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育児板・泣いた話 より

537 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/07 01:39 ID:zx3fLgjN
息子が生まれ、物凄く手のかかる子で
私が育児ノイローゼになりかけた。
上の娘(2歳)にもちょっとした失敗でイライラして怒ってた事が多々あった。
旦那の仕事が忙しく、帰ってくるのは深夜。
本当に何をしても泣く息子に私の方がしんどくて泣いてしまった時
「母ちゃんどうしんたん?泣かんでええ。○○(娘の名前)が傍にいてるから」
「大丈夫。大丈夫」
と頭を数回撫で撫でしてくれ、優しく抱きしめてくれた。
怒ってばかりで我慢ばかりさせてたのに、こんなに優しく接してくれた娘に
申し訳なくて、また泣いてしまった。
「いつも怒ってばっかりやのに・・・ごめんね。ありがとうね。母ちゃんまた頑張るよ」
と涙声で言ってしまいました。



451 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/04/21 01:50 ID:Hrk0MeZR
私は父の記憶がありません。
父は、私が1歳7ヶ月の時に交通事故で帰らぬ人となりました。
私には年の離れた兄姉がいます。
兄は13歳、姉は10歳離れています。
母が私を妊娠した時、30代半ばを過ぎていました。
3人目を妊娠したことを姑に話すと「そんなに年いってから産まれる子は、ロクな子
じゃないから堕してこい」と2万円を母に渡したそうです。
母は父に話すと、そんな姑の言動に父は猛烈に怒って「せっかく授かった大事な命だ。
あと一人や二人俺が食わせてやるから産め」という言葉に母は涙したといいます。
父は、私のことをとても可愛がってくれたそうです。
仕事から帰ると私を膝に乗せ、いつも童謡を歌っていたそうです。
雨の降る9月のある日、父はいつものように出勤し、もう「ただいま」と帰ることは
ありませんでした。
もちろん、私は父の死を理解できません。
身体中に包帯を巻いて横たわる父に「おとたん、ねんね?」、頭の包帯をさすって
「おとたん、いたい、いたい。」タバコのケースを差し出して「おとたん、ぱっぱよ」
と、しきりに話しかけていたそうです。
母は、その後、再婚することもなく、女手ひとつで私たちを育ててくれました。
その苦労は、大変なことであったと思います。
今、私は可愛い息子と優しい夫と、慎ましく暮しています。
息子は、私が父を失った時と同じ1歳7ヶ月ですが、まだまだ「ぱぱ」「まま」
「ばいばい」とか6語くらいしか言えない・・・
私は、もっとしゃべれたぞ〜
でも、そんな息子を見ていると、さぞ父は無念だったろうな、と思います。
この話しをすると、いつも夫はうるうるきてます。


456 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/04/21 23:20 ID:Q7/6vw0B
離婚して2才の子供を実家に預けて働いています。
普段は離れて生活しています。
会えるのは良くて月に一回。
子供の好きなお菓子や本やおもちゃをお土産に持って会いに行きます。

「次はなんのお土産が良い?」と聞くと
「おみやげはなんにもいらないの。ママが来てくれたら良いの。」

お風呂の中でそう言われて思わず声にならない声が出て泣いてしまいました。

516 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/01 20:51 ID:SshUOvEW
二人目の息子を出産のため、近所の病院に入院中の出来事です。
ある晩廊下をはさんで婦人科に入院なさっている方が
生死の境をさまよっているようでした。
いつもは開け放たれている各部屋のドアもこのときは閉められ
3時間ごとの授乳もとても気が重いものとなっていました。
深夜の授乳を済ませ皆寝静まった頃その方がお亡くなりになってしまい、
その廊下に娘さんの「ママ!ママッ!だめよ!まだだめ!」という
必痛な呼びかけと嗚咽の声だけが響いていました。
まさに廊下一つで生と死をはさんでいる状況でした。
私はそのとき自分がもう簡単に死んではいけないのだと痛感しました。
私はすぐにベッドから起き出して公衆電話に向かい自宅に残してきた
もうとっくに寝てしまった長男の様子を聞きながら号泣してしまいました。


思い出してホローリくる家族との思い出Part2 より

432 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/05/04 00:49 ID:uahZozCY
最近携帯を持ち始めた母。
弟達にメールの打ち方を教わり、実家を離れている私に
メールを送ってくれる。
パソコン、ゲームもろくにできなくて、私たちにからかわれていた母が
送ってくるメールは、変換も句読点もない。
でもとってもあったかい。
無機質な携帯なのに。

470 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/05/09 22:03 ID:2EzzI1pc
去年のゴールデンウィーク前のことでした。
東京の大学に通い、一人暮らしをしている息子から電話がかかってきたんです。
たまに連絡はよこすものの、サークル活動やアルバイトに忙しくて
盆にも正月にも実家に帰ってこない息子だったのですが、
暇だから久しぶりに実家に帰りたいと。
しかし早目に就寝しており、その電話で起こされたため不機嫌だった母親の私は、
思わず「何でこんな時間に電話してくるの。忙しいから帰ってこなくていいよ」
と言ってしまいました。息子は「あーそう」と言って電話を切ってしまいました。
起きた後、せっかく息子が帰ってきたいと言うのに申し訳ないな、
謝ろうかなと思いましたが、なかなか電話をかけられずにいました。
その時、まさかあの電話が息子との最後の会話になろうとは思いもよらなかったのです。
そして電話の件も忘れかけた5月4日の夕方、警察署からの電話で事故のことを知りました。
原付でアルバイト先に向かう途中、トラックと衝突し車輪に巻き込まれたそうです。
私は夫、娘とともに息子が運ばれた病院に駆けつけましたが、
息子は、すでに息を引き取った後でした…。


471 名前:470 投稿日:02/05/09 22:04 ID:2EzzI1pc
私は頭がパニック状態で、涙も止まらず、声が枯れるまで息子の名を叫び続けました。
そして息子の葬儀・通夜も終わり、私も少しは落ち着いてきた5月13日のことでした。
私あてに、ひとつの細長い箱が宅配便で送られてきました。
なんと、送り主の欄は息子の名前が、息子の字で、書いてあったのです。
箱を開けると、「お母さん、ありがとう」のメッセージとともに、
たくさんの、色とりどりのカーネーションの花束が入っていました。
事故に遭う前の息子が、母の日に合わせて送ってくれたものです。
今まで、母の日に何かプレゼントしてくれたこともないのに、
大学に入り、アルバイトを始めたので、送ってくれたのでしょう。
私は、その天国の息子からの贈り物を抱えて、
夫とともに、何時間も何時間も泣きました。
あのゴールデンウィーク前の電話、どれだけ悔やんだことでしょう。
あの時、「帰ってらっしゃい」と、この一言を言っていさえいれば、
息子はこの世にいたのかもしれないと思うと、自分が恨めしくて仕方ありません…。
息子の一周忌が過ぎ、今年もまた、母の日がやってきます。
息子からの宅配便は、もう届くこともありませんでしょうが…。





     

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