PickUp #072  2002.07.11   <- Prev  Home   Next ->


たまにゃ家族で より

76 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/05/14 22:41
gwで帰省時、親父とお袋と三人で、居酒屋で呑む。楽しかった。
その日が親父の誕生日であるのと、ちょっと早いが母の日のプレゼント
を兼ねて、二人にカーネーションの苗をプレゼントした。顔をくしゃくしゃ
にして喜んでくれた。

今日お袋がそのお返しにと、自分で、楽器で演奏した童謡が入ったテープを
送って来てくれた(お袋の声も入っていた)。
お袋の愛情を思うと、涙無しには聞けなかった。
 
早く就職を決めて、家族で海外旅行に行きたい。家を建て、立派に家族を支えた
親父と、惜しみない愛を注いでくれ育ててくれたお袋に報いるためにも、
早く一人前になって、安心させてやりたい。がんばれ、俺。負けるんじゃねえぞ。


87 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/05/17 14:12
くだらない話でごめんなさい。ちょっと思い出したもので・・・。
私、一年半前に、今の主人と同棲するために上京しました。
一年前に晴れて入籍。母の心配もよそに、式もまだ挙げてません。
主人の実家が近い事もあり、慣れない生活と心労の所為か
気がついたら身体を壊してました。
 とくに気に留めてもいなかったのに、母に先月電話で洩らしてしまって。
ポツリと、「戻っておいで」そういわれました。
現在、母の元で身体を治すべく病院に通ってます。
 実家に戻った晩、母と、妹で晩酌をしました。
私が幼い時に離婚して以来、一人で姉妹を養ってくれた母が、
「辛かっただろう?」そう聞いてきました。
母の苦労を慮れば大した苦労でもないのに、それまで実家を離れて溜め込んでいた
なにかが溢れてきて、涙を止めることが出来ませんでした。
 そういえば、実家を出て以来、お酒を飲むのも忘れてました。
今、私達の為だけに頑張ってきた母の背中を見ながら
この人の子供で良かったなと心から思っています。
今度は私が母に恩を返す番なんですよね(苦笑)
もっとオトナになりますです。


101 名前:VVVF 投稿日:02/05/30 23:18
大学を中退して、やっと入れた会社で煙たがられ
住居も仕事も二ヶ月ごとに変えられ、
挙句の果てに落伍者の烙印押されて、親友との関係すら捨てたくなるほど
心身ともにズダボロになって、十何年かぶりに実家へ帰って来た
・・・というか逃げてきた日。

親父は何も言わず、何も聞かずに
夕食の席で、俺の分の盃を差し出し、酒を注いでくれた。
ふと顔をあげると、すっかり白髪が目立つようになった親父がいた。
・・・チビリチビリ飲るふりをして、泣いた。

乱筆乱文スマソ


102 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/06/03 15:38
実家が共働きの居酒屋で、リア厨の頃、週末は小遣い稼ぎを兼ねて仕事を手伝っていた。
母親が急病で入院したときなどは、母親の代わりに連日鍋を振ったりもした。

その日も常連客に何杯か付き合いながら仕事を手伝ってると、以前から好きになれない客が来た。
閉店時間間際に遊び友達を連れてやってきては、明け方まで居座ったり、
注文取りで、御品書きにないものをしつこく注文してきたり。
良くは知らないけど、この辺りでは有名なシサンカの家に住んでるらしく、
子供ながらにその客の我侭振りが見て取れた。

この客の従業員弄りをかわしつつも、そろそろ勘定かな、と言う頃、この客に煮込みを注文された。

煮込みは親父の自慢の料理だった。
以前仕込みのときに、普段自分の事を語らない親父が珍しく、
「これは俺の自信作だ。これ一つでも店を引っ張ってく自信があるぞ」
みたいな事を言っていたのを覚えている。

料理を持っていくと、その客に持ち帰り用のケースを持ってくるよう頼まれた。
持ち帰って食べるのかと思ったら、ケースに残りの飯を入れ、
その上にさっきの煮込みをぶちまけ、「ここの料理は飼い犬にも評判いいぞ」

・・・・・・・・・。
アルコールと別の何かで、体がカッと熱くなるのを感じた。

103 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/06/03 15:39
客商売で、客に手を上げることがどんな事か、自分なりに知っていたつもりだった。
しかしその時の憤りは、たかが中坊のちっぽけな自制心を凌駕するに余りあるものだった。
気付くと、当時知っている限り最悪の罵声を浴びせながら、その男に殴りかかっていた。
でも所詮は子供の力で、程なく別の客に押さえ付けられ、駆けつけた親父に俺がボコボコにされた。
結局その日は母親に手をひかれ、店を後にした。
風呂にも入らず部屋に横になって、ひとしきり冷静になると、
自分のした事の愚かさに苛まれたり、いろいろな事に対して悔しくて、ボロボロ涙が出た。

仕事の性質上親父は夜の人間なので、俺が目を覚ます頃にはまだ眠っており、
結局何も話すことなく翌日から日常の生活へと戻っていった。

翌週の休日、親父の誘いで仕入れに付き合った後、
普段行かない焼き鳥屋へ連れて行かれた。まだ中学生なのにね。
親父が注文したうすーいサワーを飲みながら、でも顔を真っ赤にしながら親父の小言を聞いた。
先週の事については何も言ってこない。

つまみも尽きた頃、顔をそむけたまま、堪えられず自分から切り出した。
「お父さん、この間はさ・・・」
言葉に詰まっていると、父のでかい手がぼん、と頭に乗った。
そのままぐりぐりと頭を撫でているのがわかる。
顔を向けると、仕事以外では久しぶりに見る親父の笑顔があった。ほんの一瞬だったけど。
そのまま何も話らしい話もせず、店を出た。
帰り道、煮込みの作り方を何となく聞いたけど、企業秘密とかで教えて貰えなかった。
親父のシケギャグも久し振りにきいた。

いいお客さんにも恵まれ、今でも親父は板場に立っている。

お父さん、いい年して心配かけてばかりでごめん。
今度の検定通ったら、今度は俺がいい店紹介するよ。




110 名前:島さん、二分の一 投稿日:02/06/14 23:12
俺が16歳の時父はガンで死んだ、母は涙を流さなかった
そんな記憶が無くなろうとしていた、大学3年の時
久しぶりに実家に帰ったら家に仏壇も何もない
夜、母が家に帰ってきて一寸怒鳴りながら聞いたら
母がため息ながらにゆっくり答えた。
辛い、お父さんの写真見てると家に居るみたいでご飯も二人前作るし
突然泣き出した母、葬式でさえ泣かなかった母が泣いてる、俺も辛かった
母が一息ついて、二日後ハワイに行くんだけどアンタも来なさいと、
初めての海外ハワイだーと浮かれている俺、たっぷり楽しんで最後の日の夜
母が一寸付き合いなさいと、BARに寄った
母が酒を飲むのを生まれて初めて見たその時の会話

(母)二度目なの
(俺)何が?
(母)一度目はお父さんと来たの
(俺)結婚当時でしょう?
(母)そう、あの時子供が出来たらまたここに来ようとお父さんと話してたの
アンタが帰ってきた3日前位に思い出してアンタを連れてきたの。

111 名前:島さん、二分の一 投稿日:02/06/14 23:20
母は俺に、お父さんよりカッコイイ男になれよと
なぜか俺は泣いてしまい、ありがとうと一言母に告げた
帰り道泣きながら自分に言い聞かせた
      俺はオヤジの息子だと




118 名前:115=116=117 投稿日:02/07/01 02:38
うちは親が2年前に離婚した。

この前、学校が休みで実家に帰った時に何気なく押入れ漁ってたら、昔のアルバムがでてきた。
そこには、俺が生まれる前の両親の姿。小さい頃の俺の姿、生まれたばかりの弟、
笑ってるみんなの姿。。。。

気が付いたら、泣いてた。
いつから、こんな風になっちゃったんだろ。
父と母が一緒に笑ってる姿を見たのはいつだったんだろ。。。
必死で自分の記憶をさかのぼった。
思い出せない。

でも、このスレを見て思ったのは、まだ手遅れじゃないということ。
今はそれぞれが絆をとり戻そうと,少しずつ努力し始めてる。
父と母の関係は無理かもしれないけど、子と父、兄と弟、母と子。。。
何とかなると思う。

保守はもう終わり。最後に一言
ありがとうヽ(´ー`)ノ 



122 名前:呑んべぇさん 本日の投稿:02/07/10 03:17
俺が18の時親父が死んだ。葬式の時俺は涙を流さなかった。
親不孝にも忙しいことを理由に俺は入院中ほとんど見舞いに行かなかった。
自分のことで精一杯で親父のことをほとんど心配してなかった。
そんな俺が泣いていいわけないだろう?
母親と弟、そして親戚の人々などが悲しむ中で俺は平然としていたが、
心の中ではずっと自分を責めていた。葬式の後、誰もいない家の中で
俺は親父に誓った、弟(12歳)が一人前になるまで精神的な支えになろうと。
それが親父の一番の心残りであっただろうからだ。
それから弟には色々なことを教えてきた。反抗する時もあるが
それなりに成長してるようだ。
弟が20になったら一緒に酒を飲もうと思う。それが俺の最後の仕事だ。
その時には親父の写真も飾って一緒に飲みたい。
なあ親父、弟が一人前になった時、俺を許してくれるか?
許してくれなくてもいい、その時にはせめて涙をながしてもいいか?






     

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