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親が買ってくれた思い出のゲームソフト より

344 名前:こっちのほうがよい 投稿日:02/04/22 04:29
ファミコンの初代ツインビー 内職して貯めたお金で母が雨の中、買いにいってくれたっけ。
でも、その雨で母は体を壊した。
・・・肺炎だった。
もともと体が弱かった母はそれから暫らくして、死んだ。
葬式の後親戚みんなでツインビーをやった、攻略本まで買ったりして。
この一本はいまでも手放さずに取ってある、母が買ってくれた最後のソフトだから。

ファミコンは偉大なハードだったな。
一番好き!ファミコンって単語をみるたびに優しかった母の顔が思い浮かぶ。

384 名前:NAME OVER 投稿日:02/04/29 23:26
本体と初めて買ったソフトは中古、箱説無しのマリオブラザーズだった。
当初、俺はファミコン類は自分のお年玉で買ってた。
それから数年経ったある日、誕生日に親父がゲームを買ってくれると言った。
今までゲームする事は反対。
「ファミコンするなら自分の金でやれ」と言われていたので
ゲームソフトなど買って貰った事無かった俺は凄く喜んだ。

歓喜して玩具屋のショーウインドウに陳列している新品のゲームの箱に目をやる。
ガラス越しに見えるファミコンの箱が艶やかな光沢を放って ついワクワクしてしまう。
みんなも味わわなかったかな?そんなドキドキした初々しい気分。
俺は優柔不断でなかなか欲しいゲームを決められない。
親父はそんな俺を見て「さっさと決めなさい」と言った。
俺は腹をくくってファミコン版「おぼっちゃま君」をチョイスした。
ゲーム自体は、まぁまぁ面白くも無く、つまらなくもないという
面白みに欠ける結果ではあったものの、
俺の記憶の中に鮮明に焼き付かれている。

393 名前:NAME OVER 投稿日:02/04/30 21:14
小学2年生の時。
自宅から歩いて10分くらいの所に住む友達がファミコンを
持っていて、学校が終わると毎日友達同士集まってゲーム
に夢中になった。
スーパーマリオブラザーズ。
僕らはロクに説明書も読まなかったので、操作方法も手探
りだった。近所のおじさんが繰り出したBダッシュ→800点
ジャンプに皆揃って驚愕したのを覚えている。

12月のある日、門限の18時が近付いたので、いつもどおり
家路についた。暗くなった道路を注意しながら横断する。
左、右、左と見て、一歩足を踏み出し右を見た。眩しいラ
イトが目の前に迫っていた。

救急車の音。病院の診察室。
レントゲン写真の僕の右足には、微かにヒビが入っていた。

病室は6人部屋だった。
となりのベッドのお兄さんは定時制高校に通う17歳。
そのベッドには、お兄さん自前のテレビとファミコンが
備え付けてあった。
スペランカー。
すぐに死ぬその探検家を、お兄さんは華麗に操るのである。
僕は、心から尊敬し、憧れた。


394 名前:NAME OVER 投稿日:02/04/30 21:15
1月、雪が降った。
お兄さんは学校が忙しくなり、病室に居る事が少なくなった。
怪我のせいで動けない僕は、くる日もくる日もゲームに打ち
込んだ。
たまに学校の先生が顔を出しに来るが、その時はとっさにテ
レビを消し、シーツを被せてファミコンを隠すのだ。
あ、先生がお見舞いに持ってきてくれた1500ピースのパズル、
けっきょく未完成のままだった。ごめんね。

退院する頃には僕の操る探険家も、洞くつの奥深くに眠る財
宝を見つけられるまでになっていた。

退院。
2ヶ月振りに帰宅した我が家の居間には、ファミコンとツイン
ビー、スーパーマリオブラザーズがあった。
呆気にとられた松葉づえの僕を尻目に、両親は微笑んでこう
言った。
「お帰りなさい」


あれからずいぶん経ち、僕も大人になった。
忙しい日々に追われ、いつからかゲームもしなくなった。
でも、押し入れの中には、段ボールに入ったファミコンが眠っ
ている。
いつの日かそいつを引っ張りだして、またテレビに繋ぐんだ。
その時にはもう一度、小学2年生に戻れるような気がする。

421 名前:NAME OVER 投稿日:02/05/04 04:22
発売日に朝一で並んで買えなかったDQ3。
10日後の再入荷日に徹夜で並ぶことにした。

前日、夜9時くらいから並んだんだけど
当時小4だったんでオカンが付き添ってくれた。
デパートの付近が飲み屋街だったり、
米軍基地の外人がいっぱいだったんで
母子だけでは危険。ってことで途中仕事明けの
オヤジと交代してオカンは帰宅した。

ホームレス親子に間違えられたのか
酔った米軍さんが着ていた皮ジャンみたいなのを
俺に差し出してきて怖かったな。
オヤジはNOしか言ってなかったけど
死ぬほど頼もしく見えたよ。

結局ぶっちぎりの1番で購入。
俺はウチに帰って少し寝てから
すぐやりまくったけど、オヤジはそのまま仕事に行った。
当時37、8歳のオヤジにとって
徹夜明けの仕事はきつかっただろう。
まじでありがとう。

今度俺が実家に帰ったらこの話で一杯やろう。

479 名前:NAME OVER 投稿日:02/05/12 22:44
俺が小学生の頃、「目が悪くなる」という理由で親はファミコンに対して理解を
示さなかった。友人の家で遊ぶのも反対だった。
小学3年の時、突然父が病気で入院することになった。入院がかなり長引くとい
うことだった。
俺が寂しがると思ったんだろう、今までTVゲームに反対だった母がファミコン
を買ってくれると言いだした。俺はめちゃくちゃ嬉しかった。母が夜仕事帰りに
自転車のかごにファミコンを入れて帰ってきた日のことを今でも忘れない。

父はその4ヶ月後、俺と一緒にファミコンで遊ぶこともなく他界した。
野球好きの父と1度でいいから一緒にファミスタをやってみたかった。友人の家
に遊びに行くと、友人と彼の父が楽しそうに一緒にファミスタをやってる姿をみ
て、凄く羨ましく思った。

でも、少しでも寂しさを紛らわそうとしてファミコンを買ってきてくれた
お母さん、ほんとにありがとう。そのファミコンはもうだいぶ黄ばんじゃった
けど、今でも箱に入れて大切に押し入れにしまってあるよ。

572 名前:NAME OVER 投稿日:02/05/23 05:08
全部読んでしまったではないか!
良スレッドです。

今やっと、ファミコンが
「ファミリー」コンピュータと名付けられたわけが
わかった気がする。。。

任天堂マンセー。




     

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