PickUp #156  2002.11.29   <- Prev  Home   Next ->


一番楽しかった「あの日」はなんですか?2 より

131 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/02 00:41 ID:8wiElnfY
友人たちと酒を飲みに行った日。みんなバカで、下らないことを言っては大笑いをしていた。将来への不安なんて、どこにもなかった。なんの意味もなくて、ただ少しだけスノッブのふりをして、難解な言葉と、アホな言葉とを混ぜて、バカみたいに楽しんでた。

帰り際、友人の一人が、「おい、あの女ちょっとよくねえ?」と言った。俺もその女を見た。なかなか美人だった。「おう、ハクいな」と俺は言った。ハクいだって、何千年前の言葉だよ? 俺たちは爆笑した。俺も自分で言ってて大笑いした。
「なんだよハクいって。お前マジで何年前の人間だよ、頭悪い族かなんかかよ」、そんな感じで。
山手線の駅内で、俺たち3人、みんなして爆笑してた。それも5分ぐらい。俺は床に寝転がって、腹を抱えて笑ってた。笑いが止まらなかった。腹が痛くて、涙も出てきた。

俺が一つだけ記憶を持ったままであの世に行くなら、この記憶を持っていきたいと思う。はっきりと覚えている、たった一つの地球の記憶として。

32 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/10/11 13:19 ID:Ge1yjqNr
18の夏の日
仲間で海にいこうと
声をかけたら40人にも膨れ上がってしまった
しかたないので車10台に分乗して海へ

2時ごろ到着し真っ暗な浜辺でバーベキュー
真っ暗だから焼けてるんだか焼けてないんだか
分からない状態
「これ生じゃん!」「砂ついてるよ〜」
などと文句をいいながらわいわい食べた
食べ終わってから花火
皆で打ち上げやったりドラゴン花火飛び越えたり
ロケット花火戦争やったりしてるうちに
夜が明けてきて白んできた空
服のまま海に飛び込む馬鹿な俺たち
完全に朝になった時にはぐったり

10年たった今でも
当時の仲間と遊ぶし海に行ったりすることもあるが
あんなに集まったのはあれっきり
あの頃は若かったなどと皆で酒を飲みつつ語ったりする
あの時の光景は忘れない

49 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/10/13 23:35 ID:OjRQC/dX
お金が無かったけど、遠距離の彼氏に月に一度会えるのが楽しかった。
お風呂も無い所に住んでる彼氏だったので、彼のお風呂セットを借りて銭湯に交代で行ったの。
本当に本当に好きだったんだ。
別れちゃったけど。

58 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/10/15 20:39 ID:ACiky49X
小さなお店でカキ氷食べたこと。
一晩中、おしゃべりしたこと。
ずーっと歩いたこと。
「ちょっと寒くなってきたね」と
自分が着てたジャケットをはおってくれたこと。
なんでもないことが、とても幸せでした。

79 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/10/20 00:20 ID:YtNBdSdr
「お疲れさまでーす」「今日は暑いですねー」
「あ、今日は重いですよ」「いや余裕余裕」
ぐらいしか、余計な言葉はかわしたことなかったけど
荷物を届け、集めに来る人に憧れてました。
週に何度かその人に会えるから、仕事も頑張れた。
お局からの濡れ衣でこっそりくやし泣きしていた
非常階段、エレベーター使用中止でたまたま外階段を使って
荷物を持って上ってきたその人。偶然が重なったんだと思う。
何が何だか、ぎゅぎゅっと抱きしめてくれました。
翌日から、苦しいけど何もなかったように接してます。
つい最近のことでした。

95 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/10/22 21:02 ID:jL+VUWgX
結婚前、夜中の2時ごろ「今すぐ逢いたいね」ってICQで話してたら
「今から行くよ。僕も逢いたい」って車で来てくれた。
金曜の夜だったからあと数時間待てば逢えるんだけど。

でもうちは外泊禁止、門限12時(交渉して10時から延ばしてもらった)
どきどきしながら抜け出して、交差点であの車が来るのを待ってたな。
車の中で「バレたらどうする?怒られちゃうね(w」って言ったら
「『もうかえす気はありません』って義父さんに言うよ」って言ってくれた。

今はケコーンしてドキドキより、ほのぼのだなぁ。ちょっとドキドキが懐かしい。

135 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/02 09:20 ID:QtGccp99
俺の楽しかった日の記憶は、幼稚園に通っていた当時の土曜の午後。

幼稚園が終わると、平日は母親、土曜はたまに両親揃って帰りの迎えに来てくれて。
俺の通っていた幼稚園は、希望者は定時以降、残って先生に水曜は習字・
土曜は絵を習えたんだけど、俺は絵を習っていて、人の少なくなった静かな幼稚園で
明日は日曜で休みだし、大好きな両親に沢山遊んでもらえるって
考えながらお絵描きするのは本当に幸せだった。

小学校に入ってから、母親が病気がちになっておそらく病気のストレスから
精神病んで、兄弟(4人)も父派・母派に分かれて憎しみ合い、父親の事業の
失敗も重なって、最終的に一家離散してしまった。

母は死んだし、現在はおそらく兄弟とも弟以外はもう2度と会わないだろう、って
状況なので、あの土曜日の昼過ぎにお絵描きしながら両親が迎えに来るのを
待っていた記憶は、楽しかった子供の頃の貴重な思い出だな。
その頃は、そんな毎日がずっと続くものだと思っていたけど。

176 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/12 02:52 ID:xerjU186
高校2年のお正月。
家族で行った初詣かな。
当時入院中だった姉がお正月を家で過ごせることになって、両親と姉と私で
最後のお出掛けでした。
翌年姉は亡くなり、姉の病気で延期になっていた両親の別居も実行されました。
なんでもないような日常が、失って一番辛いものだと思います。
私はもう初詣には行きません。

187 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/17 14:30 ID:na3qC3co
小学生の時の友といた時かな。
どこからか引っ越してきて、すぐ友達になったが一年位でまた引っ越して
しまった。よく二人で遊んでいたが最後の日は二人とも会おうとせず
なにも話さないままアイツは行ってしまった。俺は次の日から一人ぼっち
になった。泣いた。名前は今でも覚えているがアイツはもう忘れているだろうな・・・

191 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/19 11:35 ID:Am5uxZBP
父の自転車の荷台に乗って、しょっちゅう
近所の田んぼや林にメダカやどじょうや蝶や蜻蛉をとりに行った。
我ながら、私は姉より父に可愛がられていたと思う。

高校生の頃、近所の田んぼや林は完全に無くなった。
あれを知ったときの衝撃は今でも辛い。
なんかまだ、実家に帰ったら近所に田んぼや林があるような気がする。
父もすっかり年をとり、パーキンソン病の疑いもある。
自転車なんか二度と乗れない。

192 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/19 13:54 ID:fzt/r+35
小学校1年の時いたずらのニセラブレターが流行った。
私のところにも来て、差出人の名は当時ひそかに
大好きだった子だった。
すごくドキドキしたけどなんでもない振りをして、その子に
「○○くんの名前でニセラブレターが来たよ」と言ったら、
どんな文面か見たいと言われて、待ち合わせして遊ぶことに
なった。
オオバコで相撲をとったり、土手を歩いて隣町まで遠征したり、
知らない抜け道を教えてもらったりして日暮れまで遊んだ。
その子と遊んだのはそれ1回きりだったけど、学校で会った時
にっこりしたりして、秘密を持ってるような気分になったなあ。
今思い出してもあったかい気持ちになるよ。

198 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/21 02:45 ID:a0xlEwLn
高校を卒業し、みんながいろんな場所の大学に行くと
決まっていた春休み。男女合わせて15人で毎日遊んでいた。
みんなの夢や希望について語り合い、恋愛について
人生について話し合ったけど、
大部分はどうでもいい思い出話や、
どうでもいいバカ話だった。
毎日毎日、みんなで笑い転げて走りまわって。
受験から解放されたこと、都会へ出る期待感が
私たちを幸せに包んでいた。
あの頃流行っていた奥田民生の「イージューライダー」をよく口ずさんでいた。
あの頃はあの歌に、とても実感があった。
今は、なくなってしまった。

どうでもいいことに、のた打ち回るくらい大笑いし、
そして明日のことなんてかんがえずに夜通し語らう、
それでも私たちには、怖いものなんてなにもなく
無限の未来が開けている・・・、世界は楽しいことだらけだ、
と本気で思っていたあの頃はとても幸せだった。
今は、小さい頃からやりたかった仕事につき、
毎日働いていて、回りからは充実しているように見られるけれど、
充実はしているけれど、それでも
なんだか毎日忙しすぎて(今も残業中)大切なものを、人を
見失ってしまっている気になるし、実際のところ友達も減ったし
なにより自分の心が狭くなった気がする。
でも、正月は毎年その仲間で集まっている。全国に散らばっている仲間と
唯一みんなで会える時間。今年もどんなに仕事が忙しくても
駆け付けようと思う。

200 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/11/21 03:17 ID:Oj6qaNDk
小学校あがる前、いつも超忙しい父が家族を連れて軽井沢に車で連れて行ってくれた。
どしゃぶりの中の小旅行はゲロゲロに酔って大変だったけど、
父が時間をやりくりしてやっとしてくれた家族サービスだったと思う。
姉達は後部座席で疲れて寝ていたけれど、私だけ目を覚ましたら、
父が無言で暗い森のなか目を凝らして一生懸命運転していて、母は黙って地図を見たり
父にお茶やおにぎりを手際よく渡していたのを見た。
いつも仲がいいのか悪いのか判らないほど会話の無い父と母の意外な夫婦らしい姿を見て、
凄くホッとしたことを覚えてる。

でも、その旅行から1年も経たないうちに、両親は離婚した。
会話なんかしなくてもあんなにいいタイミングでお互いの欲しい物を渡したり
できる父と母が、どうして離婚したのか、いまでも判らない。




     

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