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一番楽しかった「あの日」はなんですか? より

654 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/07/01(日) 13:07 ID:u8V1lI2U
中学生の時、オレ達はいつも5人のグループで行動していた。授業サボッて近くの港の防波堤の上で何時間もバカ話したり。5人の中に一人、在日出身者がいた。カレは通名(日本名)を使っていたしみんな噂には知っていたけどあえて口には出さなかった。
オレ達にはそんなもん関係なかったし、それに「差別」ってモノを身近に感じた事が無かったから。カレがどんな境遇にあり、どんな思いをしているのか理解できなかった。だから今まで通りの親友の5人でずっといられるなら、それで十分だった。
そんなある日、確か卒業式の数日前のある夜の事だったと思う。その時に事件は起きた。みんなで公園でダベッているところに高校生らしき数人が通りかかりオレ達に向かってニヤニヤ笑いながら「そいつのオヤジ、知っとるで お前チョンボ(蔑称)やろ、ここで何しとんじゃ!」こう言ってきた。
最初オレは頭が真っ白になって何が起きたのか訳が分からなかった。理解できなかった。でも次の瞬間こんな言葉が浮かんだ。コレガ サベツ トイウモノナノカ? コンナコトヲ イウヤツガ ホントウニイルノカ?
そう思った瞬間、その高校生達に掴みかかっていた。怒りが抑えられなかったから。別の仲間もみんな叫びながらヤツらに突進していった。
このままコイツラに言われっぱなしでこの場をやり過ごしたらオレ達の今までの友情や思い出や大事なモノまで汚されてしまう、奪われてしまう、きっと後悔する、きっと。
それから数年後一枚のハガキが。「子供が産まれたのでご報告します」と。日本名は使わずに本名を使ってあった。アイツからだ。
ハガキには ・・自分は子供が産まれるにあたって本名を名乗るかどうか、とても悩んだ。でもあの夜のこと、お前らのことを思い出すとそれがオレの背中を押してくれた。オレはあの夜のことを一生忘れない。オレ達の友情が最高に輝いてた夜・・オレもそう思うよ、あの夜は、最低の夜だったけど、最高にオレ達が輝いてた夜だったよ。

675 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/07/02(月) 05:30 ID:???
小学4年の時に母が死んだ
小学6年の時に北海道から東京へ転校
中学の時は片親しかいないことでイジめられた
高校では父が一時過労で入院、晩御飯が食えないことはよくあることだった
大学生になった時、はじめて恋人が出来るが父が発病、病気の関係から入院し
恋人どころではなくなったので別れた
翌年、車にはねられ足を骨折
父に心配かけまいと病院から電話して毎日元気だよと言った
3ヶ月後父は病状が回復し退院、その1ヶ月後に自分が退院
退院して家に帰ると父がいなかった
次の日の朝、父は帰ってきた
「すまない時間がかかった」父はそう言ってスーパーの袋から高級な肉をどさどさ出した
びっくりした、最初は正直盗んできたのかと思ったがちゃんと買った物だ
僕が疑っていたのを知っていたかのように購入した証拠のレシートを出した
次に親父に殴られた
入院していたのを黙っていたこと、そして親父は言った「俺を殴れ」と
こんな頼りにならない親父だ、お前は俺を殴る権利がある
お互いに殴り合い、疲れたところで肉を焼いた
ごはんと肉と野菜の簡単な組み合わせだったけど、とても美味しかった
時計を見ると午後8時だった
同時に親父も時計を見ていた「もうそろそろか」と親父は言った
何がもうそろそろ何だ?と聞いたら「すぐ分かる」と親父が言った
10分ほどしてインターホンが鳴った
親父が出ろと言うので、玄関のドアを開けてみた
すると恋人がいた。泣いてた。俺も泣いた。親父だけが笑ってた。
それから現在に至るまでずっと楽しい生活を送ってる。

749 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/07/06(金) 06:11 ID:mNNDDKKw
大学時代、俺は東京の大学で一人暮らし。
大学の4年のときにお盆に実家に帰って
4年ぶりに同級生たちと酒飲んだりいろんな思い出話をして騒いだあと
深夜になって母校の小学校に忍び込み、
みんな素っ裸になってプールで泳いだ・・・
ほんのりと酔っ払って
プールにぷかぷか浮かびながら見上げた先には
きれいな星と月・・・
東京では見れない夜空にしんみり感動したと同時に
故郷から心が遠ざかったことをほんのり寂しく思った。

つい先日、そのうちの1人が亡くなり葬式に行ってきた。
約10年ぶりの故郷に懐かしさを感じた。
暑い日差しの下で火葬場の煙を眺めながら
あのときのことを猛烈に思い出し涙が止まらなかった。



784 名前:22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/07/07(土) 20:37 ID:jhnzFPAA
このスレを見ていて、俺にはそんな日なかったよってひがんでたら、
突然外から花火の音がした。
そういえば今日は花火大会だったと気づいて、外へ出てみた。
花火の良く見える場所まで行くと、たくさんの人だかりが出来てた。

最後の大きな花火がはじけた瞬間、ふと彼女と一緒に見てた時のことを思い出した。
「なんだ、つまんねーな」って言ったのがいけなかったらしく、
帰り道ずっと口を聞いてくれなかった。
その頃の俺にとってはなんでもない一日だったが、
彼女にとってはあの日が幸せだったのかもしれない。

あたりまえのように過ごしてた中にそんな日があって、
ふとした瞬間に思い出すんだけど、同じ日は
もう戻ってこないんだなと思ったら泣けてきた。

結局、その彼女とは別れてしまったのだけれど、
もし会えたら「ありがとう」って言いたいと思う。

ネタみたいだけど、マジ話です。
ほんとに文章下手でスマソ。

889 名前:真夏の名無しさん 投稿日:2001/07/20(金) 22:39 ID:???
俺には妹がいた。
あんまり体が丈夫じゃないほうでちょくちょく入退院を繰り返していた。
そんな妹を俺はあんまりよく思っていなかった。
なんにもせずに両親にちやほやされているのが気に食わなかったのだろう。
今思うととても陳腐な理由だ…

そんなある夏休みの出来事。
家族で遊園地にいくことになった。
妹がやけに懐いてくる。
少々うざいと思っていたが「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
と、うれしそうにまとわりついてくるのを邪険にすることもできずに、
相手をしてあげていると、妙なことに自分の父性心というのがくすぐられたのか、
やけに妹がかわいく思えた。

そんなことがあってからというもの俺は妹をかわいがるようになった。
自転車の乗り方や逆上がりを教えたり。
しかし、それも2週間でおわってしまった。
また入院することになったのだ。

だが、俺はあんまり見舞いに行くことをしなかった。
どうせまたすぐ戻ってくるだろうとたかをくくっていたからだ。
(家から病院が遠かったのも無関係ではあるまい)
それから一ヶ月後、妹は戻ってこなかった。
俺が病院に行ったのはたったの2回だった。
暇な日曜日に親に連れられていったのと、
妹が死んだときだけだった…

今でも後悔している。
俺は妹にもっと楽しかった「あの日」を作ってやることができたんじゃないだろうか?
家族で遊園地に行った「あの日」は確かに楽しかったけれど、
自分がもっと妹によくしていれば、
妹はもっと楽しい日々を過ごせたかもしれないのに…





     

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