No.235 たまにゃ家族で より
- 171 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/11/18 19:25
- 内容も内容なんで、コテ無しで書かせて頂きます。
私は幼い頃、日本酒と煙草の好きな祖父にベッタリだった。
良くハイライトを買いに行かされてたのを憶えている。
夜は膝の上に乗せてもらい、独特の煙草と酒臭さの中、
夕食を共にしたものだった。
いつしか私も高校・大学と進学して一人暮らし、就職しても
離ればなれの生活だったが、会いに帰るといつも元気だった
ので安心していた。
しかし、秋も終わる頃に突然体調が悪くなり、その3日後、
亡くなったとの連絡があった・・・
仕事を休み、まずは泣いている場合じゃないと通夜に駆けつけたが、
その日の通夜は親戚の対応に追われ、かなり忙しかった為か涙は出なかった。
でも、次の日に葬式にて位牌と共に飾られた祖父の写真を見て、
私はその場で泣き崩れた・・・
その写真は、幼い頃の私を膝に乗せて撮った夕食での写真でした。
お葬式用に加工されていても、元写真が鮮明に浮かび、風景・匂い・音が
手に届くように頭の中を巡りました。私は何分泣いていたのか、未だに
わかりませんが、父に声を掛けられるまで意識が飛んだような状態でした。
父から「いろんな写真を探したんだが、この時の笑顔が一番心から
笑ってると思ったんだよ」と聞き、さらに泣きました。
ハイライトと日本酒を添えて天国に旅だった祖父には、幽霊でもいいから、
もう一度逢いたい、そして酒を酌み交わしたいと心から思う。
- 195 名前:呑んべぇさん 投稿日:03/01/07 21:51
- 些細なことで弟を交え、親父と喧嘩したのは去年の6月頃だった。
それまでお盆は勿論、月一は実家に帰ってたのに、全く寄り付かなくなった。
その実家から荷物が送られてきたのが11月頃。 中身は米とビール。。。
エビスが入ってたんで間違いなくお袋からだと思い(親父は俺の嗜好を知らない・・・と思ってた)
実家のお袋に電話したんだけど、荷物を送ってくれてたのは何と親父だった。
こんなの全く洒落にならないよ。
でも結局、俺が素直になるきっかけを作れなくて、久々に実家帰ったのは大晦日だった。
実家に帰った俺に親父もお袋も今までどおり、何事もなかったかのように「お帰り」といってくれた。
俺も出来るだけ素直な気持ちで「ただいま」と言ったつもりだったけど、実際は恥ずかしくて・・・
声になってなかった。
止まってた時計が、何事もなかったようにまた転わり出した気がした。
その日、久しぶりに親父と晩酌した。
これからがんばって親孝行しますから、長生きしてください、お父さん。
- 228 :呑んべぇさん :03/04/19 00:00
- スレタイどおり、たまにゃ家族でって話。
俺も兄も地元を離れて東京に住んでいる。両親はおかげさまで田舎で健在。
5年前、俺が車で事故って病院に担ぎ込まれて両親が田舎から飛んできた。
退院するときに両親が再度上京し、いい機会だからと家族4人で集まってご飯でも、ということになった。
酒好き一家なので自動的に居酒屋へ。ホッケつまみつつ4人で晩ご飯なんて久しぶりねぇと喜ぶ母。
4人とも少しいい気分になるくらいのほろ酔いで、2軒目はその居酒屋のそばの少しガヤガヤしたバーへ。
兄は俺に比べればいろいろやりたい放題やっていた。
浪人した末、入った専門学校を10日でやめ、職を転々としたり…。
27歳になる今も半年後には何をしてるんだか…って感じ。
両親の目には「俺は良い子、お兄ちゃんはねぇ…」という風に写っていたと思う。
兄がマティーニ7連発で泥酔して変なギアに入った。涙を流しながら
「今まで本当にありがとう。こんな俺でもちゃんと暖かく見守ってくれる親父、
母さんがいて、だから俺は、今なんとかこうして、いくらかはまともに生きてられるんだよ。
いつも言おう言おうと思ってたけど、でもずっと言えなくてさ…」
そこからは兄・父・母号泣。バーで w
つられて俺も泣いてやんの w
今でも俺一人で帰省したときには、笑い話でいつもあの夜の話が出る。
ひとしきり笑ってから「兄貴の目の前でその話出さないでおいてやれよ!」ってことで落ち着く。
俺の数倍両親の心配の種なんだろうけど、怒るとハンパじゃなく恐い父に真っ向から歯向かえるのは兄だけで、
おれはいつもそんな兄に憧れていた。
まともな道を歩いているのは、強いて言えば俺のほうだけど、あのときくらいに
親を泣かせられるのは出来の悪い兄の方なんだなと少し羨ましかったり。
- 261 :呑んべぇさん :03/07/15 20:42
- 普通の話です。
ホントなんでもない話です。
先週末に田舎に帰省した。
そして親父と呑んだ。
このスレを読んでから行ったんで、最初かなり意識してしまった(苦笑
だんだん時間が経つにつれ、普通に呑めるようになった。
でも、途中で対戦してみた腕相撲で負け、酒でも自分が先に潰れてしまった。
定年近い親父にだ。
だが親父は笑ってまだまだな、と言ってくれた。
負けたのは残念だったが、親父が健康に気をつけて昔通りのままでほっとした。
母は土産のきんつばを食べながら話につきあってくれた。
そして今日現在住んでいる東京に帰ってきた。
自分の部屋に入る。
だれもいない狭い部屋。
ふと脈略なく思った。
親父・かあさん元気でいてくれて有難う、と。
こうして田舎から出してくれて、自分が帰る場所を作ってくれている。
頑固な父とちょっと口うるさい母が晩酌の席で、なんでもない話を
聞いてくれる。
酒で口が回らなくなった自分の話を聞いてくれる。
ほんとにただ嬉しかった。
両親が元気でよかった。
むしょうに親孝行したくなった。
そんなことを衝動的に思ってしまったので、だらだらと
書いてしまいました。
書かずにはいられませんでした。
ほんとなんにもない話でスレ汚しすみません。
- 189 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/12/22 11:41
- 親父が亡くなって もう 20年になる。
全く酒を飲めなかった 親父だが 幸運にも息子(俺)は少しはたしなめる。
かみさんと 晩酌を毎日しながら お酒の無かった昔のゆうげの風景を思い出す。
SiteOwner:hiroshu29[atmartk]hotmail.com
Copyright (C) 2002-2005 泣ける2ちゃんねる