PickUp #245  2003.10.27   <- Prev  Home   Next ->


No.245 【再度】思い出してホローリくる家族との思い出part4 より

45 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/12/20 04:41 ID:o3zYmwx6
小さい頃外出のときに俺がグズったら、母ちゃんは「もう知らんわ」とか
言って怒りながらズンズカと一人で先に歩いて行ってしまうんだけど
結局立ち止まって「しゃーないなぁ、ほれ」って後ろに手を差し出してきた。
んで俺は泣きながらも母ちゃんの手をつかんでた。
あのとき、なんか分からないけどすごい嬉しかったなぁと、今思い出した。

207 :おさかなくわえた名無しさん :03/04/10 12:45 ID:8HBWzXCw
母が悪性リンパ腫で余命数ヶ月と言われて入院してた。(母は知らない)
当時中2だった私は週末ごとに病院に泊まり母に付き添ってた。
ある日病室で寝たきりの母の下の世話をしてたら
「ありがとう。○○さんは優しい子でよかった。
○○さんを産んで本当によかったわ..ねぇ」と病室にいた祖母に語りかけた。
夜中に起こされるとすっごい不機嫌な顔してた私なのに・・
母が私を身ごもってることに気づいたのは重度アル中の父親から
逃げ回ってたころ。離婚は決定的だったので産むのを反対する声も
あったと聞かされてた。
なので母の「産んでよかった」という言葉は私の中に潜んでた劣等感とか不信感を
溶かしてくれた。嬉しくてベッドの下に屈んで片付けてるふりをしながら
声を出さずに泣いた。母は間もなく亡くなったけどあの時の
「○○さんを産んでよかった」と言われた思い出はずーっと今でも心に残ってる。
あの言葉にいろんな時に助けられてる気がする。

307 :おさかなくわえた名無しさん :03/05/27 10:38 ID:MtTs2oYs
中学から親元離れて進学した私を心配して、車で6時間くらいかかるところまで
しょっちゅう会いに来てくれていた両親。
子供にお小遣い渡すのが嬉しくて、わざわざ小銭を用意したのを内緒にして
「お父さん小銭が沢山あって邪魔だからおまえにあげるよ」と言って小銭をくれた父。
免許を持っているのは母だったから、母は私あいたさに6時間の道のりを休まずに運転する。

製造卸業で私が幼い頃は規模縮小して子供の時間に合わせられるようにしてくれていた両親。
子供が離れたところに進学して、二人して子供のいない時間が寂しすぎて規模をまた大きくした両親。
母が言っていた「このお店はおまえの学校分」「こっちのお店はおにいちゃんの学校分」そう思いながら仕事していると。

仕事をやめ、悠々自適の老後を過ごし始めた時に発覚した母の癌。特殊なもので治しようがなかった。
告知されて「でも二人の結婚式姿を見れただけ私幸せだった」と笑う母。
私が飛行機でお見舞いに行く日は、病室から見える飛行機を見て「ああ、あれにあの子が乗っているんだねぇ」と喜んでいたという母。
亡くなる時には集まった人たちに「ありがとう」といい、父に「お願いね」と言って安らかに死んでいった…。
亡骸を病室から運び、病室の引き出しにあるものを整理していたときに見つけたのは、私と兄の母子手帳。
それをたまに見ながら、幼い日の私達を思い出していたのだろうと思うと泣かずにはいられなかった。

父はまだ母の事を愛していて、どこへ行くのでも母の写真を胸にしまっている。
こんなにお互いを愛せた夫婦の子供でよかった。そして子供に惜しみない愛をくれる両親に育てられて、自分は本当に幸せだと思う。

342 :おさかなくわえた名無しさん :03/06/02 04:24 ID:ZSSdvnie
学校でパンを焼く日、ちょうど風邪をひいて休んでしまった。
楽しみにしていたのに熱だして寝ている私にお母さんは
「一緒にパンを焼こう」と言ってくれた。

買い物に行った。強力粉やらベーキングパウダーやら色々
買った。いろんなパンを焼こうって、赤いシロップ漬けのさくらんぼや
チョコペンも買った。パンを作る日が楽しみになった。

それからまたちょっとして今度はお母さんが風邪をひいた。最初は
すぐに治ると思ってたのに、肺炎になって病院に入院することになった。
病室も普通の病室から別の所へ変わった。滅多にお母さんに会えなくなった。
おばあさんと兄ちゃんと毎日仏壇に向かって手を合わせたし、家の四隅に
塩を盛って酒をかけて回った。
あのときは「よくなるんだからこんなことしなくてもいいのに」と思っていた。

結局お母さんと一緒にパンを焼くことはなかった。
葬式の時は涙が出なかった。ただぽかんと座布団に座っていたようなきがする。

13年たった今も、私はパンを焼いたことがない。

362 :おさかなくわえた名無しさん :03/06/03 18:46 ID:7vpWB1UE
父は私がまだ2歳くらいの時に事故で亡くなってしまったので顔も声も知りません。
小学生低学年の頃、ふと仏壇の引き出しを見たら父の葬儀の写真、事故現場の花などが写ってる写真があり
葬儀中の母の顔が写ってる写真を見てとても悲しくなり1人で泣いてた事を思い出しました。

母方の祖父母と一緒に住んでましたがちょうど4年生頃に祖父母の家から出て母と姉妹だけで暮らしました。
ある日の夕食で何故か父が死んだ時の話になりました。もう昔のことなので内容はよく覚えてないのですが
父は仕事途中で事故に合って亡くなったと聞かされ、食卓が静かになったのは覚えてます。

それ以来、父のことを聞くのはタブーなのではとこどもながらに思い、ずっとずっと父の話を聞きませんでした。
私も大人になり、結婚し親になり、ふとしたきっかけで父のことを聞きました。
「こどもの頃はお父さんのことを聞いちゃいけないって思ってきけなかった。だからお父さんのこと
何もしらない。いろいろ聞かせて欲しい」
やりとりはメールでしたが、やっとお父さんの話ができた。

実家に帰った時、母が写真を一枚くれました。父にだっこをせがむ2歳くらいの私が一緒に写ってました。
今はその写真を肌身離さず持っています。
お父さん、これからも見守っててください。

447 :おさかなくわえた名無しさん :03/06/18 18:39 ID:0AwJ27zq
俺の小さいころからの夢は、自分の初任給で親父とサシで飲むことだった。
そんな親父が亡くなったのは、俺が未だ大学3年の秋のことだった。
春先に彼女の悩みを聞いて家に帰ると、親父は風呂に入っていて鼻歌なんぞ歌ってた
すると母親がポツリと「胃がんで、半年だって」といった。理解できなかった。
いまふんふんと鼻歌を歌っている人間が、半年後に死ぬことが。
しかし、現実に親父は小さくなり(もともと身長は183cmもある大柄な人だった)
それが怖くて、入院後もあまり見舞いに行かなかった。
大学の夏休みも終わりに近づいたころ、家に一本の電話があった。
親父が危篤だと言う電話だった。いそいで病院にいったが、怖くて病室に入れなかった。
気が付くと、声を上げて泣いていた。人間からこんなに涙が出るものなのか?と思う
くらい涙が止まらなかった。
ひとしきり泣いたころ、病室に呼ばれた。
親父の傍らには、母親と未だ中学生の妹がいた。
その二人の手を親父が握り締めていたが、俺を見ると空いている手で、
お前は来なくていい。と言ったしぐさをした。
そのとき、ああ、親父は俺を一人の男として扱っているんだ、と素直に
そう思った。だからここで俺が泣いてたり、ぐずぐずしちゃいけないと。
あの瞬間、親父が俺を男にしてくれたんだと思う。

後日、親父が夢の中に出てきて、背中を丸めながら「ごめん」とあやっまってきた。

でもな、親父。
あやまることなんか何も無いよ。
あなたの息子として、この世に生まれてきて本当に良かったと思ってる。
俺の親父でありがとう。
あの世に行ったら、今度こそサシでの飲もう。

追伸:俺が入社試験のとき、来てくれましたね。
なくなってからも心配掛けてすみませんでした。
現在元気に会社員やってます。

502 :おさかなくわえた名無しさん :03/06/25 01:58 ID:IoN0aU/X
中1ぐらいのことだったかな?
「今日、お母さん、お給料日だったし、たまには外食しようか!」
仕事から帰った母が言った。
「別に、いいけど」 俺はぶっきらぼうに答えたけど、本当はすごくうれしかった。
「外食」といっても、俺の町には、古びた食堂が1件あるだけだ。

それでも、母と2人で山道を降りながら、はやる気持ちを抑えきれなかった。
「かつ丼にしようかな? カレーもイイかな!」
「カレーはこの前作ったじゃない」
他愛もない会話をしながら30分ほどの道のりを歩いた。
やっと、着いたのに薄情にも食堂は定休日。
がっくりして、来た道をまた戻った。

家に着き、母は急いでご飯を炊き、握り飯を作ってくれた。
「ごめんなー、お母さん、仕事の帰りにちゃんと見とけば良かったのにね。」
しきりに俺に謝る母。
そう言えば、小5の頃、父が自殺した時も、母は父方の親戚にしきりに頭を下げていた。

「お母さんは悪くないって」あの時に一番言いたかったせりふだ。
当時の父の精神状態の異常ぶりは、子供の俺でもはっきりとわかったくらいだもん。
母はよく耐えてたと思う。なのに、まるで自分が殺したみたいに言われ、
つらかっただろうな。

その日の夜、本当はなんだか久しぶりに、一緒のふとんで眠りたかった。
でも、中学生の俺はどうしても言えなかった。
あの時のおにぎりの味、40歳になった今でも覚えている。
母は4年前に死んだ。




     

PickUp #245  2003.10.27   <- Prev  Home   Next ->



SiteOwner:hiroshu29[atmartk]hotmail.com
Copyright (C) 2002-2005 泣ける2ちゃんねる