No.237 嗚咽 その4 より
- 88 :大人の名無しさん :03/03/21 18:02 ID:hIId7vE5
- もう10年以上前に妹を亡くしました
母が妊娠中期過ぎあたりで早産し、生後1週間ほどでこの世を去りました
ミルクも飲めず管をたくさん付けられて、保育器の中で一生懸命動いていました
小さい小さい体でよく1週間も生きていてくれました。
家に連れて帰り、管の付いていない顔を見ている時はなんとも思わず
顔だちが綺麗だとか、もったいないとかそんな話をしていました
葬式の準備の為父の実家に行き、妹を仏壇の前に寝かせて大人達が
せわしなく動いている様子を見ていましたが、服を着せるのか何か
準備があったようで(このあたりうろおぼえなのですが)叔母が
布団をめくったとき
「ああ、ちゃんと手を組んでるんだねぇ」と言ったので、妹の手に
目をやりました。
小さい手、細い指、それがしっかりと胸の上で組まれているのを見た瞬間
のどの奥に物凄い圧迫感を感じ、瞬時に「吐く!」と思ったので
突っ伏したのですが、のどの奥からは何も出て来ず、かわりに涙がぼろぼろ
出て来るのを止められませんでした。
その後の事はあまり良く憶えていません、次にある記憶は火葬場でした。
未だに妊婦さんや赤ちゃんを見るとふとこの事を思い出してしまいます。
- 304 :大人の名無しさん :03/05/25 22:14 ID:Qre67Gk0
- 先日、一人でテレビを見つつ、酒の肴に鍋を食べていた。
自分なりに、見切りのアラとか、そこそこ野菜も贅沢した上で満足して
ハフハフ食べていたとき、なんか思い出したことがあった。
あれは、俺が中学一年の頃、父が亡くなって半月ほど経った日だった。
それまでバタバタ非日常の日々を送っていた母と俺、そして弟がやっと
落ち着いてコタツを囲んで鍋を突付いてた日のことだった。
確かあの日も、近所のスーパーで魚のアラが安くて、母が買ってきて
鍋にしよう、と言ったんだと思う。父の飲み残した酒を「もう飲まないから
いいよね」と母がどぼどぼ鍋に注いで、ああ勿体無いなぁと話したのを
覚えている。
ぐつぐつ煮立っている音とは別に、弟がいきなり泣き出した。ほんとうに
突然泣き出したんだ。俺はそれをすごく女々しいと思い「お前が泣いたら
お母さんが泣いちゃうだろ。泣くな!」と強がって言ったけど、そうしたら、
今考えてみたら当たり前だけど、母も泣いちゃったんだよね。つられて
俺も泣いた。わんわん、三人で泣きながら鍋を食べた。
ふと思い出したことだけど、あれは家族の情景というにはあまりに過酷で
切ない思い出だった。今の俺には、その切ない思い出を共有できる人が
居ない。それもとても寂しい。
- 107 :大人の名無しさん :03/04/01 02:25 ID:qLQp5+3Y
- 高校生の頃、親友が自殺した。
原因は、中絶したことの罪悪感からだった。
その子はとても大人しくて男と付き合って、
ましてやそんなことをするようには
全く見えない子だった。
初めにうち明けられた時は、彼女のお腹には赤ちゃんがいた。
両親とはもめたが産むことを許してもらえたと、とても嬉しそうだった。
しかし、彼女の笑顔を見たのはそれが最後だった。
保母さんになるのが夢だった子供好きの優しい子だった。
次にあった時彼女はとてもやせこけていた。
彼女は何も喋らなかった。ただただ泣いていた。
きけば、相手の親にこっぴどく罵倒されたと彼女の母から聞いた。
しかも相手の男は、声も出さずに泣いていた彼女をかばうことなく
淡々としていたというのだ。
そして、「うちの息子の子供だという確証はあるんですか?」とか
「子供が出来たのはお嬢さんの知識が不十分だったんじゃありません?」
とまで言われたのだという。
ただでさえ精神的に弱っていた彼女は追い詰められ、とうとう中絶を決意した。
そうでもしなければ、相手の親が毎日でも嫌がらせにやってきていた。
- 108 :続き :03/04/01 02:28 ID:qLQp5+3Y
- 手術当日、私は彼女に付き添って病院まで来ていた。
あれ以来ほとんど何も食べていない彼女の身体はやせほそって
手術に耐えられるかどうかさえ危なかった。
直前まで彼女はずっと空を見ていた。
会話は全く無かった。
数時間後、彼女の手術が終わった。
まだ完全に麻酔の切れていない彼女は、泣きながら上の空でずっと
「赤ちゃん天国いけるよね・・・」「赤ちゃんちゃんと供養されるよね・・・」
「ごめんね・・・ゆるして・・・」と繰り返していた。
私は彼女が落ち着くまでしばらく会わないほうがいいと思い、
家に立ち寄らなかった。
今思えば、もっと会いに行けば良かった。本当に後悔している。
数週間後、彼女の母から電話があった。
彼女が自殺した、と。
呆然とした。何も考えられなかった。
もしかしたら手術の失敗で・・・とも思った。
自殺だとは考えられなかった。
私はまっさきに相手の男に問いただした。
すると、手術代に慰謝料まで上乗せしたしたんだから
もう関係ない、自分は悪くない、と抜かしたのだ。
生まれて初めて、人に殺意を抱いた。
泣きながら、そのどうしようもない男に目一杯の言葉を
浴びせてやった。男は反省の色など全く見せなかった。
- 109 :続き :03/04/01 02:29 ID:qLQp5+3Y
- 通夜にも葬式にも相手の親は表れなった。
世間体、彼女の死の原因は拒食症、ということになっていた。
私は悔しくてたまらなかった。
相手の学校にバラしてやろうかとも思った。
だが必死に押さえた。そんなことをしてもあの子は喜ばない。
納骨された彼女の骨はほんとうにわずかで、少なかった。
高校二年の冬のことだった。
あれからあの子のような経験をする子が一人でも減らしたいと思い、
産婦人科医を目指したが挫折し、今は高校の保険医をしている。
複数の異性と付き合うのが当たり前になってしまった
現代の子供達の、私のお説教がちゃんときいているかは
分からない。が、避妊に対する考えを改めてくれた生徒もいる。
今でも、彼女の親とは交流が続いていて、月命日には
お線香をあげにいっている。
- 358 :大人の名無しさん :03/06/13 01:02 ID:JV1dRlb4
- 父親が死んで随分経つんです。
父親はまあ、母親に言わせると「ろくでもない人」で、
とある自営の仕事についていて、その仕事には随分とお金がかかり、
家には一銭も金を入れない。母親の稼ぎでうちは食べていたよう。
裕福な暮らしじゃなかったですよ。借金もあったみたい。
荒い気性で、カーッとなるとワァワァ五月蠅く手は早く、
ぼごぼご叩かれたり、縁側から蹴り落とされたりしましたねぇ。
でも、母親のおかげで食べていけてるという気持ちはあったようで、
なんかたまにヒクツなところがあったと、子供心に思い出せます。
ある日突然、心不全でなくなってしまったんですけどね。
それでね、聞いてください。ついさっきのこと。
あまり使わない箪笥のひきだしの奥、なんか紙みたいのがつっかえてるんですよ。
何だろ?と思って取り出してみると、家の設計図みたいなの。
きれいな図面で、専門家が描いたものだと思います。
母親は外に勤めに出ていた美容師で、なんとその図面には美容室がある。
わたしの部屋は庭に面していて、なんかキンモクセイって鉛筆の手書きで書いてある。
わたしは金木犀が好き。庭があったら植えたいなぁって思ってた。
いちばん笑ったのが父の仕事の作業場。すんごいデカイの!
母とお茶を飲みながら、
バカだー、借金もあるのにさ!いつ描いて貰ったんだこんなのーとか、
笑ってたんですけど、いつの間にかわたしも母も泣いていた。
喧嘩ばっかりしてたけど、お母さんのことやっぱり好きだった?
金木犀が好きなんて、わたしいつ言ったっけ?
しんどいしんどいって言ってたけど、やっぱり仕事好きだったんだ?
そういうの隠さないで、もっともっと口に出して欲しかったよ。
ああ、もうつまり……どうしてあんなに早く死んじゃったの?
わたしが大人になるまで、今こうやって、少しはあなたの気持ちをわかるまで、
この家を建てられるまで、生きていて欲しかった。
ひきだしの奥に隠してあったわたしの、お父さんの、夢の家。
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