育児板・泣いた話 より
- 604 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/27 10:49 ID:VpnxETNI
- ほんと、子供にイライラしたりした後でこのスレ見ると猛反省。
土日幼稚園お休みで家にいて、私はもう出産近いから外遊びにも行けず、
旦那は出張中で相手もいなくてエネルギーあり余りの3歳息子。
身体が重くてぐったりしていた私に愛想がつきたのか1人で勝手に玄関のドア
あけて外へ行こうとしていたのに気付き、もの凄い勢いで怒った。
ちょっと怒りすぎたかな、と思ったけど、何かあってからじゃ遅いんだもの、
きちんと目を見てちゃんと説明して怒った。
そしたら涙目になって「ママ、ごめんね、ごめんね、ママのことだいすきなの、
あかちゃんもだいすきなの、ママ、すきって言ってね、ママ、ごめんね」と
何度も何度も繰り返して謝ってきた。
本当にいとおしくて、自分の体調ばかり優先していた自分自身に腹が立ったよ。
このスレのお母さん達みたいに、頑張る、今日も反省。
- 609 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/27 11:47 ID:+NFfKDMy
- うちには旦那の連れ子(4歳)がいます。いつもは「お姉ちゃん」って呼ばれてたんだけど
今年の母の日に「お母さんいつもありがとう」って画用紙に私の顔とカーネーションを書いて
渡してくれました。初めて「お母さん」って呼んでくれた事、すごくうれしくて
泣けてしまいました。ちなみにその日以降「お母さん」と呼ばれてます。
なんかくすぐったいけどすごくうれしいです。
- 619 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/29 23:32 ID:l66oD0Sw
- 保育園に通ってるわが子。1歳5ヶ月。年上の御子のまねばかりして
悪戯し放題、何を言っても『イヤイヤ』。正直うつ状態カモ。
寝つき時もコロコロ転がってやっと寝付いたところで後片付け、明日の
用意。終わったので様子を伺うと目が合ってとりあえず微笑んだら
わが子もニコリ。起き上がってギュッと抱きしめられた。
ちょうどわたしが脱ぎ捨てていたウインドブレイカーを見つけて
一生懸命に着ようとしていた。いつもならそれを手伝おうものなら
怒るわが子だがそのときだけは嬉しそうに着れるのを見ていた。
その上着を触ってはわたしを指指し『ママ、ママ』と優しい声で話していた。
久しぶりにわたしも顔がほころんだ。
お茶を飲ませて寝付かせようと上着を脱がせようとしたら
悲しそうな顔をしていたのに気がついた。
日中保育園での生活が長くても親の着ているものに触れていたいと
思ってくれるわが子に感謝した。涙した。いろんなことを覚えて実行するのも
成長の証だと反省した。
だから今夜は布団代わりに上着をそのまま着させてあげようと思う。
大変な分学ぶことは多いと痛感した一日だった。
- 620 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/30 11:52 ID:2d7jm3B+
- >>619
うるうるしたよ・・。
私は昼間保育所に預けて求職中なんだけど、ついモタモタしてたりしたら、怒ってしまう。
なかなか職が見つからないのがイライラして、険しい表情になってる。
「お母さん?怒ってるの?悪いことした?」って聞かれてしまう。
娘の寝つきが悪くて怒ってたら、娘が「手、つないで寝る」。
つなぐと「お母さんと手をつないで寝ると、幸せな気持ちで寝れるの♪」って言ってくれた。
可愛くてギューってしたら、「大好き、仲良しだもんね」。
ありがとう。怒ってばっかりなのにね。
- 629 名前:栄悟 投稿日:02/05/31 17:26 ID:y2nUBx7s
- 泣ける話ではないですが 俺が小学校1年生の時の話。
当時、学校の土曜日授業は午前中までだったので
お昼ゴハンは家で食べるのが常でした。
いつもの土曜日、元気よく俺が帰ると
土曜日は居るはずの母さんが居ませんでした。
どうやら出掛けたのでしょうか、俺はマンガを読んで待ってました。
ですが腹の虫は待ってくれません。
何か食べる物はないかと台所を漁りましたが、
なんせ1年生の俺は料理はてんでダメ。手軽に食べられる物もありませんでした。
次にお菓子棚を見ました。あいにくお菓子は品切れでガックリ状態。
唯一、ロールパンという一袋8コ入りのパンを発見。
俺はやったーと思いつつパンをパクッとひとかじり。
ところが乾燥してるというか何と言うか、とにかくマズかったので
ひとかじりで諦めました。
もう昼ゴハンはいいや、と思った俺は友達と遊ぶ約束をしてたので
時間が早いとは知りつつも外に飛び出していきました。
つづく
- 630 名前:栄悟2 投稿日:02/05/31 17:26 ID:y2nUBx7s
- 友達とひととおり遊んで夕方が近づいた頃
昼ゴハンを抜いたせいもあったのか腹の虫がグーグー鳴りっぱなしでした。
「あー お腹減ったなぁー」と晩ゴハンを期待しながら、
普通に「ただいまー!」っと家に入りました。
するとそこには目を赤く腫らし、号泣している母さんがいました。
俺を見るなり「ゴメンね〜」と抱きついてきました。
???の俺。 どうしたの?と隣にいる姉に聞くと以下のとおり。
母さんはパートをやっており土曜日は大抵休みか昼上がりなのですが
今日は大量の仕事を頼まれてしまい
ついお昼の時間を忘れて仕事に没頭してしまったのだそうです。
慌てて帰ると俺の姿は無く、残っているのはひとかじりした腐れかけのパン。
俺がどんなにお腹を空かせていたのか、
俺がどんなに寂しかったのかを思うと涙が止まらなくなってしまったそうです。
ふと見ると、テーブルの上にはのびきってスープなど無くなってしまったラーメン。
俺が戻ってきたら食べさせてあげようと急いで作ったそうです。
俺はそんな事全然気にしてなかったケド、何故か涙が出てきて、
「大丈夫だよ、お腹減ってないよ」と言いました。
ごめんなさい、もう1回つづく。
- 631 名前:栄悟3 投稿日:02/05/31 17:27 ID:y2nUBx7s
- その日の夕飯はカレーでした。俺の大好物です。
その日、その日の夕飯の内容なんて覚えてないけど、
その時のカレーの味だけは今でもハッキリと覚えています。
母さんは俺が19才の時、今から8年前に他界しました。
あのカレーが食べれないと思うとチョット寂しいですが
母さんからもらった「優しさ」はいつまでも俺の中にあります。
そして俺も今年で2児のパパになります。
「優しさ」を子供たちも受け継いでくれればと思います。
とにかくガンバリます!
長々とすいませんでした。
- 644 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/06/03 09:48 ID:KeVqfgIX
- 小さいときに交通事故で父親を亡くした従姉。
小学生1年生になり、母親におとうさんが欲しいとダダを
こねたそうです。
母親は父親がもういないことを解らせようとするけど、
彼女にはどうしても理解できない。
母親はカッとなって「言ってもわからない子は出ていきな!」
といって彼女を玄関から締め出したそうです。
泣いていた声がしばらく聞こえていたのが、いつの間にか
聞こえなくなったので、心配になって母親が玄関を開けて
みたら、どこへ行ったのかみえなくなってしまっていた
そうです。
一生懸命母親が探していると、近所のスーパーから子供が
来てますと電話。
慌てて母親が迎えに行くと、従姉がスーパーにはなんでも
売っていると思って「おとうさん、売ってください」
と買いにいったんだそうです。
そんな従姉も現在30歳を過ぎ。自分の7歳の娘に
そのときのことを懐かしそうに話していました。
横で聞いていた、こちらがおもわず号泣してしまい
ました。
- 656 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/06/04 11:05 ID:NIyyZlQl
- 何度言っても忘れてしまい、いつも怒りネタになってることで、
今朝は息子(低学年)を怒鳴ってひっぱたいてしまった。
ご飯もロクに食べないで、泣きながら学校にいかせてしまった。
いつもならドアからずっと見送るのに今日はそれもしない。
いまごろ、何を思って勉強してるんだろう。
いつもドアから手を振って見送る母の顔がなくて寂しかったろうな。
出かけ間際に叱らなきゃよかった。
いつも自分の母親に「朝は出かける人とは絶対に喧嘩別れしてはだめだよ。」
って言われてたのに。
事故に遭わないで無事に帰宅してください。
無事帰ってきて、謝らせてください。
- 681 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/06/09 04:48 ID:GYCuGakI
- 大学を卒業して、大手企業に就職したばかりの四月、妊娠が発覚した。
えっ?何で? これが私の正直な気持ちだった。
苦労して入った大学、氷河期に死ぬ気でとった内定、やりたい事、やる
べき事がまだ山のようにあった。
自身の未来を考えて、即座に堕胎を決意した。
隣町の産婦人科へ行き「おろしますか?」と聞かれたとき、なぜか「は
い」と答えられなかった。
それから会社を辞め、主人と話し合い入籍。
結婚式や新婚旅行どころか、指輪さえもらえなかった。
胎児は順調に育ち無事出産。しかしここからが本当の戦いだった。
育児は思っていた以上に苦しく、毎日子供に怒鳴りちらす生活。
「お前なんか産まれてこなければよかった!」
「お前がいなければ、私は東京でやりたい仕事をしてた」
「お前のせいで、結婚式もできなかった」
毎日毎日、子供を責め旦那を責め、自身を責めノイローゼになった。
本気で死んでくれないかと思った事すらあった。
子供が1歳になったある日、体調不良で病院に行くことになった。
結果、かなり進行した子宮ガンだった。
私は23歳で子宮を全摘出した。
今息子は2歳になろうとしている。
朝起きると自分がご飯を食べる前に、バナナを私の口に入れてくれる。
私が朝が弱いことを知った上での行為だ。
あの時、堕胎しなくてよかった。
子宮摘出手術が終わったその日、私はベッドの上でおもいっきり泣いた。
悲しかったわけではない。嬉しくて、嬉しくて涙が止まらなかったのだ。
「息子は神様がくれた最初で最後のプレゼントだったのね」
そう思うと息子と主人に感謝の気持ちでいっぱいになった。
OOOくん本当にありがとう。
産まれてきてくれて、本当にありがとう。
こんなにくだらない私をママにしてくれて、ありがとう。
そしてこの世に出るためにママを選んでくれてありがとう。
あなたに逢えて本当によかった
うれしくて
うれしくて
言葉にできない
この歌をOOOくんとそのパパに・・・
SiteOwner:hiroshu29[atmartk]hotmail.com
Copyright (C) 2002-2005 泣ける2ちゃんねる