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★仝 ゲーセンで起きたちょっといい話スレ 第2章 仝★ より

44 :1 :02/02/27 00:16 ID:qQZY63eW
長文になるよ。

中学生の頃からよく通ってたゲーセンがあったんだ。
そこは店員が例外無く親切でいい人ばかりで、
ゲームごとに同時押しボタンがあると操作が楽なゲームなんかは
進んで同時押しボタンを作ってくれてたりしててさ、
(6ボタンの真サムライスピリッツは逆にやりにくかったけど)
まあとにかく、「俺達もゲームが好きだ!君達も存分にゲームを楽しみな!」
ってのがなんとなく伝わって、とにかく居心地が良いゲーセンだったんだよ。
よく学校の昼飯代浮かせては足繁く通ったっけ。

それでしばらく通って対戦とかしてるうちに他の常連と仲良くなって、
そのうち外で一緒に遊んだり語ったりする友達にもなったんだ。
その頃はまだ携帯も普及してなかったけど、いちいち連絡しなくても
そのゲーセンに行ったら大体の友達が集まってわいわい対戦会とかしてた。
この中には未だにずっと会ったり遊んだりしてる奴もいるよ。
もちろん最後まで話すことが無かった他のグループなんかもいたけど。

そんなこんなでこのゲーセンに通いはじめて4〜5年くらい経った頃かな。
突然そのゲーセンが潰れることになった。
地元にはゲーセンなんて沢山あったし、ゲームするところには
はっきり言って事欠くことはなかったはずなんだけど、
当時はそこ以外でゲームする気なんて何故かあまり起きなかった。
皆ゲームは好きだったけど、そこが潰れたら今までほどゲーセンに
通うことはなくなっちゃうだろうな、って感じてた。
そのゲーセンだから、通ってた。そんな感じで。

多分それは他の常連達も同じように感じてたんじゃないかな、って思ってた。
それこそ前スレであったいろんな「いい話」、
俺達にとってそんな体験が山ほど詰まったゲーセンだったはずだから。


45 :1 :02/02/27 00:16 ID:qQZY63eW
(続き)
もうすぐ、ニ度とこのゲーセンで遊べなくなる。
それでも皆、いつもと同じように毎日対戦したり、語ったり。
結局いつもと変わらないゲームライフを送ってるうちに遂に閉店の日が来た。

閉店の日もやっぱりいつもと変わらぬように知り合いや、他の常連の人が遊んでた。
いつもと変わらない様に語り、対戦し、ノートを書いたりしてた。
閉店の日、っていってもそんなに皆変わりないものなんだな、なんて少し寂しく思ったよ。
でも閉店時間の午前12時が近づいたころ、俺はいつもと違う店の雰囲気に気付いた。
いつもならガランとしてるはずのこの時間。
よく見たらほとんどの筐体が埋まってたんだ。常連グループだけでなく一般客も混じって。
(多分この人達もこのゲーセンに思い入れがある人達だったんだろうな)
いつもは人気のないゲームや、古いゲームの対戦台までも、ほとんどが人で埋まってた。

なんだよ、やっぱ皆寂しいんじゃないか。このゲーセンが好きなんじゃないか。
なんてちょっと嬉しくなった。皆、俺と同じなんだな、なんて。

そして閉店を知らせる「蛍の光」が流れるなかで遂に午前十二時を迎えた。
これでここでゲームを遊ぶのも最後か、なんて感慨にふけってたとき、
店内に店員のマイクアナウンスが響いた。細かいことは覚えてないけど、
「みんな来てくれてありがとう。これからフリープレイにするから暫く皆で遊ぼう!」
そんな感じだったように覚えてる。
普段、居残りでゲームなんて絶対させない店だったから驚いたっけ。

店員が店のシャッターを閉め、宴の開始。知り合いの常連グループも、他のグループも、
店員とあんまり仲良くなかった人達も含めてみんなではしゃいでた。
いままで勤務してた店員や非番だった店員も集まって、
普段だったら絶対やらないようなゲームで皆でバカ騒ぎして、盛りあがって。
普段話したことのない常連の人ととなり合わせになった時、お互い軽く会釈した。
心が通じた気がしたよ。



46 :1 :02/02/27 00:18 ID:qQZY63eW
(続き)
それからどれくらい経ったかな、1〜2時間?
そんなに長い時間じゃなかった気がする。
再び「蛍の光」と、閉店を知らせる最後のアナウンスが店内に流れ、
全てのゲームの電源が切られた。
休憩用の椅子に座り窓の外見ながら、「蛍の光」を聞いて軽く泣いちゃってたよ、俺。
数年、毎日のように見てたここからの眺めももう見れなくなるんだな、って。

本当の閉店後、店の前でさっきまで遊んでた全員で写真を撮って、とうとう解散。
グループ関係無しに常連同士がこんなにまとまるのは最初で最後だったんじゃないかな。

時には、友達関係や恋愛なんかで問題起こしたり、
空いてる椅子に座ったりとかマナーが悪かった時期もあったと思う。
当時の店員さんゴメン、今は反省して人一倍マナーに気を配るようになったよ。
なんて今更懺悔しても見てないか・・・・
あの時一緒に遊んだ常連達、今はほとんど見なくなっちゃったけど元気かな。
まだゲームやってるのかな。俺はまだまだ現役なんだけど。

あのゲーセンには大事な青春のほとんどを捧げちゃったけど、後悔はない。
むしろ今の俺を作ってくれたことに感謝してるよ。



大好きだったあの店が閉店してからかなりの月日が経って今、
俺は違うゲーセンの店員をしてる。
俺の意見なんてなかなか通らないけど、
あの店みたいに皆に愛されるゲーセンに出来たらいいな、って思ってる。
俺も又、遊びに来てくれる皆に「いい話」を作ってやれるように頑張るよ。



250 :しう゛ぃさん ◆sIVIzY0U :02/04/01 17:00 ID:SCXZSBRy
常駐しているスレに良い話スレのことが紹介してあったのを思い出したので
カキコさせていただきます。

俺が高校生の頃、ある工業団地のそばにあるゲーセンに通ってました。
そのゲーセンは結構外国人労働者の方々も来ていて
多国籍ゲェセンって風合いを醸し出してたんです。

ある日、学校をサボって平日昼間からエレベーターアクションリターンズに
没頭していたところ、一組の外人さん親子が俺のプレイを見てました。
ゲーム中、横一列爆発のナパームを炸裂させると父親の方が「オゥ」とか
後ろで小さくつぶやいたりしてるんです。
んで、ヘタレな俺は案の定3面でゲームオーバーになってしまったんですけど
その父親さんが拍手してくれたんですよ。

何処の言葉かは解らなかったけど笑顔で誉めてくれたんです。

しばらくして、そろそろ学校に戻ろうと思ったときに
プライズ機の方で男の子の泣き声がしたんです。

さっきの親子連れがプライズ機の前にいたのですが、どうやら御目当ての景品が
取れなかったみたいで。

思わず言葉も通じないのに声をかけてしまいました。「どうしました?」って。
そしたら「アレ、取レナカッタ。※※※※、モウ、オ金、ナイでス」
って、向こうの言葉混じりの身振り手振りとカタコトの日本語で話してくれたんです。
…ちょっと続きます。長文で申し訳ないです。


251 :しう゛ぃさん ◆sIVIzY0U :02/04/01 17:13 ID:SCXZSBRy
…続き
多分、出稼ぎに来てる人だったのだろうし(近くの工場のツナギを来てた)
あまりプライズ機にお金をつぎ込むことは出来ないんだろうな…と思って
その人形(多分クマか犬のぬいぐるみだったと思う)を取ってあげました。
ただ、俺もあまりキャッチャー系は得意じゃなかったので結局300円も
使ってしまいましたが。
そのぬいぐるみを男の子にあげると大喜び。
父親さんからは、「アリガト!アリガト!」と握手してもらいました。

その日は昼飯がかなり寂しいモノになってしまいましたけど、男の子の
満面の笑みと父親さんの握手は何物にも代え難い想い出になったのを
今でも覚えています。

その後、その親子とは何度か会いましたがいつも「アリガト!」と挨拶されるので
友達からは変な顔されました(笑

今はもうこっちには居ないだろうけど、あのぬいぐるみが遠い異国の空の下に
あるのかと思うと少し嬉しくなります。
言葉が通じなくても心が伝わってくれたことも。



359 :ゲームセンター名無し :02/04/20 21:32 ID:6MYMMgJg
小学生の時の話。
うちは共働きでよく俺はおじいちゃんに預けられていた。
そんな時、たまにおじいちゃんは俺をゲーセンに連れていってくれたのさ。

コインゲームで11クレ100円の時代。
おじいちゃんは俺に100円玉をくれるんだけど、ガキだから下手ですぐ終わっちゃう。
もう100円、もう100円という内に、いつもおじいちゃんの小さな財布を空にしてしまった。


360 :ゲームセンター名無し :02/04/20 21:33 ID:6MYMMgJg
そんなに無駄遣いしたって事がばれたとき、いつもおじいちゃんは俺の親父(つまり息子)に凄く怒られた。
大柄な親父とやせたおじいちゃん。
おじいちゃんはずっとへこへこ謝っていた。
それでもおじいちゃんは俺をゲーセンに連れて行ってくれた。
そしてまた怒られる、その繰り返し。

何故こんな事を今日まで忘れていたんだろう。
ごめんねおじいちゃん。
おじいちゃんが死んだ時、何もしてあげられなかった。
そばで手を握っていることもできなかった。
俺は。感謝の言葉たった一つさえ、最期に伝えられなかった。
ごめんね。本当に大好きだよ。心からそう思う。


427 :ゲームセンター名無し :02/04/26 01:18 ID:jF8MYKGE
いきなりですが、みなさんは母親の作ってくれた弁当に思い出はありますか?
なかには、「へたくそでまずいんだよなー」なんて言われる方もいるのではないかと。

面白くないかもしれませんが、わたしの話を聞いてください。
もう一昔前になりますが、予備校時代に模試というものが月1のペースくらいであったんです。
で、日曜にもかかわらず、母親は朝早く起きて、わたしのためにご飯を炊きおかずをつくり、
弁当をこさえてくれてたんです。
当時の自分は本当に恵まれていたんでしょう。でもその頃はまったくそんな苦労など考える由も在りませんでした。

ある日。いつものように模試と言い弁当を作ってもらい街へ出ました。
本当は模試なんてホラで、ただゲーセンに遊びに行きたかったんです。
しかも、昼食代があればどうせクレジットになってしまうと考え、作ってもらって。

つづきます


428 :ゲームセンター名無し :02/04/26 01:19 ID:jF8MYKGE
街のゲーセンへ朝から行き、思いきり羽根を伸ばし、思い思いのゲームを楽しみ、日が落ちていきました。
そのとき、ダミーの参考書をいれたかばんに弁当が入っているのを思い出して、
ゲーセンの傍ら(自販機のあるベンチみたいなところ)でそれを開けたのです。
弁当を開けて愕然としました。
細切りの海苔で、ご飯の上に「ガンバレ」って。
いつも弁当を作るときには面倒そうな表情だった母親が、本当はこう思っててくれたのかと思うと、
その海苔をご飯に乗せた時のことを思うと。
そして、自分がその日したことを考えると…。
辛くてなかなか口に入れたご飯が喉を通りませんでした。そして塩辛く感じた。
ごめんなさい、お母さん。これからちゃんとやるから。

そして、その日からわたしはしばらくゲーセンから遠ざかることにしたんです。
志望校は旨く合格して、家族みんな喜んでくれました。
でもその時もやっぱり心の中ですまないキモチがずっとあって。

今もそうです。でも親元離れて早6〜7年。正月には帰るけどなかなか手作りの弁当は食べられない。
母親の味、おふくろの味。何にも代えがたい味です。
今も実家で元気そうだけど、今自分も東京でしっかりやってるから安心してね。

週末たまにゲーセン行くけど、許してね。


長いくせに要領を得ない文章ですみません。ゲーセンがらみの話ということで許してください。





     

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