。反対したのかな?喜んだのかな?
分からないけど。
話は飛ぶが、妻が今妊娠5ヶ月だ。
医者の言う所では、99%男の子だそうだ。
俺には、親父の欠片が少し入ってるという不思議な確信がある。
親父の全てがこの子の中に入ってるんじゃなく、
「ほんとにあいつはしょーがねーなー。危なっかしいから見張りでもちょっと入れとくか」
てな感じで欠片を入れてくれたんじゃないかと思う。
かすかに親父の気配がすると言うか そんな気がすると言うか。
不思議な気分だけど、それはそれでなんだか嬉しかったりする。
親父とはもう、話せないからいつも仏壇の前で一方的に語りかけるだけだけど、
その勝手な言い草を聞いて苦笑いしてる顔が見えるような気がする。
客観的に見れば、勝手に俺が妄想したり、こじつけてるようにしか見えない。
でも、なんだかそんな気がするんだ。気のせいでもかまわない。
そんな気がする時には、必ずあったかい気持ちになれるから。
本当に親父と通じ合ってる気持ちになれるから。
俺はこれからもずっと、帰省した時には仏壇の前で飲むだろう。
親父が居た頃に一緒に居間で飲んでたみたいに。戻りたいとは思わない。
今も昔もあまり変わってない気がするから。
これからもずっと一緒に飲もうな。親父よ。イヤだと言われるかもしれんが。
たまにゃ家族で より
- 88 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/05/20 03:02
- 俺の両親は3歳の時に離婚した。
親父の暴力が原因だった。
親父の顔は覚えてないけど殴られた事だけは覚えてた。
母は親父の話をするといつも嫌な顔をした。
そんな母が。俺の二十歳の誕生日に親父の連絡先を教えてくれた。
「会うかどうかはお前に任せる」 そう言って。
まぁ電話して会う事になって、17年ぶりに親父の顔を見た。
俺はバカだから、何を話していいかわからなくてブン殴ってしまった。
自分が何て叫んでたかはちゃんと覚えてないけれども、
周囲の人間の目を気にしないで、自分で殴り飛ばした親父の胸で泣いていた。
延々と泣いてる俺の肩を掴んで、親父は一言「お前はもっと痛かったんだよな」って。
そう言って俺が殴った頬をさすりながら真剣な顔で俺を見ていた。
それでまた泣いた。
落ち付いた後、親父と酒を飲んだ。どうってことない普通の居酒屋でだ。
今何をしてるか。母が元気かどうか。再婚した親父の家庭は上手く行ってるのか。
そんな話をしながらずっと飲んでた。
帰り際に「母さんに渡しといてくれ」と言って俺に封筒を渡した。
帰って母に渡したが、俺はしばらくそれが何か知らなかった。
俺も今は27で、社会に出て、結婚もして。そこそこの生活はしていると思う。
最近、親父が死んだと聞いて、その時は悲しいけれど不思議と涙は出なかった。
あの時さんざん泣いたせいなのかなー、とかドライに考えてた。
が。
母にあの時の封筒の中身が何だったのかその時聞いた。
俺名義の口座の通帳だったらしい。
一緒に酒を飲んだ時、親父は「今の家庭は上手く行ってるよ」なんて言ってたが、
母に聞いたところ、再婚はせずにずっと一人で暮らしていたらしい。
毎月、給料からその口座に一定額入金していたらしく、通帳には綺麗に同じ金額が並んでた。
(後で記帳したら、親父が死ぬギリギリの月まで、毎月毎月入金されていた)
その話を聞いて、はじめて泣いた。
葬式では、その時よりも親父を殴ったときよりも、もっともっと泣いていた。
親父が再婚したなんて嘘をついていた理由はわからないままだったけど。
ありがとう。そう素直に思った。
息子の名前は親父から一文字、嫁さんから一文字もらって「優吾」にした。
親父みたいに暴力は振るわないつもりだけど、俺が親父に感謝したように、
俺も息子に感謝されるような育て方をしたいと思う。ありがとう親父。
思い出してホローリくる家族との思い出Part2 より
- 667 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/06/06 15:50 ID:N+00+8yK
- 5年前のこと。
妹が短大を中退した。
たいした理由はなく、なんとなく短大をサボりがちになって
このままでは2年間で卒業できないのが明らかになったから。
かなり無理して妹の学費を用意した父は激怒。
妹は家を出て行くように言われた。
それから2週間で妹はアパートと契約社員で雇ってくれる会社を探し、
家を出て行く準備を整えた。
その間、父と妹はほとんど口をきかなかった。
妹が家を出る前の日の夕食はオムライスだった。
母は私と一緒に夕食の準備をしながら妹にいった。
「お父さんの手前、赤飯を炊くのはできないから
オムライスにしたの。赤いごはんは同じでしょ。
自力で会社も探して引越しの準備もして、偉かったね。
これはあんたのちゃんとした門出なんだから
お母さんはお祝いするわよ」
妹はすこし泣き、その日オムライスを2皿食べた。
父はオムライスを食べなかった。母の意図がわかったらしい。
去年、妹が結婚相手を連れて帰ってきた。
父は何事もなかったかのように妹と婚約者を歓迎した。
そして、札束の入った封筒を妹に渡して言った。
「お前の短大の学費が1年分余っていた。
好きに使え」
その日はまたオムライスだった。
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