PickUp #140  2002.11.01   <- Prev  Home   Next ->


旅先で出会った、忘れえぬ人たち2 より

326 名前:900ライダー 投稿日:02/07/08 21:16 ID:b1M5lvBo
20年前、私は、バイクの魅力に取りつかれ、原付→中型と取った。
400のバイクで満喫していたが、時々見る750に憧れた。
当時大型免許を取ることは至難の技とされていた。
しかも私は身長165cm 体重48kgと貧弱であった。
大型なんて夢と思っていたが、750を見るとどうしても
「乗りたい」と言う気持ちでいっぱいになり、無謀にも
大型に挑戦した。本試験の前の事前審査。落ちた。
兄の持っていた750を庭で、引き回し、倒しこみ、
センタースタンド掛けを暇さえあればやった。
筋力をつける為、バーベルで筋力を鍛えた。
成長期を過ぎていたから、身長は変わらないが
750の引き回し、筋トレで、身体は引き締まった。
その姿を母は見守っていたのだ。
本試験は6ヶ月、6回目で受かった。
うれしかった。『限定解除』と押された免許を試験場から家に向かう間
ずっと見ていた。真っ先に母に伝えようと思いながら。
母は、台所で夕食の仕度をしていた。
「おかー 750受かったよ」と、免許書の裏の押された『限定解除』を
見せた。『よかったねー』と微笑んだ。

327 名前:900ライダー 投稿日:02/07/08 21:18 ID:b1M5lvBo
社会人になりバイクを降りた。結婚もした。
今から5年前、母は他界した。
葬儀の時、母の兄弟から言われた。
『ねーさんが俺と合うとよく言っていた。うちの○○は、750免許を取るため一生懸命に
やった。立派な体格じゃないのによくやったとね。まるで、オリンピックで金メダルを取ったように。』
私のこれだと思ったことは、一途にやることを、母はよく知っていた。

小遣いをこつこつ貯めいたへそくりで 去年中古で900を買った。
テントを積み、ツーリングに出かける。首にぶら下げた 母の遺品である結婚指輪といっしょに。
「おかー 日本海だぜー」 「おかー 日本最南端だぜー」と フルフェースの中で大声で呼びかける。
限定解除の免許を見せて、いっしょに喜んでくれた母の顔を思い浮べ、
旅が好きだった母といっしょに見たこと無い土地を見に。
おしまい。

84 名前:774RR 投稿日:02/06/19 09:06 ID:b3SzAfOi
仕事休みの日なのに目が覚めたから、どうでもいいはなしをひとつ。

もう10年近くも前のこと
当時付き合ってた彼女が「バイク乗ってる人ってかっこいいよね」と言った。
僕はそれを真に受けて、内緒で免許を取った。
そして下校途中の彼女にライダー姿を見せたら、「そういうんじゃないんだよね。」の一言。
彼女は当時流行っていたスティードとかを連想していたらしい、
が、僕は知り合いから譲ってもらったSRだった、、、。
それがきっかけだったのか定かではないけれど、なんとなく溝ができてしまって彼女とは自然消滅してしまった。
ベッドであお向けになって、天井のシミを眺めながら
お金と時間をかけた挙句にこのザマはなんて間抜けなんだろうと悲しくなったことは
かなり覚えてる。その後バイクを譲ってくれた知人からツーリングのお誘いが来た。
気分転換にいいかなと、同行した。憂鬱な気分も次第に晴れてきてなんとなくバイクを好きになり始めてた。
キャンプ場到着。とはいっても簡易バンガローみたいな宿があったので自炊するだけのものだったが。
他にも友達同士や家族連れの人たちとも知り合いになって一緒に食事をしたりして林間学校のようだった。
途中火照った体を冷ましに川のほうへと来ると、一人の女の子がいた。泣いていた。
彼女も失恋したばかりだという。僕もそうだよと言ってなんとなくとりとめのない話をしてた。
遠くの方で彼女を呼ぶ声がした時、まだ話足りないのになと思ってたら不意に彼女が
「隠れようか。」と言って二人で隠れた。真っ暗闇に息をひそめてると鼓動がどんどん大きくなっていく気がした。
キスをしてみた。
で、そのあともこれからいい相手が見つかるといいねなんて話をして夜を終えた。

次の日、もう彼女は出発した後だった。僕も帰路へ。
その後友達同士で遊んだり、成り行きまかせの経験をしたりとかもあった。
何人か心から好きだと思える人とも出会い、付き合ったりもしたけれど、
ただキスだけをした彼女とのあの暗闇での体験以上のドキドキした気持ちは未だに味わえないでいる。
これからも多分あんな感覚は体験できないだろうなと思う。
それと、SRには今も乗っている。これも可能な限り乗りつづけていくと思う。



ちょっと美化しすぎかな?後半もイマイチまとまらなかった。
でも、事実はこれ以上でもこれ以下でもないから仕方ないですね。

118 名前:774RR 投稿日:02/06/21 07:13 ID:5/t9fo89
テスト開けで気分よくマタ〜リワインディング中に事故。
ちょっぴり大怪我。両親、兄弟慌てて駆け付ける。
ちょっぴり怒られて結構心配させた。
そこまでは普通のよくある?風景。

ところが、輸血等とかで精密検査をしたことから実子ではないことが判明
体が冷たくなっていくと同時に汗が全身から吹き出てきた。
産まれた病院で取り違いがあったらしい。
最初は隠すつもりだったみたいだけど、様子がおかしいので激しく問い詰めた
感情が心が不安定だったためか母親が口を滑らせたことから発覚した。
その日以来家族とは少しぎこちなくなってしまった。
退院してからすぐに勉強に打ち込みはじめた。あんなに好きだったバイクも友人に売ってしまった。
そして遠方の国立大学に合格して家を離れた。

勉強とバイトに明け暮れて新しいバイクを買ってから
学校の無い日を使って実の両親を探しに行った。そして意外とすぐに諸条件から見つけることができた。
一応確証がないのでそこの家へとお邪魔した。
女性が独りで暮らしていただけだった。子供は小さい頃に病気で、御主人もつい先日亡くなったばかりだった。
その女性から髪や血液などを戴いて検査を依頼し結果をもらった。
やはりこの人が母であった。
その日から度々その家へとお邪魔するようになった。
学年が変わったことを受けて通う校舎も変わりそれが母の家から近かったため
下宿?同居をさせてもらうようになった。育ての両親には内緒にして。

それから少しずつ明るくなれたのかもしれない。
わだかまりのあった育ての両親や兄弟とも少しずつは歩み寄れるようにもなったし、
学内のバイク有志とツーリングクラブにも行くようになった。
昔からの友人には以前は暗かったけど最近また明るくなったねと言われた。
そしてそのまま就職して結婚を考えられる女性と出会った。
そしてそれを機に育ての両親にも事情を説明し、結婚式には母にも知人という形で出席してもらった。

その後母とは養子縁組をして、育ての親からの相続放棄を自分から申し出た。
育ての両親は最初反対したが最期にはわかってくれた。
今では関係も概ね良好で年始やお盆には気軽に訪れられるようになった。

あのバイク事故がなかったらと思うことは以前ではいくらでも考えたけれど
ここ最近ではそれでも真実を知り得たことは良かったなとも思えるようになった。

156 名前:774RR 投稿日:02/06/22 23:12 ID:cDS/10d3
つきあってた当時の彼が強く薦めるまま免許を取ってバイクを買った。
大抵の週末にはツーリング。とにかく彼に嫌われたくなくて一生懸命だった。
そんなことが数ヶ月続いた後、なんとなく彼が怪しくなった。他の女の影がチラホラ。
それでも私は別れる気などサラサラなかった。
そんなときに泊まりのツーリングの約束をして、集合場所にむかった。けれど彼は全然来ない。
電話をしてもつながらない。結局3時間程待っても来なかったのであきらめてバイクを発進させた。
途中で涙があふれてきた。危ないと思って歩道に停めてからしばらくメットをかぶったまま泣いていた。
ある6月の早朝の土曜日のことだった。

家に帰ろうと思ったけれど、天気がよいのでそのまま近距離の漁港に行って色々廻って、
帰りに繁華街に寄って一人でウィンドーショッピングをしてみた。とても気分が良くなって
気持ちが軽くなった。次の日、なんとなく今のオートバイよりももっと自分に合った乗りやすい
そして何よりも自分で選んだ機種に乗りたくなった。
そこで見たものはハーレーだった。
彼が「あんな時代遅れのアウトロー気取りのブルジョワ御用達マシン」と揶揄していたけれど
私はとても気に入って買い換えることにした。
ところが大型免許ではないと乗れないことを知り、私はすぐに大型教習へと向かった。
散々な苦労の末にようやく免許を手にしたとき、女性教官からの祝福を聞いて少し泣いてしまった。
そして予約していたハーレーに乗って帰宅した。
それからしばらくして彼から謝罪とやりなおしたいとの電話があったが、私はカワサキ乗りからハーレー乗りになったことを
告げて電話を切った。
しばらくは「バイクが恋人」と思ってた矢先だったがすぐにいい人が見つかった。
彼自身はバイクに乗る人ではなかったが、女がバイクに乗りつづけることに何ら抵抗のない人だった。
そして結婚。5年経った今もバイクには乗っていてそれに関してケンカになったことすらない。
これからも穏やかな日々が続くことを願ってる。

270 名前:774RR 投稿日:02/07/04 23:34 ID:knziN6pm
結婚することになった。
降りろと強制されたわけでもなかったが、これから先のリスクとお金のことなんかを考えて
自分で決断した。無論、寂しくて悲しくて辛いものだった。
16でバイクに出会い10年足らずの間に色々バイクで感じてきた。
最期によく行った地元の名所とかをぐるりと廻るコースを計画。

途中の某所で大学生のツーリングクラブと遭遇。
缶コーヒーを飲みながらバイク談義に華を咲かせる。
降りることも話すと、反応が色々あった。
「情熱があれば降りることはナイ」
「未来、将来のことを考えれば妥当だ」

最後の1人の「しばらくの間バイクから遠ざかる、ただそれだけですよ。」
の言葉が胸にきた。

彼らと別れてコースの消化を急いだ。
無事に全行程を終えて帰宅の途中でのガソリンスタンドでガソリンを入れてると
たまたま居合わせた客とその子供(小学生ぐらい?)がしげしげとこちらを見つめて
「速そうだな〜。カッコイイなあ」と誉めてくれた。
少し恥ずかしかった。

家に着いてガレージにバイクを入れてから清掃開始。
各部を入念に磨いてきれいにしたあとバイク相手に酒を飲んだ。
ガレージでバイク相手に酒を飲んだのはこれが初めてだったが悪くなかった。

後日引取り業者がやってきてGSXRとTZRを引きとっていった。
すがすがしい思いと階段を1つ上った気がした。

291 名前:774RR 投稿日:02/07/06 14:37 ID:TmBTawQz
あー、ずっと見てるだけだったけど、やっぱ我慢できねぇや。
と言うことでスレ汚しを一つ。
僕が最初にツーリングをしたのは5年前の夏。場所は浦和から青森まで。
時の相棒はNS50FというNS-1より一代前のゼロハンだった。
いま思えばすんげぇ無謀だったけど、バイクをはじめて手に入れたときに
「すっげえ!(チャリと比べて)全然疲れないし速いし、コレでどこまでも行けるぜ」
って思ったんだなあ。あのころは時速30キロがものすごく速いスピードに思えたワケよ。
で、その勢いで無謀な旅に出たんだわ。
その頃は、ツーリングの基本なんて全然知らなくて、もちろんテントやシュラフなんてモノも持っていかなかった。
カッパとか、着替えとか、そんなレベル。それをでたらめに後ろにくくりつけて準備完了。
浦和をでたのが夕方6時半くらいかな。
しばらく走ってると宇都宮あたりで雨が降ってきた。
カッパ着て再出発したんだけど、その時点で夜の9時過ぎ。
此処まで遠乗りしたのも、長時間運転したのも初めてだったもんで、
しかもこっちは律儀に時速30・で走ってたからクルマには抜かれる、
水しぶきは浴びせられるでもうくったくた。
アタマの中がもやがかったみたいで、それでも本能みたいな感覚で走ってた。
「ぼちぼち限界だな、もう帰りたいなぁ」何て思ってたとき。
後ろから一台のバイク(GL1500)が追い着いたのよ。
ちらちらバックミラー見ながら走ってたんだけど、
そのバイクはしばらく僕の後ろについて走ってたんだわ。
どうしてぬかさないのかなーとおもってたら、
少ししたら僕のバックミラーから消えたんよ。
で、顔をふっと後ろに向けようとしたらバイクは僕と併走してた。
顔は全然覚えてないけど、そのライダーと一瞬、目があったような気がしたんよ。
で、そのライダー、抜き際に左手をチョキの形にして挙げるわけ。
なんだろうな、と思ったけど。すぐに思い出したのよ。
初めて「ピースサイン」を出されたんだ、僕。
すんごい感動して、でも、もう右手がしびれてて上がらなくて。
手をふれなくて悔しかったけど、
でも、ヘルメットの中で「すっげぇ!すっげぇ!」を連発。
疲れなんかどっかへとんでった。
そのバイクとのランデブーは、ほんの1、2分だったけど、
それでも、すごくいい思い出になったよ。
いま思えば僕の後ろ走ってたのはツーリングライダーなのか
確認するためだったんだろうな。
今も、あの「ピースサイン」は忘れられないなあ。
ずっとアタマの中に残ってる。
なんか、「がんばれよ」って言ってるみたいで。
けっきょく、そのツーリングは福島県の白河市で挫折したけど、
その挫折と、あのライダーとの一瞬の挨拶のおかげで、僕は中免取って、
バイクでいろんな所へ走るたびピースサインを出してます。

348 名前:774RR 投稿日:02/07/10 17:47 ID:V8iSxmDk
2年前の夏休み間近の頃、街から離れた国道でゼファーを押してる人がいた。
気になったので止まって声をかけたら故障らしい。
いきつけのバイク屋へ向かってそこのオヤジと共に救出。
乗ってた子はなんと女子高生。随分とおとなし目なカンジ。
修学旅行のお休みとかで週末が3連休になったからバイクで遠方から出てきたんだと。
バイク屋にマシンを預けて待ってる間にオレの通う大学へ一緒に行ったりしてた。
故障は単純なモノだったが、部品の関係で当日はムリだったのでその子の泊まるところを探すコトに。
が、なんでか知らんがオレの部屋でいいよとのたもうた。最近の子はスゲェなあと思いながら
一戦終えたあと色々聞いたらやっぱりというか、彼氏に浮気されたんだと。
で、次の日何事も無かったかのように帰っていった。

そのあと疎遠になるかと思ったけど、携帯のメールとかでちょくちょく連絡をとるようになった。
それが1年ちょい続いたあとぷっつりと連絡がなくなった。
彼女は受験でオレは研究とバイトで自然にそうなったように思う。
夏が近づいてくるといつも彼女が炎天の下バイクを押してた日のことを思い出す。
今よくよく考えてみると、あの子のこと好きだったんだろうなと思う。

355 名前:774RR 投稿日:02/07/11 04:21 ID:5x927F+Z
母方の祖母は世間一般でいうやさしいおばあちゃんではなく、自己主張の強い猛女タイプ。
自分が幼い頃よく叱られたそれも母親以上に。
じいさんが死んだあと同居をしばらくしてたけど親が転勤で地元を離れることになり
ばあちゃんは家に残るといった。
で、何かの休みとか子供だけでばあちゃんのトコに行ってもあんまりうれしそうでもなく
やっぱり叱られることが多かった。(小言とかね。)
それで、なんとなく稀にしか顔を見せなくなって中学に入ってからはテストや部活や受験を口実に
ばあちゃんのトコへ滅多に顔を出さなくなった。
高校生になって、バイクにハマり街中をふらついたり、ソロツーに出たりすることが多くなった。
そんな折、どうしてもばあちゃんのトコへ荷物を届けて欲しいと言われたので渋々出かけた。
久しぶりの実家に着いたがなんとなくそこはもう自分の家じゃない感覚が強くて早く帰りたい思いで一杯だった。
で、ばあちゃんと対面。
えっ!?こんなに老けてたっけ?と思うぐらい弱々しいおばあちゃんになっていた。
かなり角が取れたようになっててすごくびっくりだった。
会った早々とても喜んで家へと招き入れられてすごい量の果物とかお菓子を用意されて困った。
で、頼まれた荷物を渡して少ししゃべって帰ろうとしたら、「もうケエルのケ?」というセリフ。
またまたびっくり。それ以来たまに来るようになった。
大学生になってから付き合うようになった彼女を家族に紹介するのは気が引けて最初に会わせたのも
ばあちゃんだった。
その後彼女と結婚することになってその準備に追われていた頃にあっさりとばあちゃんは逝った。
なんの前触れもなく、自宅で。
葬儀を終えて遺品整理をしかけた頃に引きだしの中に大事そうにしまってあった写真立てを発見。
何気なく見たら、最初に彼女と会わせたときに記念に三人で撮った写真だった。
ばあちゃんは写真を撮ってもほとんど紙袋とかに入れておくタイプだったので、
かなりびっくりしてしまった。で、その時初めて涙を流したように思う。
結婚式を見せてあげたかったなととても強く思った。

今、カミさんと実家で暮らしてる。幽霊でもいいからばあちゃんに会いたいなと思う。




     

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