特撮で実生活に感動や励ましを貰ったお話 より
- 145 名前:名無しより愛をこめて 投稿日:02/03/28 20:40 ID:9GGp/4bP
- 私は、大学卒業後進みたい道があり、足を踏み込み掛けたのですが、諸事情で
断念し、別の方面で一旦就職しました。
夢を諦めたことを後悔し悶々としている中、以前から好きだった戦隊シリーズ
の新作、タイムレンジャーに出会いました。世間知らずのお坊ちゃんながら(私も
人のことは言えないが)必死に自分の道を切り開こうとするタツヤに共感を覚える
一方、「俺にはタツヤを応援する資格なんかないんだよな……」と、卑屈な思いを
抱いてもいました。だからこそ、第3話で、レーサーの道を断念したアヤセを
タツヤが殴り飛ばし、
「諦めるなよ、自分の好きなこと(道だったかな)を!どんなことがあってもな!」
と叫ぶシーンに強い衝撃を受けました。
自分に言われているように感じた、というのでは格好良すぎますが、何としても
今の情けない自分を振りきりたい、そしていつかタツヤの言葉を正面から受け止め
られるようになりたい、と考え一念発起。紆余曲折がありましたが、昨年の8月で
勤めを辞め、4月から本来望んでいた道のスタートラインに立てるところまでこぎ
着けました。
この先、一人前になれるまで経済的にも厳しい状態が続くのですが、「後悔
なんかしていない。今俺は、自分の道を自分の意志で歩いている。昔よりも、
確実に」という台詞を「羨ましいな」ではなく「俺もそうだ!」と受け止められる
状況になったことに誇りを持って進みたいと思います。
長文失礼。
- 226 名前:地味な話なんだが 投稿日:02/05/03 05:26 ID:BY95xuQk
- 俺は子供の頃から夢のない人間だった。
幼稚園の時、将来の夢をみんなの前で言うという行事があった。
友達は「おもちゃ屋になりたい」「ケーキ屋になりたい」などと言っていたのだが
俺はなにもなく、なんて言おうかえらく悩んだ覚えがある。
小学生になっても夢はなく、いつしか
「俺はなんで学校行って勉強してるんだろう、俺は将来なんになるんだろう
そもそも俺の生きる意味ってなんだろう・・・」
そんな風に思うようになってきた。
しかしいつしか、そういったことを考えるのが面倒くさくなり
無理矢理にでもそういったことを考えないようにして過ごすことにした。
みんなが行ってる、という理由で高校に入り
やりたいことがまだないから、という理由で大学に入った。
現在はまあまあ真面目な大学生として日々を過ごしている。
そんな俺の心に強く残っている話はクウガの25話「彷徨」26話「自分」。この話だ。
自分自身の生き方に悩んでいる少年が、昔の自分に思えた。
雄介の言葉が、昔の自分にたいして言われているような気がした。
見ていて俺は、遠い昔に捨てたあの感情を思い出した。
俺はこの話を見て、考え、悩み、苦しむことの大切さを教えられた。
人のよっては「そんな感情はいらない」と答えるだろう。
しかし俺は断言できる。俺はこの話に出会って人間らしくなれたと。
俺の生活は表面上なにも変わっていない。やりたいことが見つかったわけでもないし
思い出された悩みが解決したわけでもない。
しかしなぜか日々が充実している感じがする。
よく分からないが、頑張って生きようって思えるようになった。
クウガの話の中でも特に批判が多い25、26話だが、俺にとっては大切な話だ。
- 245 名前:名無しより愛をこめて 投稿日:02/05/12 00:46 ID:n3eHVrAM
- ガイシュツだけれど、今年の3月4日に2つ年下の彼女が亡くなった。
まだ15歳。中学すら卒業していないのに。彼女が亡くなってから俺は
何事にも投げやりで適当に生きていた。そんなある日、レンタルビデオ屋に
置いてあったアギトの28話を見てブチン!と何かが切れた。
「逃げたって今は嘘になんかならない。」
「それでも生きていくしかない、終わりが来るまではな。」
なんかすっげ〜心に響いて・・・気がつきゃボロボロ泣いてた。
それから1人で2人の思い出の曲「あいたいよ」を口ずさんだ。
♪名前を呼んだけど 青空にさえ届かない
確かにそうだ。でも、今もあいつとはどこかで繋がってる気がする。
あの日以来変われた気がする。また上を見て外が歩けるようにもなった。
どんな事があっても、終わりが来るまで逃げずに生きていきたいと思った。
- 190 名前:名無しより愛をこめて 投稿日:02/04/23 05:19 ID:W0XvockU
- まだ中学2年生だったころ、私は些細な誤解からクラスで孤立してしまった。
それはいつしか執拗な嫌がらせに発展していき、今考えれば、全然深刻じゃな
いことだけど、当時の私はまだ弱くて、2学期の末頃にはすっかり学校に行け
なくなってしまった。
そのまま冬休みが過ぎ、新学期がきても私は学校に行けず、「サボり癖」だと
なじる母にも辟易してしまい、私は、日に日に死を考えるようになった。
そして、忘れもしない1月14日、私は自殺を決行しようとした。
「どうせ私なんていなくても世の中は変わらないし誰も泣く人はいない」と、
梁にロープを渡している最中に、郵便屋さんがきた。
そんな時なのに律儀に対応した私は、ゆうパックと一緒に渡されたDMの束の
隙間から覗いた今更ながらの年賀状に気付いた。
「誰だろうこんな時期に」とその年賀状を引っ張り出して、私は絶句した。
それは、3ヶ月ほど前に出した、ターボレンジャーの浜洋平役だった朝倉圭矢
さんからの返事だった。
ワープロ打ちのサインだけが手書きの年賀状だったけど、そこに書いてある言葉
、特に「応援してくれて有難う」「これからも応援してください」という言葉が
嬉しくて、本当に久しぶりに目が腫れるほど泣いた。
これから、を望んでくれる人が、自分にもいるんだと思った。
誤解はなかなか解けず、今でも誤解したままの人もいる。
でも、私はあのころよりずっと強くなり、誤解で失った友人よりも沢山の友人に
囲まれている。
でもあの日、あの葉書が無ければ、私はもうここにはいなかったんだろうと思う。
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