PickUp #163  2002.12.10   <- Prev  Home   Next ->


【親父】心底、親に申し訳ない【お袋】 より

153 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/16 09:10
両親ともに60歳。近所の同年代の家庭は皆孫が産まれて
盆や正月には賑やかになる。俺の家だけが何年経っても変わらない。
孫の顔を見せてやりたいが彼女すら出来る気配もない。
父親が癌だと診断され3年。
つい先日また再発が見つかった。
お父さん、ごめんな。孫は諦めて逝ってくれ。

163 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/16 23:48
13年前、俺の通っていた大学を見て母の言葉。
 「まこて綺麗な大学じゃ。これでかわいい女の子がいれば最高じゃ」
しかし6年間の大学生活で、誰一人とも女性と付き合うことはおろか話しをすること
すら無かった。

7年前、就職でアパートを探していたときの不動産屋の母に向けた言葉。
 「ああ、息子さんは○○会社にご就職ですか。あそこは若い女の子が一杯います
  よ。最近の女性は積極的ですからね。この台所は広いので、二人暮らしまでなら
  なんとかなるでしょう。」
 
  しかし実際には1週間に1,2度業務連絡程度の短い会話だけを既婚女性やおば
  さん達とするだけの日々。気に入った女性は簡単に別の男と結婚して行く。

  そして数年経って、帰省したときの母の独り言。
  「あの不動産屋は女が一杯いると言ったとにねぇ・・・」  

209 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/19 00:42
俺なんか27まで童貞で、29まで素人童貞で、
でも33で10コ下の中国女(お水で美人)と結婚して、
35の現在かわいい娘が生まれた。
ハタから見たらうらやましくない人生かもしれんが自分では満足してるよ。
25ぐらいのときは人生に絶望してたが10年後こうなってるとは夢にも思わなかった。

251 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/21 18:24
彼岸入りしたので昼過ぎに両親と祖父を連れて墓参りに行った。
墓周りの掃除をして花、線香、ろうそくを立て参りを済ませ帰る準備を
する途中、親父が「この墓も○○(俺の名前)の代で終りだな・・・」とポツリ。
俺は何も言い返すことができず息苦しい気分だった。
それを聞いていた祖父の背中がとても寂しそうだった。ごめんな・・・

263 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/21 22:38
>>261
漏れもそうなりそうだ。
もう結構いい年なのに孫を抱けずにお婆ちゃん、お爺ちゃんに
なれない両親を思うと悲しくなる。
母親の言った一言は効いた・・・。
「孫を世話できないくらい、年とっちゃったよ・・・」

268 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/21 23:58
このスレ読んでたら、涙が止まらないよ。
おまえら、どうしてくれるんだよ。

あたしなんて30過ぎて独身無職の引きこもりだよ。
おまけに鬱病で離人症状。何度も自殺未遂した。
1つ下の弟も引きこもりで、1ヶ月風呂入ってなくて臭い。
父親は癌で死んだよ。死ぬのが怖くてノイローゼになって
キチガイみたいになっちゃって。でもあたしの結婚のこと
をずーっと心配してたんだって。
あたしはその時同棲中で、馬鹿だからお見舞いにも
ろくに行かなかった。
同棲していた男には3年前捨てられた。
仕事も友達もお金もその時無くなっちゃった。
何度も浮気されて殴られて最低だったけどそれでも好きだったのに。

母親は何も言わないよ。結婚とか触れない。
気を使ってくれてるんだと思う。でも分かるから余計申し訳ない。

悲しいとか死にたいとか生きたいとか辛いとか嬉しいとか
全部忘れてて、涙も出ないようになっていたのに、
おまいらのせいで今日はボロボロ泣いたよ。
どうしてくれるんだよ。

371 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/24 01:01
いや、何だか涙が出ちまうレスが多いな。

俺の親父は10年以上前に死んじまった。
地元を離れて就職した最初の年だったよ。
姉貴から電話で「親父が倒れた」って連絡を受けたんだけど、
最初は全然信じられなかったね。

実家にたどり着いたら、もう…
その後、通夜の間、お袋がずーっと、親父の髪の毛を撫で
てるんだよ。

俺に向かって
「何だか、眠ってるみたいだよね」
って言いながら…
その時のお袋の表情はきっと、一生忘れない。

葬儀が終って、何だかがらんとした居間に座ってたら姉貴が
俺んとこにきて、
「父さんが、あんたに「すまない、後は頼む」って言ってた」
って泣きながら伝えたよ。

心臓発作で前歯を欠けるほど苦しい最中にそんな言葉、俺に
伝えようとしたなんてさ…

372 名前:371 投稿日:02/09/24 01:02
親父、すまん、一生懸命がんばってるつもりだ。
でも、未だに親父には追いつけないよ。

お袋、元気でいてくれよ、長生きしてくれ。
俺が初任給で親父に送ったネクタイは、お袋が持ってる。
「父さんに忘れ物届けに行くから、何時か」って。

もうすぐ、親父の命日だ。
親父よ、ゆっくり、出来るだけ、ゆっくり、待っててくれよな。

長文、スマソ

399 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/09/27 12:03
親にもそうなんだけどな。おれ、誰もしあわせにしていないんだなって。
そういうの、一人の部屋で再確認した時に、たまらない気分になる。
生きていて無駄。存在してて無駄。

去年の暮れ、実家に帰ったよ。6年振りに。
玄関まで出迎えてくれたお母さん、優しかった。でもちっちゃいんだよ。なんか。
そんなふうにお母さんをしたのは、きっとおれなんだよ。そう思った。

その出迎えてくれた玄関で、泣けてきて、ごめんなさいって土下座したくなったけど
奥から親戚が出てきたからしなかった。
親戚とコタツに入って紅白を見たよ。親戚はおれとは口きかなかった。

朝になって、皆で初もうで行く時、もう実家に顔を出さない方がいいと
叔父さんに遠回しに言われたよ。
そのままおれだけ初もうで行かず、荷物もってバスに乗った。
おれ、自分の部屋に帰ってくるまで、ずっと泣いてた。情けなくって。

402 名前:399 投稿日:02/09/27 12:23
落ち着いてみると、ぼろぼろの書き込みだな。

父親の葬式出なかったんだよ。一人っ子なのに。
あわせる顔が無くて。大学中退して以降帰らなかったんだ。
今考えると、本当にバカなことをした。
悔やんでも悔やみ切れない。

お母さんの電話で顔を見せに帰ったんだけど、
帰らない方が良かったのかもしれない。

667 名前:トテモナガイデス 投稿日:02/10/20 15:22
俺の親父はどーしようも無い人だった。
働きもせず毎日ギャンブルでそこら中に
借金作って毎日取り立て屋が来て恐かったのを覚えている


それを返す為に母は水商売で頑張ってた。
夕方、化粧をし、着飾った母に行かないでと
泣きながら太股にしがみついてたのを覚えている。

そんな母もとうとう愛想つかして父と離婚。
母が離婚届けに判押してと
久しぶりに家に来た時、俺は母とは目を合わせなかった。
本当は甘えたくて仕方無かったのに。
俺達は父に引き取られた。

俺は小学生の時、夏休みの思い出を
作文にすると云う宿題が俺は大っ嫌いだった。
前に出て皆の前で作文読むんだけど
皆の作文はどこどこに旅行に行ったとか
おじいちゃんの家に泊りに行ったとか。
俺の作文は6年間嘘だらけの作文だった。

そんなある日、家族に何の相談も無く
”今日からこの人がお母さんだ”
と、外国人の女が家に来た。死ぬ程嫌だった。

668 名前:トテモナガイデス 投稿日:02/10/20 15:23
俺は中学2年の時に黙って家を出た。
そんな俺を母親は微笑んで受け入れてくれた。
嬉しかった。

そんな親父も俺が19の時に他界した。
勿論財産なんて無い。涙どころか『何でこんな奴の為に』
と、葬式中ずっとダルかった。
       『ありがとうございました』
最後の親戚の人を見送った後、喪主だったせいもあって
どっと疲れが出た。家に帰り風呂に入ってほっとしたら
涙が止まらなくなった。
風呂から出ると母親が「長かったわね〜あんたそんなに長
風呂だった?」
と聞いて来たけど適当に返事をして誤魔化した。

無くしてから初めて気付いた。俺はアホだ。

      親父、ありがとうな

477 名前:Mr.名無しさん 投稿日:02/10/03 19:09
「死にたくてしょうがない」
「それでもいい」
「夢も希望も無いんだ」
「それでもいい」
「養育費とかかけさせまくったくせに今じゃ引き篭もりだ」
「それでもいい」
「いつも期待を裏切ってばかりだ」
「それでもいい」
「生まれてくるんじゃなかったと思っている」
「それでもいい」
「…結局自分の都合ばかりじゃないか!」
「恨んでもいい。ただ、生きてくれ」




     

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