No.192 ━━━ゲームと親と・・・━━━ より
- 1 名前:1 ◆mHuBNipI 投稿日:02/03/19 03:11 ID:oPFXZo52
- 今はもう父ちゃんいないんだけど
昔、俺の為にSFCとドラクエYを並んで買って来てくれた事が
今でも忘れられない。
うちの父ちゃん、堅物なんだけど俺が家の手伝い頑張ったからって
照れくさそうに俺にSFCくれた。
すっげぇ嬉しかった!
当時は凄い寒くて雪が降ってたみたいだけど
父ちゃんはコートで雪が積もらないように持って帰ってくれたみたい。
そんな気遣いが凄い好きだ。当時は幼かったからわからなかったけど
母ちゃんが切なそうに話してくれた。
今では天国の父ちゃんを一緒にゲームやりたいと思うよ。
それと親孝行できなくて、ごめんな父ちゃん。
今となっては古くなったSFCだけど今でも俺の宝物だよ。
皆さんも親子のゲームにまつわる思い出話しってありますか?
- 45 名前:名無しさん必死だな 投稿日:02/03/27 05:32 ID:UM9vQP4z
- 俺の親父は公務員で真面目。歳を取ってからの子供なので、周囲
からは甘やかされてると思われていたが、非常に厳しい親父だっ
た。そして変質的とも思えるほどにゲームを嫌っていて、幼い頃
からゲームは一切触らせて貰えなかった。
お年玉や小遣いを貯めても、ゲームだけは絶対に買わせてくれな
かった。昔友達にGBを借りてこっそり遊んでいたのがバレた時
には夜遅いというのに、無理やりに友人宅まで返しに行かされた
こともあった。
高校の頃、自分でバイトをしてゲームを買おうとしたこともある
けれど、魂胆を見透かされてバイト自体禁止された。俺はそんな
父親が大嫌いで、ほとんど言葉も交わさなくなっていた。親父は
俺の出産時に死んでしまった母親のことで、きっと俺を恨んでい
るに違いないと思っていた。
- 46 名前:45の続き 投稿日:02/03/27 05:36 ID:UM9vQP4z
- 高校を中退してまでも家から出たいと思っていたけれど、俺の唯
一の理解者である姉を裏切るような気がしたのと、自分の根性が
足りないせいもあってそれもできないでいた。
そして、わざと遠くの大学を受験し親父から離れることにした。
なんとか大学受験を成功し新生活に思いを馳せていたある日、警
察から自宅に電話がかかってきた。それは親父が引き逃げにあっ
たことを告げるものだった。
すぐに病院に駆けつけたけど、もう親父には息はなかった。
泣き崩れる姉を気遣いながらも、愛情を感じたことのない親父の
死を俺自身はどこか淡々と受け止めていた。
葬儀が終わった日の夜、姉から大きな紙袋を渡された。
親父から俺への合格祝いで、直接俺に渡すのは照れ臭いので頼ま
れていたものだったらしい。
中には「よく頑張ったな」という激励の内容の手紙とPS2が入っ
ていた。それを読んだら涙が溢れてきた。声を出して泣き崩れて
しまった。親父の死後初めて・・・。
- 115 名前:名無しさん必死だな 投稿日:02/03/30 10:15 ID:9bm+JXdF
- 父と母のことを思うと涙がとまらない。
子供の頃はゲームを買ってもらって、仕事をするようになっても
自分でゲームを買いまくって、ろくに親孝行もしなかったな…。
たいして欲しくも無いゲームのかわりに、プレゼントでもかってやればよかったと思うよ。
ゲームをする手を止めて、話をもっとするべきだったと思う。
- 184 名前:酢ピクミン 投稿日:02/04/17 16:36 ID:0uQ3X8qY
- >>180を始めとした皆さんの心温まる話の後で恐縮ですが、このスレにちなんだ私事をひとつ。
僕の母親はRPGが大好きでした。どのくらい好きかというと、真夜中に目を覚ますと
僕と弟の寝ている子供部屋の布団の間に座って、真っ暗な中ドラクエ2をやっている姿を
目にするくらい好きでした。一日30分という制限のある僕ら子供が抗議すると、母親は
僕たちに本当にすまなさそうに「ごめんね、、、」と言いました。その週末、居間には
母親専用のファミコンが鎮座していました。抗議しても無駄だと悟りました。
母はその後もDQシリーズ、女神転生シリーズ、FFシリーズをやり続けました。
中でも女神転生2という青いカセットと、FF2はお気に入りのようでした。
母は、主人公の名前を必ず「つよいこ」にしていました。どんなゲームでも、母が
やっていたゲームではいつも「つよいこ」が活躍していたのです。
心臓を患っていた母は、病気が病気なだけに旅行もスポーツも思うように出来ず、
絵を書くことと読書、そしてゲームだけが愉しみであったので、彼女はファンタジーの
世界で活躍する「つよいこ」に何かを託していたような気もします。
そんな母が最後にプレイしたソフトは、FF5でした。母が弟の誕生日に買ったものです。
弟はFF5を今でもきれいなケースに入れて大切にしまっています。
ソフトの中には、電池さえ切れていなければ今でも「つよいこ」がいるはずです。
- 185 名前:酢ピクミン 投稿日:02/04/17 16:41 ID:0uQ3X8qY
- そんなわけで、僕ら兄弟がRPGをやるときは、主人公の名前は自分の名前、
そしてパーティの中に入る仲間の中で一番強そうなキャラクターには「つよいこ」と
命名します。
- 241 名前:名無しさん必死だな 投稿日:02/06/02 00:50 ID:xX7mbJa.
- 消防の頃、FCピンボ−ルを買ってくれて
親子でやったな。
母親が「お母さん下手なんだよー」と言いながら
家族で楽しく遊んだのは遠い過去の話。
- 422 名前:俺にとってゲームは人生そのもの 投稿日:02/12/21 08:17 ID:TPey7vw2
俺の記憶に残るゲームは「イース1・2」と真っ白なPCエンジンCDROMROM
どーしてもそいつがやりたくて親から金盗んで買った
親がベッドの下に生活費を袋に入れてるの知ってたからそれを盗んだ
ちょっとならわからないだろうと少しずつ取ってた(子供の浅知恵だよな今考えると)
じーちゃんからも金盗んでやっとPCエンジンとCDROMを買った
それは子供部屋の押入れの奥に隠して、親が寝静まった頃起きだしてゲームで遊んだ
それは正直至福の時間だった(OPアニメを初めて目にした時の感動ははいまでも忘れられない、一生忘れないだろう)
よりイイ音楽を耳にしようとイヤホンつけてプレイしてゲームの世界に没頭してた
ようやく冒険が終盤にさしかかったその夜、ふと気配を感じて後ろをふりかえると
母親が立ってた
頭をはたかれた、何度も何度も。
「なさけない、なさけない」って泣きながら叩いてたのを覚えてる
何回叩かれたかわからないがそのうち2階にいってまた降りてきた
今度は親父も一緒だった
親父は母親と違ってあんまり怒ってない風だった
「なにやってたんだ?」
いつもと変わらない優しい口調で聞いてくる親父に、「ゲーム」とだけ答えた
「そのゲーム機どうした?」
「友達に借りた」
「その友達に電話しろ」
俺はもう寝てるとかなんとかいってごまかそうとしたが頑として聞き入れてもらえなかった
あきらめて俺は一番仲のいい友達に電話した(夜中の3時頃だったと思う)こいつなら察してくれるだろうと思ったわけだ
- 423 名前:俺にとってゲームは人生そのもの 投稿日:02/12/21 08:18 ID:TPey7vw2
- 電話に友達が出て何用だと聞かれたが、隣に親父がいたから下手ことは言えない。そのまま親父に受話機を渡した
「もしもし、○○の父ですが、息子にゲーム機貸してくれた?・・・・そうか・・・夜遅くありがとうな」
どんな返事が返って来たのか大体想像できた。「貸してません」たぶん友達はそう答えたんだろう
俺はどう言い訳するか必死に考えた
これまでだっていくらかの嘘はついてきたし今回も乗りきられるだろうって思ってた
「○○くん、貸してないって言ってたぞ。嘘はだめだよ。ほんとの事言ってみ」
「・・・貯金して買った」
その時だった。そのとき初めて親父に顔を殴られた
もちろんグーでだ、まだでかくなかった体の俺は吹っ飛んで障子をつきやぶって廊下に転がった。妹が何事かと起きて来てた
そんときは顔が痛くて痛くて泣いた
「お金盗んだんだべ!金盗んで買ったんだべ!」
そういってPCエンジンCDROMーROMを床に叩きつけた
「”嘘”はつくな!一番悪い事だぞ!」
説教後、泣きながらベットに潜り込んで色々考えた
親は知ってたんだ、俺が金取ってたことも夜中ゲームしてたことも
顔の痛みなんかより胸の方がもっと痛かった
二度と親の金は盗むまいと固く心に誓った
今、俺は東京のゲーム会社で働いている
たまの休みにしか実家帰れないけど、帰ると親父が仕事のことで色々聞いてくる(たぶん新聞かなんかで調べているんだろう)
俺は一緒に酒飲みながら親父と語り合う、頭の隅であの時のことを思い出しながら
俺はそんな親父が大好きです。
駄文長文失礼しました
正月は帰れるんでそんとき何か親孝行してきます・・・
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