No.181 嗚咽その3 より
- 87 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/08/08 00:49 ID:10kaZZHJ
- まだ20代だし書くべきか迷っていたが、お盆も近いことだし。
昨年12月、母方の祖父を亡くした。夏に胃を切って、回復しかけの時に検査したら
負担が大きかったみたいで、どんどん衰弱してって。「だいぶ悪いから、
来てくれ」って、仕事中にかかってきた、母からの電話。涙声の母なんて、
生まれて初めてだった。
病室の祖父は、呼びかけに手足は反応するものの、口を開けていて、閉じら
れない目からは血混じりの涙が出ていた。もう、逝ってしまうんだ。
そう思うしかない姿があまりにもショックだった。「じいちゃん、お家帰る
んでしょう?じいちゃん!」と泣きながら叔母が足をさすっていた。
夜になると、祖父は血尿すら出さなくなった。母らに任せて帰宅する時、
一声ずつかけて病室を出た。俺は祖父の手を握って言った。
「また明日な、じいちゃん」
その時、祖父が手を握り返してくれた。手前勝手な思い込みかもしれないけど、
確かに祖父は俺の手を握り返してくれた。
働き者の手だった。
祖父はこの手で米を作ってきた。この手で野菜を作ってきた。それを伝えて
余りある、太い骨の感触が伝わってきた。
翌日午前5時、「おじいさん・・・亡くなったからね」最後は消え入りそ
うな声の母からの電話。泣きながらカーテンを開けると、一面、雪だった。
晩から降った雪で、何もかも真っ白だった。
「じいちゃん、降らせて逝ったんだな」
そう思って、息ができなくなるほど泣いた。
祖父の遺影は、祖母と旅行に行ったときの写真。酔っ払って、目の周りが
赤くなっている祖父。「まあ、じいちゃんらしいな」と家族で笑った。
俺の家に野菜を軽トラいっぱいに積んで遊びに来たとき、しこたま飲んで
大きな声で笑っていた祖父。胃を切った後は、おちょこ1杯すら飲みきれて
いないのに「ああ、今日はいっぱい飲んだな」と満足そうに笑っていた。
じいちゃん、俺は春から酒どころに転勤になったよ。会社の先輩に教えて
もらった酒、マジで美味い。飲ませてやりたかった。
- 199 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/09/05 13:35 ID:SFKI9g0T
- 中一の頃いじめにあっていた。
クラスのほぼ全員からだった。
机には腐った蜜柑、牛乳瓶、鞄はゴミ箱、体育のサッカーでは20対1。
付き合ってた彼女に飛び火するのが嫌で、嫌いになったと言って別れた。
ある日の休み時間、トイレから戻るとクラスの全員が廊下に座ってる。
その中央には俺の2歳上の兄貴が居た。
「お前は来るな」そう言われて教室で座っていた。
何を言っていたのかは良く聞こえ無かったが、何故弟を虐めるのか?弟が何をしたの
か?
そんな内容のことを兄貴はクラスの奴等に尋ねていた。
続く
- 200 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/09/05 13:39 ID:MY3YPGZy
- 家に帰って俺は兄貴に言った。
「何で余計な事するんだ、逆効果だろ!!」
兄貴は「うるせぇっ!!弟が虐められて黙ってられるかっ!!」
嗚咽した、激しく。
「もういいよ、もういいんだよ」ずっと繰り返してた。
今まで家族にも教師にも言わず我慢してきた。
辛かった、悔しかった。
でもそれ以上に嬉しかったんだと思う。
その日から少しずつ虐めが減って行き、いつの間にか元に戻っていた。
まだ兄貴にはお礼を言ってない。
今更恥ずかしくて言えないと思ってた。
でも、このスレ読んでたら言えそうな気がして来た。
- 362 名前: 投稿日:02/10/06 16:46 ID:03jUtpBq
- 母親は俺が3歳のときに癌で他界していて俺はほとんど母親の事を覚えていない。
母親代わりをしてくれたのが祖母と叔母の2人だった。
この間その叔母から写真と手紙を手渡された。
「何これ?」と聞いてみると、叔母は
「お前のお母さんの写真と手紙だよ。お前、お母さんの直筆、見たことないだろ。
おばさんあてに来た手紙だけど、お前が大事に持っていなさい」
と答えた。
手紙には綺麗な字でこう書かれていた。
拝啓
明日から立冬とか・冬に向かい何かと忙しい日をお過ごしであろうと・想像して居ります。
一日も早く○○を迎えに行きたいと思いながら今日になってしまいました。
本当に長い間御世話いただきありがとう御座いました。幾度お礼を申し上げましても足りない、
そんな気持ちで居ります。
今度お目にかかる機会には一家で笑顔でお会いしたいと思います。
本当にありがとう御座いました。
この手紙を書いた5ヵ月後、母は死んだ。叔母と笑顔で再会したいと言う彼女の願いは叶わなかった。
なんだか切なくなって風呂の中で泣いた。
母の人生は儚くて、短いものだった。その間に彼女は十分な幸せを得ることができたんだろうか。
俺は母に何も孝行をすることなく逝かせてしまった。
それが切なかった。
母さん、貴女は幸せな生涯をまっとう出来たのですか?
- 401 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/10/14 10:58 ID:UoNGe/+l
- 私の弟が28歳で死にました。
脳疾患持ちで、合併症で15歳まで生きられない、20歳まで生きられないと、
お医者さんに言われ続けてよくぞ28まで生きたものです。
5年生のとき、無理を言って普通学級に編入させていただいたとき、
弟にケイタ君という友達ができました。家庭に事情のあるケイタ君は、
5年生ですでにゲームセンターでたばこを吸ってるような
早熟な不良でしたが、なぜか弟の面倒をとてもよく見てくれました。
子供は残酷ですから、クラスの中に呼吸器を引きずったクラッチ付きの子に、
決して寛容ではありません。弟は男の子からも女の子からも陰湿なことをされました。
だけどそれはケイタ君がそばにいないときだけでした。
- 402 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/10/14 10:58 ID:UoNGe/+l
- 好奇の目で見られていた弟に、恐怖の目で見られていたケイタ君は、
誰よりも(担任の先生よりも)優しく、いつもそばにいてくれました。
「ケイタがね、『いじめられたらすぐに俺に言え、お前は俺の舎弟だからな』だって。
でも舎弟ってなんだろうね、子分のことかな?」
弟はいつも家に帰ると母と私にそう言ってました。
修学旅行に行く途中で弟がそそうをしてしまったとき、一斉にはやしたてた同級生を尻目に
ケイタ君は下の世話さえしてくれたのです。6年生の男の子がです。
卒業した弟が養護学校に入ると、ケイタ君は一層気合の入った不良になってましたが、
それでもバザーに来てくれて、フォークダンスへの参加さえもしてくれました。
何をやったのか16歳のときケイタ君は警察に連れて行かれ、
噂では少年院を出てそのまま東京に行ってしまったと聞きましたが、ケイタ君とはそれっきりでした。
弟が死んだとき、私も両親も、悲しみより
「やっと楽になれたね、よく28まで生きたね。」
と落ち着いた気持ちでその事実を受け入れましたが、
弟の身の回りを整理していて、養護学校時代の写真の中に、
弟の隣に寄り添い、腕を組みカメラにガンを飛ばす金髪の少年を見つけたとき、
涙が出てきてしまいました。
ケイタ君、今どこにいるのですか?幸せにしていますか?
- 416 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/10/18 11:35 ID:Trg10J2i
- このスレを呼んでいて、思わず涙が出てきた。
学生の頃付き合っていた彼女のことを思い出しててしまった。
当時、漏れは親のスネかじりの専門学生で彼女と同棲していた。
彼女とは高校からの付き合いだった。
その日、漏れは朝からバイトで寝ている彼女に悪いと思い、
ろくに声もかけずに出かけてしまった。思えば、ちゃんと声をかければよかった。
その時の寝顔が忘れられない。
昼時、あと一時間弱でバイトも終わるので漏れはそわそわしていた。
その時、事故があった。酔っ払いトラックが歩道に突っ込んだのだ。
漏れがそのことを知ったのは交代のバイトのヤシが来た時だった。
事故に遭ったのは漏れの彼女だというのだ。
内心疑いつつももしやと思い家に電話するがつながらない。
漏れは急いで事故現場に向かった。嫌な予感がめちゃめちゃしたけれど
内心は、見間違いでありますように勘違いでありますように、と
ずっと思っていた。けど、神様なんていないんだと思い知らされた。
現場に転がっていたなんとか原型をが分かる自転車は彼女のだったし
散らばっているバックも中身も見慣れた彼女のものだった。
嫌な汗がドバーっと出た。それでも見なくちゃいけないという気がして
身を乗り出した。見なければよかった。
顔は布で隠されていたが、タンカから垂れた足の火傷の跡が漏れを確信させた。
彼女の名前を叫んだ。すると警察官が「○○さんのお知り合いですか?」と言って
漏れに彼女の身元の確認させた。
ひどかった。頭こそ切れていないが鼻血で顔は真っ赤だった。
それでも漏れは死んでいるとは思わなかった。
大丈夫、生きてる、病院行けば治る、とか思ってた。
でもそれは救急員の人の言葉で見事に打ち砕かれた。
「さきほどお亡くなりなられました。」
漏れは呆然とした。
そこからはあまり覚えてはいない。
- 417 名前:続き 投稿日:02/10/18 11:37 ID:Trg10J2i
- その後、悲惨なことが分かった。事故を起こした運転手は
漏れのバイト先で酒を買っていたのだ。
覚えていないが、時間帯からして多分漏れが売ったのであろう。
もう一つある。彼女は妊娠していた。一人で産婦人科に行き、そのことを漏れに
言う為に、バイト先に行こうとしてしていたのであろう、
という話しになった。
どちらのことも原因は漏れだった。
やりきれない気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
初七日が終わって、やっと落ち着いて自宅に戻ったが、
まだ彼女が生きている気がした。
漏れは「ただいま」と言ったが「おかえり」と
言う声はやっぱり聞こえなかった。
部屋には死んだ日に来ていたパジャマが丁寧に
たたまれて置かれていた。
彼女の身体はもう焼かれてしまったから、彼女の匂いが
するのはもうこのパジャマしかなかった。
懐かしい匂いがした。あの時の寝顔が思い出された。
漏れは大泣きした。
あれから随分経つが思い出すとやっぱり泣いてしまう。
漏れも、結婚して父親になった。
奥さんに了解を得て、子供には彼女の名前を
もじったものをつけさせたもらった。
今でも命日と誕生日には彼女の墓と実家の仏壇に花を手向けています。
かなり長文でスマソ。見づらかったらスルーして下さい。
- 539 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/11/12 20:09 ID:ixs0Ap1l
- 中学3年の時、クラス中から嫌われていた。
学校に行きたくなかったけど、はぶられてることを親に言えるわけもなく
毎日ぼやぼやと学校に行っていた。
ある日の帰り道、犬が一匹ぼーっとこっちを見ていた。
給食の残りのパンをやると食べた。
すごく「俺が好き」という目をしてついてきた。
こんな嫌われ者の自分を好きでついてきてくれる犬が
世界で唯一の味方のように思えて涙が出てきた。
その犬は俺の家で10年過ごして死んだ。
かわいかったよ。ありがとな。
- 615 名前:長レス失礼 投稿日:02/11/27 21:16 ID:ykPwApZT
- 3年前の1月、父が交通事故にあった。
母から連絡を受けて、私と姉は実家の近くの病院に駆けつけた。
脳挫傷。意識がもどる可能性は10%もないと医者に告げられた。
集中治療室のベッドの上、さまざまな機器にチューブでつながれ
頭を白い包帯に巻かれて横たわる父の姿を見ても、まだ私は
涙が出てこなかった。あまりにびっくりしていて。
しばらく病院に泊まり込みになるだろう。実家と病院を行き来するのに、
連絡するものが必要だった。私の持っているPHSは、田舎では電波が通じない。
母に、父の使っていた携帯電話を渡された。
その日の夜。
何も言わずに出てきてしまったから、東京にいる何人かの友達に
「しばらく田舎にいることになった」と電話で知らせた。
みんな言葉につまりながらも慰めてくれた。涙声になる子もいた。
でもまだ私は涙が出てこなかった。
最後の一人への電話をかけ終わると、なんだかドッと疲れた。
すぐに家族がいる待合室に戻る気にもなれなくて、病院の屋上へと
通じる薄暗い非常階段にそのまま腰を下ろした。
なんとはなく、いつものように手で携帯をもてあそんだ。
ふと目が止まった。
携帯電話の充電部分のわずかなくぼみに、赤黒い血がこびりついていた。
救急隊員の手によってか、看護婦さんの手によってか知らないが、
丁寧にぬぐわれたであろうにもかかわらず落ちきれなかった父の血が
こびりついていた。
屋上へ通じる非常階段の冷たい壁にひたいをくっつけて、私は、
声をかみ殺して泣いた。
あの日の事は一生忘れられない。
- 767 名前:大人の名無しさん 投稿日:03/01/05 14:56 ID:om45svqJ
- 今から8年前に、両親が事故で亡くなった。
当時19だった自分は専門学校を辞め、7歳下の弟を育てるために鳶の仕事を始めた。
身内が誰もいなかったので、とにかく弟を育てていくことに必死だった。
現在弟は理容の専門学校へ通っていて、昨日初めて弟に髪を切ってもらった。
切ってもらっていたら、不覚にも涙が溢れてきて止まらなくなった。
8年間のいろんな事を思い出して、散髪真っ最中に号泣した。
両親が亡くなってから初めて泣いた。
あと1年すれば弟は卒業するので、卒業したら2人でゆっくり温泉にでも行こうと思う。
仕事ばっかでろくに旅行にも連れて行ったこと無かったから。
家にも全然居れなくてろくでもない兄だったと思うけど、
お前が居てくれてほんと幸せだったよ。
長文スマソ。
- 773 名前: 投稿日:03/01/06 14:14 ID:k2RrTcoG
- 去年の夏の一番暑い最中に、カー用品の量販店へ車のオイル交換に行った。
大変な混雑で、一時間くらいの待ち時間になると言われて俺はそのまま待ってた。
かなりの時間が経って、二十歳に満たないくらいの小僧がふてくされながら
「オイル交換をお待ちのぉ○○様ぁ!」と呼びに来た。
不機嫌そうに、マニュアル通りの作業箇所の説明をした後伝票にサインを求めて来た。
俺はサインをしながら「ご苦労様」と言ったあと「暑い中こんな熱い車の作業大変でしたね」
と付け加えたら、小僧の顔つきがみるみるうちに変わって行った。
それは嬉しさと照れくささの混じった鼻息の荒いうわずった声で生意気にも
「いや!よ・・世の中にはもっと熱い車が・・た・・たくさんありますから」と
いっぱしの職人気取りで言ったあと「ちょっと待って下さい!!!!」と言うと
作業場の奥にあるタンスみたいな工具ケースやら、コンプレッサーやらを無造作に
蹴っ飛ばして場所を開けると、それらに塞がれていた工場の裏口のシャッターを強引に開け始めた。
「ここから出てまっすぐのつきあたりを右に行くとすぐ国道に出られるっす!」と言うと
小僧は直角に腰を曲げて「ありあとあしたあああああ!!」と大声で叫んだ。
いろんな客の相手して疲れてたんだろうなあ、と思った。
ちなみにそこのカー用品店は今でも仕事の行き帰りによく通るが工場の中はよく見えない。
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