旅先で出会った、忘れえぬ人たちより
- 173 名前:774RR 投稿日:02/03/03 01:13 ID:kfxMEIDI
- 琵琶湖の横の公園で寝てたら話し掛けてくれたおばちゃん。
「会社辞めてちゃってこれから九州行くの」って話しえたら
サンドイッチ作って持ってきてくれて去って行った。
袋の中にお年玉袋をハケーン。中には
「良い仕事見つかるといいね。」のメモと千円札。
大泣きしながらサンドイッチをいただいた。
書き込みしながら又涙出てきた。
- 278 名前:774RR 投稿日:02/03/16 00:55 ID:Vn0lmcuG
- ひょんなことから、週末に一緒に走ることになったリッターバイク乗り。
こっちは初心者で排気量も小さいのに
つたない走りにあわせてゆっくり走ってくれた。
途中、家族連れの車の後ろにつけた時なんかは
後部座席からこっちを見ている子供達に向かって、一緒に手を振ったりして。
次の週末、新聞に二輪の死亡記事が載りました。
死んだのは・・・そのリッターバイク乗り。対向車と正面衝突だったんだって。
ほんのちょっと一緒に走っただけだったけど、多分忘れないだろうな。
- 305 名前:ひっぴー 投稿日:02/03/22 19:29 ID:ZaSkt5r6
- ある夏のツーリング。
初めてのロング。初めての北海道。出逢いと発見の連続だった。
その旅路も終わりに近づいたころ、直江津郷津で一人の老人に出逢った。
その日の朝は快晴だった。
数日続いた雨で荷物が濡れていたこと、またキャンプ場が海水浴場を兼ねていたこともあって
俺は荷物とともに日光浴をしていた。まるで干物になったような気分だ。
「もう何日目?」
ふいに声がする。目を開け、強い日差しのせいで青色がかった視界に入ってきたのは、
白髪でサングラスのご老人と車。話を聞けば、先々で出逢った人に聞いたおすすめの所や名所をたどる、
予定のない旅をしているそうだ。
「私はね、病気で胃もほとんど取ってしまったし、もう長くはないんだ。だからね、
向こうへの土産のつもりでね、この旅してるんだよ。」
昔の人は言っていた。旅は日常から非日常へのシフトだ、と。そして旅の終わりは、非日常から日常へと還ってゆくことだと。
またある人は教えてくれた。旅を表す英語は色々あるんだが、特に journey は、長い旅、終わらない旅、人生の縮図という意味もあるのさ、と。
この人はその縮図の果てに、何を見たいんだろうか。
「君は北海道から帰ってきたのか! そうか、北海道も行ってみようかな。」
変わったところがいいと言うので、礼文島の桃岩荘ユースを勧めてみた。
そうだ、10月に東京でそのユースの大会が行われるそうなんで、よかったらそこで会いませんか?と日時を勧めてみる。
「じゃ私がそのユース行けばわかるから、その件は私の宿題にしましょう。その方が楽しみがあるでしょう。」
と返された。一本とられた。
「じゃ、また会いましょう。」
と言って、ご老人は行ってしまった。
俺はご老人が勧めてくれた「おわら祭風の盆」を見に、富山へ向かった。
夏は終わり、10月のユースの大会を前に、この人に手紙を出した。
東京での再会を楽しみにしています、と。
ご老人は大会に来なかった。
再度手紙を出しても、返事はなかった。
ご老人がどうなったか、わからない。
この人は人生の果ての間際に、旅という人生の縮図の中で、
何を求め、何を想ったんだろうか。
南会津の中嶋さん。
俺はその答えを聞きたかったよ。
- 470 名前:774RR 投稿日:02/04/21 19:45 ID:GtClzz6R
- 私が京都で一人旅をしていた時でした。
離婚という大仕事を終え、自分自信の気持ちもやっと落ち着いた頃でした。
でもやっぱり、傷が癒える事はなくて、バイトしてためたお金を握りしめて、大原へいったんです。
最初は、バスにのっていたんだけど、バスの中でどうしても涙を我慢できなくなりそうになって、途中でバスをおりました。
大原は、別れた主人と一緒に行きたいねっていっていた所だったんです。
主人とは、一度も大原を訪れる事はありませんでしたが、一緒にいきたかった、
一緒にこの景色を見たかったって、未練ばかりで恥ずかしいくらいですが、そんな事を思って、
観光客が降りるはずもないようなバス停で降りてしまったんです。
しばらく泣きながら歩いていました。
幸い誰もいなかったので、結構派手に泣いていたように思います。
その時、横を通り過ぎたバイクのお兄さん3人が、一度通り過ぎたんですが、また戻ってきました。
泣いている私を、見たんでしょう。
一瞬、女一人でこんな所に降りてしまった事を後悔しました。
絡まれたりしたらイヤだなって。もしなにかあっても助けなんか呼べないかなって。
でも、そのお兄さん達は、「どうしたの?道に迷ったの?」と心配してくれました。
私が、大丈夫です、といって、先にいこうとしましたが、泣きながら歩くのは危ないよ、と。
泣いているのが恥ずかしかったのと、知らない人だという事で、私は先を急ごうとしました。
その時、一人のお兄さんがいいました。
「君がどんな事があって泣いてるのかわからないけど、
泣くのが悪い事や恥ずかしい事だと思うなら、オレもここで泣くよ」と。
お兄さんは、とても真剣な目でいっていました。
例えば、冗談や嘘だったりしたら、どこかしらそんな雰囲気がするものではないでしょうか。
でも、その人は本当に真剣に、私が呆然としていたら、泣き始めてしまったのです。
見ず知らずの女一人の観光者に対して、この人はなにを熱くなってるんだろう?って、
冷静な時なら思ったかも知れません。でもその時は、感動すら覚えました。
ぼろぼろ泣きはじめる私を、彼等はずっと黙ってみていてくれました。
そして、何で泣いているのかも聞かず、どこからきただとか、そんな事も聞かず、一緒についていてくれました。
ひとしきり泣いて、スッキリした私が顔をあげると、お兄さんたちは、もう大丈夫だね?といって、バイクに乗ってまた山道を登っていきました。
降りた次のバス停まで、私を見送ってくれました。
紳士だなぁ、と思いました。女ひとり、手篭めにしようと思えばできるシチュエーションです。
しかも、証拠も残らない。男なら、誰でもそういう事を考えているものだと思っていましたし、そういう話だってたくさん聞きます。
それなのに、どうしてあの人たちは、あんなにいい人だったんでしょう。
一緒に泣いてくれたお兄さんは、何かあったんでしょうか。
今は、いい想い出の中で、それが気掛かりな事です。
あの時のお兄さんたち、私は元気になりました。
泣いてもいいっていってくれてありがとう、私はあの時泣けたから、今元気に笑う事ができるような気がします。
今度は私の番です。
旅に出たら、きっといろんな想い出を捨てに来ている人もいるでしょう。そして、泣きたい気持ちを抱えている人も。
そんな時、私はきっとバイクを降りて、一緒に泣いてあげられるような人間になりたいと思います。
ありがとうございました。いつまでも忘れません。
- 669 名前:774RR 投稿日:02/05/21 02:40 ID:Ejef78AY
- 1988年初夏。
その日は今日中に青森に着こうと朝から一日中アクセルを開けていた。
バイクは僕のCBR250Rと友人のTDR250。
蒸し暑い高速道路の上、何時間も黙々と距離を刻む。
車体が軽いこともあり、こういう高速のロングツーリングは結構つらい。
日が傾いたころ、やっとPAに転がりこんで、何も言わずに人気の無い屋外ベンチに座り込む。
乱暴に足を投げ出し、冷水を口に含む。
二人とも視線を交わすことなくただ無言でぼんやりする。
このまま北海道までこんな調子なのかな。
初めて行く北海道なのに、この連続だったらどうすればいいんだろう。
何故か後悔の念のようなものが脳裏をよぎるが、今更どうしようもない。
会話らしい会話もせず、小一時間ほど粘って、それでも二人は意地の張り合いのようにバイクにまたがる。
高速のレーンに乗って、時速120kmを越えた頃、後ろから来た一台のカワサキの速度が
僕たちの速度と丁度一致した。
そのままごく自然にカワサキがしんがりとなる形で一時間ほど併走する。
バトルするわけでもなく、どちらかが追い越そうとするわけでもなく、ごく自然に
3台がフォローしあいながら走る。
やがて陽も沈みきって、僕は闇夜に光るカワサキのテールランプだけを見て走っていた。
その時、後ろにいた友人のTDRのウィンカーが光った。
次のインターで降りようとの合図だ。
青森まで、と言っていたけどそろそろ潮時かもな・・・。
こちらも否という理由はない。
承知したと伝える為にこちらもウィンカーを光らせた。
そして二台がレーンをチェンジ。
出口車線が近づいてくる。
一瞬、カワサキに目が行った。少しの間だけだが、一緒に走った仲間。
合図を何かしたほうがいいかな、と思う頃にはインターへの合流車線は目の前だ。
反射的に車体を傾けた時、闇の中でカワサキが手を振った。
僕は慌ててパッシングライトを光らせ、友人はホーンを鳴らした。
その直後、高速道路の壁が彼と僕たちを永遠に断ち切った。
バイクに乗ると言うことはこういうことだと肌で実感できた一瞬だった。
で、・・・その後渡った初めての北海道では楽しいことばかりだったことは言うまでもない。
- 719 名前:774RR 投稿日:02/05/25 20:01 ID:dvovgMCq
- おれの奇妙な体験をここで一つ。
もう三年前の夏であったろうか。中型免許をとって次の日に
東京から京都までツーリングをしたときであった。今思えば無茶なことをしたのだが、
その日くたくたになったので戦闘に入ろうと思い京都タワーの地下だっけか?浴場
があったのでそこに入り上がった休憩所におっさん達が数人。おれはそこでまったりしていた
ところそのおっさんの一人に話し掛けられた。このおっさんは藤田まこと似なのだが、
「兄ちゃんどっからきたんや?」
「ああ、東京です。」そうこう話しているうちに和みムードになり、なんと飯をおごって
くれる話になった。うまいもん食わしてやるとタクシーで連れられた。そのとき、
ふとおっさんの手を見ると小指の一関節がない。「マジッスカ!?」と心の中でつぶやき、
どこ連れてかれんだろうと、不安交じりであったがとある定食屋に入った。そこで何でも頼め
といわれ若干遠慮したが、ビールまで出された。しかしこの後運転があるので控えた。
色々と会話をしているうちに実家の話がでた。おれは幼少のころ宇都宮にすんでいたのだがその話をすると
やたらそのおっさんは詳しい。免許証をみせてもらうとなんと番地までちかい。
これは凄く偶然なことと思えた。そのあとあいさつをして無事に別れた。
ツーリングから帰ってきてその話を親にすると、その藤田まこと似のおっさんが昔、近所
に住んでいたのだというのだ。おれは「ハッ」と思いこのおっさんはおれのことを
小さい頃見た事があってこのようにもてなしてくれたのだろうか?と思った。
まさか京都にきてこのような不思議な出会いがあるとは思わなかった。
- 710 名前:エロゲライター 投稿日:02/05/24 19:09 ID:zxFnxLPW
- 何度目かの北海道ツーリング中、郊外のドライブインみたいなところで
泊まった翌朝、僕がバイクに荷物を積み込んでいると、同じく泊まっていた
親子連れ(父と子)が、やってきた。
子供は、小学校高学年。
車で出発するらしく、僕のバイクのすぐそばに停めてあった車の外で、
支度をはじめた。
しばらくして、僕は準備が完了し、エンジン始動。
僕が始動する音をききつけた父親が、こう言ったのがきこえた。
「そら、おまえの夢が走ってゆくぞ。」
僕は、振り返らずに手を振って走り去る事にした。
ミラーの中で、父と子が並んで立って、僕を見送っていた。
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