PickUp #133  2002.10.22   <- Prev  Home   Next ->


たまにゃ家族で より

124 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/07/16 06:19
俺には両親はいない(2才のころ事故で亡くした)から、ここに書き込むのは間違いかもしれない。
でも、誰かの目に留まるように書き込んでおこうと思う。

先日、後輩の親父さんと飲むことになった。

きっかけは全くの成り行きで、白血病で息子である後輩を亡く
された親父さんが会社へ挨拶へみえられたからだ。
その後で後輩と仕事で一緒だった俺に「良ければばどうですか
?」とお誘いがあって飲みに行くことになった。

軽く食事をした後、静かなバーで飲むことになったが、正直、何
を話して良いのか迷っていた。
そんな時、親父さんは

「息子はどうでしたか?」

と訪ねられた。
俺は当たりさわりない内容で後輩と一緒にした仕事の話をした。
そんな話を続けていると親父さんは、時々、奥歯を噛みしめる
ようにして微笑っていた。
涙こそ見えなかったけど、きっと泣いていたんだと思う。

その後、親父さんはすっかり酔ってしまいタクシーで送ることに
した。
送り届けて玄関先でお袋さんがすっかり酔っ払った親父さんを
支えながら

「ありがとうございました」

と深々と頭を下げられた。

話はここまで。

なぁ、俺には今までの人生で実感が無いけど「愛」ってのは

信頼する、信頼される。
必要とされる、必要とされる。
許しを与える、許しを与えられる。

ってことじゃないのかな?

ただ、生まれてきただけで無償で「愛」してくれる両親が側に
いてくれたんなら大事にしてくれよな、みんな。

俺にもそんな両親が側にいてほしかったよ。

132 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/07/23 18:32
もうすぐ夏なんだが、昔の事思い出しちゃった。
夕暮れの校庭。下校を告げるチャイム。でも、沈もうとしない太陽。
青い空、入道雲。もうすぐ、夏がくるんだ。わくわくした。

だから、余計に家には帰りたくなかった。
日が高くなっても、家は真っ暗だったから。
家に帰ったら、真っ先に照明をつけなきゃだめだった。
玄関から蛍光灯までの距離。たった、数メートル。
でも、その距離が小学生の自分には長すぎた。
母が帰ってくるまで玄関の石段に座ってじっと待ってた。
母が使う車に似た音が聞こえるたびに立ち上がり、違うと分かったらまた座り込む。

三十分ほど待ったかな、やっと母が帰ってきた。
家の鍵開けて、電気つけて、一緒に家に入った。
なんか、急に涙がでてきた。自分では止められなかった。
母が抱きしめてくれた。
気がついたら、母も泣いていた。

初めて素直になることの大切さを学んだ。
意固地になってたら、自分だけじゃなくて他人まで傷つけてしまうこと。

難しいことだけど、必要なことだと思う。
大切な人の前では素直な自分でいたい。

シラフで思い出し泣きなんてしたの初めてだ(´Д`;)
酒でも飲むかな、冷凍庫にビフィータが冷えてるはず (´▽、` )

133 名前:前スレより居座り 投稿日:02/07/24 22:34
酒呑み旅行から帰ってきた。
とりあえず旅先で呑んで一番旨かった酒を父に供えた。

一緒に呑みたかったよう。


父が倒れて意識を失う直前まで呑んでいたスーパードライを今私は呑んでいる
と言いたいけど
経済的事情により本生w
今度の父の誕生日に、迎えられると思っていた次の誕生日に
その旨かった酒を母と開けようと思う。
だめかなおかあさん泣いちゃうかな

146 名前:少しだけ…… 投稿日:02/09/03 03:47
2週間ほど前に実家に帰った

俺は大学1年生
今年の4月から実家を離れて、現在は一人暮らし
親父は(良い意味での)「放任主義」で俺を育ててくれた
中学校に入学した日には「俺はもう今日からお前を大人として扱う 覚悟しておきなさい」といわれた
厨房でそんな意味も大して分からず「親父は俺に無関心なのか?」とも思っていた
高校、大学と進路を決める際にも親父が相談にのってくれることはなかった
「お前が自分で決めろ」それが親父の口癖だった
でもその裏には「(応援はしてやる)」って気持ちが伝わってきていた

親父は呑んべぇだ
毎晩残業して家に帰ってくるのは午後11時過ぎが普通だった
そして、毎朝5時過ぎに家を出て行く
休日には疲れもあって、親父は昼まで寝ていることが多かった
親父との会話は異常なほどに少なかった
中房の時から何度も親父に酒を勧められたがうまく避けてきていた
もちろん酒が嫌いなわけではない
でも『親父とサシで酒を飲む』ってことが不安だったのだろう

147 名前:少しだけ…… 投稿日:02/09/03 03:48
実家に帰った
たった4ヶ月離れていただけなのに親父が急速に老けたような感じを覚えた
あんなにでかかった背中が小さくなったように見えた
少しショックだった
その晩、親父に酒を勧められた
俺は今まで拒んでいたのが嘘のように素直に受け入れていた
グラスになみなみと注がれていくビール
乾杯したときの親父のうれしそうな顔は今後も忘れることはないだろう

今まで巨大な壁のように感じていた親父がその瞬間から手の届く存在になった気がする
男に生まれた者として、最初にこえなきゃいけない最大の男は親父だ
「やっとスタート地点に立てたのかな?」そう感じた

まだ二十歳にもなっていない俺
親父に追いつくのは何年後、何十年後か分からない
でも絶対に追いついてみせる
それが親孝行ってもんだろ


なぁ、親父……

154 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/09/27 00:23
まっさか自分がここに書きこむことはないと思っていたんだが。

親父様、二人っきりで飲みに行った帰り、「娘を自慢したかったんだ」って
照れくさそうに言ってくれたね。
ホントは嬉しかったよ。
弟達とは、結局一度も飲めないまま、逝ってしまったね。
焼き場で待ってる間、みんなで飲んだ清めの酒は、苦かったよ。
彼氏を紹介できなかったのが心残りだけど、どっかで見てるかな。
来年の春は結婚式だったのに、どうしてもうちょっと待っててくれなかったのか。
最後まで、勝手を押しとおしちゃったね。

ねぇ、親父様、いつか帰ってきてね。あなたの子供たちの子供として。
そしたら、この人生で寂しかった分、いっぱい愛してあげるから。

158 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/10/03 03:01
俺は今、大学2回生なんだけど、この前親父が逝った。
病院からの電話を受けて、すぐに九州から京都まで帰ったが
そのときは既に、息を引き取った後だった。
それから、葬式、遺産相続・・など。涙を流す暇もなかったw

とりあえず、一段落ついて
今は親父が飲み残した酒を飲んでる。
元々は4人で住んでた家が、今は俺一人
20年間過ごしてきた自分の家が広く感じる。

ついさっき、アルバムを見つけたんだけど
そこには、俺が生まれる前〜弟が生まれる頃の写真が貼ってあった。

自分の中に空いた心の穴に気づいて
そのとき、初めて涙が流れた。
とても、悲しかった。大切な人を失うつらさを、初めて味わった。
今日は、親父のことを思い出しながら朝まで飲もうと思う。

163 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/10/20 22:42
学がないですが、私も。
3年前、私は胃癌になりました。
幸い、何とか生き延びれました。
息子が、去年、不慮の事故で他界いたしました。
享年19歳でした。
親孝行してほしいとは思いませんが、せめて私よりはという思いが有りました。
不定期ですが、閲覧させていただいています。
この掲示板はありがたいです。
ありがとう。




     

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