PickUp #252  2004.01.12   <- Prev  Home   Next ->


No.252 【おー!】釣りと出会った瞬間【いい!】 より

56 :名無し三平 :02/10/25 11:43
初めて釣りは毛ばりでオイカワ釣った。
あのブルブル感、それからとりこになった。
親父がいない俺にオフクロが男の子らしい遊びをさせたいと釣りに連れて行ってくれたらしい。
しばらくして、ちょっと大きめの鯉がかかって買ってもらった竿が折れてしまった。
貧乏なのはわかってたから、お袋になかなか言えなかった。
「釣りに行かないの?」と聞かれても言い出せないでごまかしてた。
しばらくして誕生日にお袋が新しい竿を買ってくれた。

まだ夜も明けぬ中、船で磯に向かうたびに思う。
初老のお袋を見るたびに思う。
ありがとう、あなたの息子でよかったと。

もうすぐガキが釣りをできる年になる。
俺はガキに何ができるんだろうと、時々考える。
多分お袋にはかなわないなと苦笑いしながら。

スレ違い失礼。
無駄な長文失礼。

72 :名無し三平 :02/10/28 04:44
初めて釣りしたのは、小2の夏だった。
それまで、父が釣り好きだということも知らなかった。
だから、父が「釣りでも行こうか?」なんて言いだした時には
びっくりした。
どうやら父は、手のかかる幼児のいる内は、
釣りを我慢していたようだ。
「かれこれ10年ぶりだなぁ。」ともらしながら、
前日の晩、どこからともなくでてきた、二組の
新品のリールと竿。
父は、「これがサビキで、これがカゴ。」と俺に教えながら、
夜遅くまで、いそいそと準備していた。

次の日の夜、バケツ二杯のサバをもって帰り、
母に怒られるとも知れずに・・・。

そんなこんなで、俺、水産学部卒。

129 :名無し三平 :03/01/28 16:08
うちの親父が馬鹿が付くほど釣り好きでね。母方の叔父と
一緒に毎週のように遠征に出かけていたのを冷ややかな目で
見ていたのが20年前。それから間もなく、親父の釣友だった
叔父が癌で亡くなってね、それをきっかけに、親父も釣りに
ほとんど行かなくなったんだ。

そんな親父が突然、俺を釣りに誘ってきたんだな。
乗り気じゃなかったが親孝行のつもりで一緒に行ったら喜んでねえ。
たまには付き合ってもいいかな?と思ったのが7年前。
それから時々は親父と釣りをするようになったよ。

その親父に叔父と同じ所に癌ができたのが5年前。
落ち込んでる親父を少しでも元気付けようと誕生日にリールを
買ってやったさ。親父が使っていたのは年代モノだったからな。
(思えば、叔父と一緒に釣行してた頃のものじゃないかな?)
入院の日が既に決まってるのに、釣りに行こうって言うからさ、
1回だけ行ったよ。

さてそれから… 親父が死ねばドラマだけど、何のご加護か
親父は生還しちゃったよ。 5年後検診も転移の形跡なし。
手術の後遺症はあるんだけどさ、釣り!釣り!って騒いでるよ。
ホントに釣り馬鹿だねい… って今は俺もなー!(w
叔父との釣行は延期になったけどさ、ちったぁ長生きしろよ!>親父

309 :名無し三平 :03/12/04 03:32
皆さん初釣りの頃から野釣りで羨ましい限りです。
俺の初釣りは管理なんですが記憶を掘り起こして書き込んでみます。

俺が初めて釣りをしたのは確か小学校低学年の頃。観光地近くの管釣りだったと思う。
未だに都内在住の俺はその頃あまり遠出をしたことが無く、
親父がハまっていた単車のケツに乗って出かけるのが楽しみだった。
少し肌寒い秋の日。「今日は少し遠出してみるか」と挑戦的な親父に高揚感を覚えた。

ゴミゴミしたビル郡を抜けてしばらく経ち、
曲がりくねった山道を駆け上がっていくと景色は様変わりし、
ガードレールと地面のアスファルト以外、人造物は極端に少なくなっていく。

見たことも無い景色に興奮している俺の目に更に不思議な物が飛び込んできた。
川だ。恥ずかしながらそれまでに俺が認識していた川というのは
T都とK県の境である多●川(しかも下流)であり、所謂汚染が進行してしまった河で、N●K等の自然物で放送されている清流を初めて見た。

慌てて後ろから親父の背を叩き単車を止めてもらう俺。
親父の制止も聞かず流れまで転がるように駆け下り呆然と水面を眺め続けた。
十年も生きていない、いや、生かされているだけの糞餓鬼のくせに、
世の中にはこんなに綺麗な水の流れがあるものなのかと思った。本気で。

「おーい」と上から親父の呼ぶ声がする。耳を傾けると、
「少し上で魚釣らせてくれるらしいぞー」とのこと。
同年代の男の子の典型に漏れず、生き物に興味があった俺が釣りをしない訳がなかった。

到着した管釣りは虹鱒の量売りの餌釣り。当然釣れない訳がない。
が、そんなことは当時の俺には解るはずもなく、結果爆釣。
俺は針掛かりしたときの快感を得る為に何尾も何尾も釣り上げる。
親父はそんな俺の仕草がおかしいのか、親として微笑ましいのか知らないが、
ただ笑っていたのを覚えている。

310 :309 :03/12/04 03:33
帰り道。簡易クーラーを背に眠くなるのを堪えて必死で親父の腹にしがみ付いていた。
振り落とされたら大変だ。という漠然とした恐怖はもちろんあった。が、
生まれて初めての釣果を親父以外の誰かにも見て欲しかった。
帰宅し、釣果を自慢そうに見せる俺に母は一瞬困った顔をしたが、
笑顔で「凄いわねー」と一言残し俺の釣果を持って台所に向かった。
その夜は家族皆で俺の釣った虹鱒を食べ、食卓は俺の釣りの話題で持ちきりだった。
なんだかくすぐったかったが楽しい食卓だった。
しかし、俺の苦悩はここから始まった。

その晩から俺の晩飯のおかずのメインは虹鱒。来る日も来る日も。
食べ物がある幸せな世代に育ち、旨くても他の肉も食いたいのが本音。
そして、ある日親父に訊いた。何で俺だけ毎晩虹鱒なのかって事を。
「お前が殺したんだから食わせて貰え。無闇に殺していいモンなんて無えんだぞ」
餓鬼なりに効いた。言葉が乱暴なだけに直球で来た。
虹鱒メインの食卓も何日か続いたがそれからは、食べた。それこそ半泣きで。
嫌だったから泣けてきたのではない。
正直、食べ飽きていて心の底から美味いと思えない自分が悔しく、泣けた。
そして、幾つもの命の代償を経て俺が生かして貰っていることを知った。

あれから幾年月、暇を見つけては渓に立ち入るようになった。
最低限の装備はするが、散歩気分。
とりあえず釣って食う。腹が減ったらまた釣る。帰りがけにお土産程度。
バーブレスでも完全に生き長らえさせる自信が無いのでCRは不安。
数釣りにも程遠いから大物などとはほぼ無縁。
でも、こんな釣りでいいと思っている。俺は釣り過ぎない。

262 :258 :03/08/28 09:04
>>260
あまり面白くも無いと思うけど。

俺の育った家庭は特殊な部類に入ると思う。
父親が自宅から500km程離れた場所で会社経営をしていた。
さらに、父は盆暮れ正月の多くは海外出張をしていたようで、俺は
父親の顔をほとんど知らずにいた。それどころか、妹に至っては
3歳のとき、父親に抱かれた際、
「知らないおっちゃんに連れて行かれる」と泣き叫んだこともあったそうだ。

母は、長男である俺を含め3人の子供を育てていた。
今だから俺も分かるが、母は相当不安を抱えていたと思う。
亭主はいつ倒産してもおかしくない様な零細企業の社長、
実家も遠く子育てを助けてくれるものも居ない、
亭主に電話しようとしても海外に居たりして繋がらない、等々。

そんな中で俺は育てられた。
事あるごとに、俺は今で言う「軽度の虐待」を母から受けていた。
親戚の話を聞くと、どうやら母は当時、軽度のノイローゼ状態にあったそうだ。

また、ごくごく稀に帰宅する父は、息子の俺が言うのも
おかしな話だが「かなりできる男」であり、そんな父は俺に対し、
「出来の悪い息子」「とろくさい奴」「何をやらせてもダメ」と俺に言い続けていた。

263 :258 :03/08/28 09:05
俺が小学校に上がって最初の夏休み、家族そろってキャンプに行くことになった。
生まれて初めて、家族全員がそろったイベントだ。
実は父が相当の釣りキチだったこともあって、場所は某県の海岸ということになった。

キャンプ場に着くや、まだ小さい俺が居てはテントを張ったりするのに邪魔になると
父が判断し、近場の波止に連れて行かれた。そこではたくさんの大人が、長い長い
釣竿を出しており、よくよく見ると砂団子のような物を海に投げ込んでいた。
今にして思うと紀州釣りだ。

「あの大人たちの邪魔にならないよう、隅っこで釣りをしなさい。このウキが
 沈んだら竿を立てるんだ。」
そう言うや、父は立ち去っていく。
俺はウキを見ずに、父の小さくなっていく背中を見ていた。
と、その時、竿を握っていた手に異常な力が加わった。魚が釣れたのだ。それも
子供の力ではどうしようもないほどの大物が。
敢えて言うが、俺が釣ったのではない。魚が釣られてくれたのだ。

264 :258 :03/08/28 09:06
思わず大声で叫ぶ「おとうさ〜ん。」
その声を聞いて父が急ぎこちらに戻ってくる。
竿のあまりの重さにへばっている俺から竿を取り上げ、海岸から海へなだらかな傾斜を
描いている場所まで魚を引張って行く。
ついに海岸に魚を上げ、キャッチに成功。35cmのチヌだ。
周りの紀州釣りをしている大人たちが近寄ってきて
「おい、子供がチヌを釣ったぞ」「第一投目だったぞ」等等、会話している。

父は私に魚を持たせ、すぐに二人そろって家族のもとへ戻った。
すぐさまチヌは刺身になり、テントを張らぬまま、青空の下で家族の団欒が始まった。
「さすがに俺の子だ。釣りの才能だけは人一倍だな。周りの大人も驚いていたぞ」と父。
「私の子だから、何をさせても器用なのよ」と母。
俺は…初めて親に褒められた。そして、両親がそろって笑顔で居るのを初めて見た。


今、俺の中にある父親像は…俺が大声で助けを求めた時に急いで俺のもとへ戻って来てくれた、
あの人生最初のチヌを釣ったときの姿だ。
俺は今、そんな父の経営する会社で跡取りとして働いている。




     

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