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オヤジとサシで・・・ より

772 名前:30歳になりました 投稿日:02/01/31 10:49
ずっとひっそり読んでいたんだけど、年が明けてから忙しくなって
しばらく見ていませんでした。。

父が嫌いで、家を飛び出して8年。付き合っているひととの暮らしも
5年目にさしかかっていた初秋に、知人からこのスレの存在を教えてられ、
一通り通して読みました。
その日は、眠れませんでした。
父の姿に自分がだぶるのが嫌で、結婚することも子供を作ることも
拒否していた俺ですが、それは父への思いの裏返しだと気付くのには
時間はかかりませんでした。実家に帰って父に謝ろう、と。

実家に酒を片手に帰宅した私を待っていたのは、父でした。
これまでの自分の態度を謝罪した俺に、父は「馬鹿野郎!」とビンタの一発。
そのまま、自室に籠もったまま出てこようとしませんでした。
それから実家には帰っていませんが、母とは連絡を取り、どこかで
父にもういちど会えるように取りはからってもらえるように頼みました。
母のアドバイスで、その会場は決まり、日取りも決まりました。

...2/2。俺は結婚式を迎えます。

このスレには世話になりました。
たかが匿名の掲示板のスレッドに人生を動かされるなんてと思っていましたが、
やっぱり感謝の気持ちでいっぱいです。
当日、父にもういちど素直な気持ちで謝って、そして酒を注いでやりたい。
なんかもう、しっちゃかめっちゃかだけど推敲してる時間ないや。
良い話をほんとうにありがとう!

698 名前:叔父 投稿日:02/01/09 18:22
私も少し書かせてもらいます。
一昨年の夏、息子を交通事故で亡くしてしまい、
もう息子と酒を飲む事は、叶わぬ夢となりました。
息子は19でした。
初盆を迎えても、悔しくて、寂しくて、空っぽの毎日でした。
そんな時、甥の一人が訪ねてきてくれました。
この甥、25にもなって大阪でフラフラし、親戚中からろくでなし
呼ばわりされ、私も好きではありませんでした。
お墓を参ってくれた後、大きな鞄から一升瓶を取り出して、
「叔父さん飲もうよ。叔母さんモロQつくって〜。」と。
一人っ子の息子は、この甥が大好きで、兄のように慕っていました。
飲みながら甥は、連休に遊びに来た時の息子の話とかをしてくれて、
私も妻も久しぶりに酔って、たくさん喋ったように思います。
このお正月も、長崎まで来てくれて、一緒に朝まで飲みました。
今では、息子が大好きだった理由も分かるような気がします。
この場を借りて、本当にありがとう。

最後に皆さん、野暮ですが、車にだけは気をつけてください。
乱筆、失礼しました。

702 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/01/10 07:15
親父がいないんで、兄貴との話しだけど、今日はじめて兄貴と飲んだ。
兄貴は俺と違って、苦労しながらも何とか医大に入り、学費も自分で稼ぎ二浪した俺の学費も出してくれた苦労人。
俺がヤクザ物と大事故を起こした時も、俺は顔の形が変わるぐらい殴られたけど、後で母親に聞かされた話によると、相手の事務所に一人で乗り込んでいき全ての尻拭いをしてくれたとのこと。
性格も完璧主義であまり笑わないし口数も少なく、よく怒ったりする昔の人のタイプ。
そんな兄貴だからわかってはいるんだけど、普段からよくぶつかっていたし、兄貴の存在が怖くて目の前で酒なんか飲めなかったしまともに話もした事がなかった。
そんな兄貴が今日突然来て「おまえも飲め」って言い出した。
思わず涙が出た。兄貴は黙って飲んでいた。
何にも言わない兄だけど、全てをわかってくれているんだなと思った。
兄貴、ありがとう。

716 名前:715 投稿日:02/01/19 05:14
一度だけ親父と呑んだ時があった。
18の頃昼飯のチャーハンを肴に日曜の昼に親父と呑んだ。

当時俺は高校を中退しようかどうか真剣に悩んでる最中だった。
誰にも打ち明けられずにいたが、どうもうすうす感じていたらしい親父の、
「30までに大学を出ろ、それまでは好きにやれ」
という言葉に心底救われた気がした。
結局高校は辞めたが今俺は大学4年生、卒業したら俺のお気に入りの
レバ刺しの美味い店に連れていってやろうと考えている。

736 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/01/27 21:43
昨日、オヤジの告別式だった。
ずっと前からこのスレ知ってて、
でも一緒に住んでいるから、照れくさいから・・
サシで飲んだことなかった。
そのうちに飲もう、まだまだ時間はあるって。
後悔・・・

あまりに突然で、
ずっと健康だったから、こんなに早く逝ってしまうなんて
後悔してもしきれない・・・(涙)
死に目にも会えず、一人で逝ってしまいやがった。

孫を見せれただけ良かったのか。
もっともっと長生きしてほしかった。

今は心の中でも、”逝ってよし”とはいえない。

781 名前:若輩 投稿日:02/02/01 01:26
初めてカキコします。
オレの親父はまだ健在で、オレよか酒に強く、あげく酒に酔うと説教ばっかりしてきます。
去年まではそんな親父が大嫌いで、一緒になんて全然呑まなかった。

でも、去年の暮れのこと、オフクロから、「お父さんの肺に影が映ってるの…」と言われました。
こんな事いうと消防みたいだけど、父親が死ぬかもしれない、というのは想像外の出来事でした。
当時のオレにとっては。

酒に汚く、酔っ払っては普段と違うヨゴレの部分をさらけ出す父親を軽蔑していたが、悲しくなって
一緒に呑んでみました。
その感想。
「やっぱり、父親ってすごいな。」

今まで嫌っていた父親に対する感情が一気にほどけました。
結局、肺に陰があったのは医者の誤診だったんですが、父親に言われた一言にオレは悟りました。

「おい、酒を飲むんじゃない、雰囲気を飲めよ。」

…親父、オレはアンタに一生付いて行く。迷惑でも離れはしないぞ。

816 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/02/09 00:04
このスレ見て、今日たまらずに実家に帰ってきた。
家を出て9年、実家に帰ったのは数える程だった。
反抗期も無かった俺には、親との関係は結構ドライだった。

酒に弱い俺だけど、ビールとワインぶら下げて。
電車の中で「俺、本当に(実家に)帰るのか?」と凄く迷った。
こんな自分が不思議に思えるほどだ。

おやじは無口で、家にいた時も会話は無かった。
趣味も無く、外で飲むことも、まして遊んで帰ってきたような記憶はない。
オヤジの思い出は、2級のウイスキーの凄く薄い水割りを飲むことと、
休みの日に一日中テレビを見ることだ。

案の定、今日もテレビを見ながら安い酒を飲んでいたよ。
金もないのに、母親が特上のスシを取ってくれた。
母親に「いきなり、どうしたの?」と聞かれて、俺は笑顔も浮かべずに
「気が向いたからだよ」としか答えられなかった。
1時間ほどして、たいした会話もなく席を立った。
「どうしたんだ?何かあったのか?」俺の方を見ないで言ってた。

バス停の途中までついてきた母親はなんか、涙ぐんでたな。
俺もなんか、泣きそうになった。
「もう、いいから。わかったから。もうここでいいから。」
これ以上一緒にいたら自分がなにを言い出すかわからなかった。

立ち止まった母親を背に、吸ったタバコがスゲエ目に染みた。

みんな、いっときでも素直な気持ちにしてくれてありがとう。
感謝してる。

830 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/02/14 17:19
もう5年くらい前の思い出になるかな。

親父とは、よく山にキャンプに行った。地学的なフィールドワークついでに。
大学1年の夏休みも、3日ほど親父と長野の山奥でキャンプ。
裾野のコンビニで、最後の買い物のとき、俺がなんとなく、ビールでも飲む?と聞くと
普段は厳しい親父が少し笑い、お前飲みたいのか、と言いながら適当なビールの500缶を
2本買ってくれた。
で、夕飯も食った後、真っ暗になった山深い川原で二人でビールを飲む。
少し、大学の話もしたかも。山奥なので星は明るく、周囲は本当に真っ暗だった。
その時は、これからは二人でこんな感じで飲めるんだな、と思いながら、
照れも手伝い、早々と寝袋に入った。
しかし、翌年の初夏には親父は脳腫瘍を患い、その年明けには帰らぬ人となった。
何もかもが性急だったし、脳障害は、身近な家族に嫌な思い出をたくさん残した。
俺は実家にいなかったのでわからなかったけども、うまく人を送るのってすごく難しい。
今はもう、息子が2歳になり、親父に孫の顔を見せてあげられなかったのが残念。
ただ、親になって、親の愛情に見返りは必ずしも必要ないと感じるようになった。

親父と飲みながら語れなかった分、息子と飲むのが楽しみだったりします。

841 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/02/17 14:12
ここは必ず泣いてしまうので、ロムってただけなんですが、
今朝、友人から親御さんがガンだって泣きながら電話があったので、
やるせなくて自分の思い出も書きたくなりました。
泣きながら書いてるので、暗いけどごめんなさい。

うちの父は、難病で6年間の闘病生活をおくっていました。
ほとんど下戸に近い父親だったけれども、
兄弟と訪ねて、母親とビールを飲んでいたある時、
車椅子で向いに座っていた父が、
ほとんど動かなくなった目、しゃべれなくなった口、自由に動かせない手で、、、、
『・・オ・・・レ・モ・・・』みたいな仕種をしました。
みんなで驚きながらも小さなコップに半分くらいビールを注いで乾杯しました。
父が死んだという知らせを早朝に聞いたのは、その数カ月後でした。

もともと無口だった父で、しかもお酒はほとんど飲まなかったので
あまり会話ってなかったのですが、
もっとじっくり話ししながらサシで飲みたかった。
たとえ、コップに半分のビールでも・・・。




     

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