PickUp #089  2002.08.09   <- Prev  Home   Next ->


やさしかったお婆ちゃんへ より

1 名前:長男 投稿日:02/08/05 09:24 ID:a+hBnVuP
この前、亡くなったお婆ちゃんの7回忌の法要がありました

大好きだったお婆ちゃん 
もう会えないけど、お盆には帰ってきてね。

みんなもお婆ちゃんのおもひでを語ってください。

4 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/05 09:39 ID:Ufsxt5SP
テストでひどい点とって、隠しておいたのを母がみつけて
「帰ってきたらぶん殴ってやる!」と興奮していた。
その時丁度遊びにきていたおばあちゃん。
門の前に立ちはだかって、帰宅した私に
「来るな。入ってくるな!」と必死でした。
母を説得して母を落ち着かせた後、笑顔で迎えに来てくれた。

年頃になると遊びに夢中で、寝たきりになったおばあちゃんに
顔も見せなかった私。
成人式の時久々に見せに行ったら、何もわからなくて寝たきりだったのに
目をぱっちりあけて涙ながしてた。
私は手を握ることしかできなかった。
それからすぐに天国に旅立って行きました。

ありがとうね。おばあちゃん。

16 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/05 18:46 ID:nwKEmzMA
ヨメ達とすごく仲良かったおばあちゃん。
おばあちゃんと母の良い関係は
「血が繋がってなくても、母娘になれるんだなあ…」と とても微笑ましかった。

会えなくなって1年経ったけど、みんなの心の中にいつもいるからね。

17 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/05 19:09 ID:HdGesZKU
わたしのお雛様は、友達の7段飾りのものにくらべて貧相ってずっと
思ってたけど、小学校高学年のときに母から、
「このお雛様は亡くなったおばあちゃんが、こつこつ年金をためて
自分で選んで買ってくれたんだよ」
って言われて、人のお雛様と比べて引け目を感じてた自分が
恥ずかしかった。

祖母はわたしが3歳のときに亡くなってるので、写真の中でしか
顔を知らない。
それも1枚しか記憶に無くて、縁側でわたしと弟と一緒にスイカを
食べているモノクロ。
そのお雛様はわたしにとって、おばあちゃんの形見だよ。

30 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/06 23:40 ID:dYtTa1C/
おばあちゃんとは物心ついた頃から中学生まで一緒に住んでいて子供ながらに
口うるさいなぁと思い本当に煩わしかった。でも私が海外に住むようになって
年に1度会えるか会えないかの状態になって初めてわかった。
会いに行くたびに口が悪く、強気に振舞ってはいたが老いには勝てず
年々弱くなって弱気になったおばあちゃん。
久しぶりに遊びに来た私にピザを取ってくれたことを兄に
指摘され「お蕎麦にすればよかった、ごめんね」と手紙に書いてまで何度も
謝ってくれたおばあちゃん。
子供を連れて帰国した時に本当に喜んでくれて手袋を編んでくれた
おばあちゃん。
帰るときにはじめて見たおばあちゃんの涙。
家族は祖母の死を私には教えてくれなかったのでお葬式でおばあちゃんの顔を
見ることはできなかったけど去年、帰国した際にお父さんが私の為に
祖母の遺骨の欠片を保存してくれてたのをお墓に埋葬してきました。
お葬式に出なくてごめんねおばあちゃん。帰ってこなくていいと言っていたけど
知ってれば帰りたかった。
今になってやっとわかるどれだけ祖母が好きだったか。
おばあちゃん、天国から見守っててね。

34 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/07 00:44 ID:6T8b2MuP
私の幼い頃の写真は、おばあちゃんのエプロンをぎゅっとつかんで
脚にしがみつくようにして写ってるものばかりだ。
おばあちゃんと毎日一緒に見ていた昼のメロドラマの濃厚な主題歌を
意味もわからずそらんじてしまい家族を驚かせた。
貧乏であまりおもちゃも買ってもらえなかったが
小さいおもちゃのピアノがあり、よく遊んだ。
私が乱雑に扱ったせいで壊れてしまい、とても悲しそうにしてた。

その後すぐ、おばあちゃんは入院した。
まだ癌という病名も、その恐ろしさも知らなかった私は
お見舞いに行くのも遊び気分だった。
いつも、ほとんど手をつけてない病院食を私と弟に食べさせてくれた。
その頃は食事もまともにできないくらいの病状だったのだろう。
でも私はおばあちゃんがいなくなるなんて思いつきもしなかった。

ある日、母に「おばあちゃん帰ってきたよ」と言われて
「わーーーい!」と大喜びしたものの
帰ってきたのは、冷たくなって眠ったままのおばあちゃんだった。
大好きなおばあちゃんが死んだというのに、お葬式の間も全然泣かなかった。
全く実感がなかったからだ。
またそのうちおばあちゃんと遊べるような気がしてた。
ただ、ピアノを壊して悪かったなあとぼんやり考えていた。

あれから25年。
いまでもまだ、おばあちゃん帰ってきてくれないかなあって思ってしまいます。

38 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/08 00:44 ID:UV39xYHR
13回忌もとっくに終わったばーちゃん。
消防、厨房の頃に悪さ(万引きとか)したのをわかっていても決して
怒らずに、
「お天道様は全部見てるからな、夜も山の陰から観てるからな、
お天道様に顔向けできない事はすんじゃないぞ。」
と、万引きした商品分のお金を自分に渡し、
「そんなに欲しいなら、ちゃんと買え」
と、店のオバチャンにばーちゃんが謝り、お金を返した。

自分の子供が悪さをしてしまっても、怒鳴ったりするのはよそう。
親父に殴られたよりも、ばーちゃんのやり方の方が効いた。

ばーちゃんが亡くなってから、どうも太陽のなかにばーちゃんが
いそうで、夕日を見て
「ばーちゃん、おやすみ」
という自分がいる。

47 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/08 08:37 ID:bXWVA2ZM
今年7回忌を迎えたうちのばーちゃん。
事情で2歳からずっと祖父母に育てられた私にとっては
母親同然の存在だった。だから亡くなった時はかなりの衝撃を受けた。
60数年も連れ添ったじーちゃんの落胆ぶりも見てて可愛そうだった。
葬儀も一通り終り、棺の中にじーちゃんは自分の新品のスーツを入れた。
いざ荼毘に付す時になって、なかなか棺は窯に入らない。
数回試みてどうにか入れることが出来た。
全部終わって家に帰りしばらくして、じーちゃんが部屋から出てきた。
スーツのズボンを入れ忘れたのだと、私達に見せにきた。
「背広だけじゃ寂しいって窯に入るの嫌がっとったんかなぁ」
じーちゃんがぽつりと呟いた時には又涙が出てきた。

9 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/05 10:33 ID:+KKy1fQI
昨年の12月に亡くなりました。
祖母のいない初めてのお盆です。ちゃんと戻ってきてくれるかな?




     

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