No.395 (⊃д`) せつない想い出 その6 (´・ω・`) より
- 897 :おさかなくわえた名無しさん :05/01/17 22:05:58 ID:0fAc+Z+1
- 私の兄は重い喘息で入退院を繰り返していた。
兄が10代の頃(入院中)母が男と駆け落ちし、行方不明になった。
その事を父と告げに行った。兄は平気そうに「ふ〜ん、じゃ三人家族だね」と言った。
次の面会日に婦長さんから聞かされた。
「あの後泣いて泣いて大変でした」と。
常に家族に心配かけまいと、感情を押し殺して病と闘っていた兄。
昨年4月に自殺した。
私は兄が大好きだ。
- 31 :名無しさん@生活サロン板できました :04/10/02 18:13:56 ID:ilXz7FIG
- 私が小学生の頃、近所に体の弱い同級生がいて
あまり外に出て遊べないので、よく彼の母親から遊びの誘いの電話があった。
最初は近所の親同士が協力しあっていたのか、
両親から「あの子の所に遊びに行っておいで。」と言われていた。
あまり知らない家に突然遊びに行くのは、かなり勇気がいるので
他の友達を誘って遊びに行った。
すると彼の母親がそれはもう、ものすごい歓迎振りで私達をもてなしてくれた。
はじめはギクシャクだった私達も、2日3日と通いだせばそこは子供どうし
あっという間に仲良くなった。
友達の少ない彼のために親達が計画した策略に見事乗せられたとはいえ、
私にとって彼はかけがえのない友人となった。
もう完全に仲良くなった私達に、彼の母親はあいかわらず過剰なもてなしを
してくれたのだが、それが子供心に重荷に感じるようになった。
彼女も息子にできた数少ない友達を失わさせないように必死だったのかもしれない。
ある日私は「これからも遊びに来るので、もうお菓子とかはいらない。」と彼女に言うと
彼女は突然涙を流し、私の手をグッと握り締めてしばらく放さなかった。
当時の私はとても困惑していた記憶がある。
しかし、私たちが出会って1年程で彼は他界してしまった。
私の家が共働きのせいもあって、よく彼の家で夕飯をご馳走になった。
他人の家庭料理がおいしいと感じた事はこれ以降ない。
あの甘い卵焼きの味がなつかしい。
- 456 :おさかなくわえた名無しさん :04/12/05 16:41:07 ID:D/u0roNT
- 何年も前だけど、祖母が入院してて、母が看病に通っていた。
自分も学生で暇があったから、ちょくちょくついていっていたんだけど、
その部屋に、ボス患者がいて、横柄だしすごく口うるさい人だった。
同室の人に見舞いがくれば「こっちは具合が悪いのに居座られて迷惑」
夜中にナースコールをした人がいたら「目がさめた!いい迷惑だ」と
大騒ぎしたり、正直もてあまされてたっぽい感じで、家族の人もあまり
来なかったらしい。
でも、いきなりそのおばあさんが静かになった。看護婦さんにも周りの人にも
なにかしてくれたら「ありがとう」、見舞いにった私にも
「○○さんは孫が来てくれていいね。いい子だね」と、学校の話とか
家の犬の話とか、喜んで聞いてくれた。
そして冬のある日、そのおばあさんが「スイカが食べたいね」と言った。
買い物に出るついでだからと、スーパーを回ったけどなかなか売ってない。
やっと見つけた、カットされたスイカ、あまりおいしくなかったかもしれない。
でもそのおばあさん「ああ、おいしいね、美味しいね。ありがとう」と
こっちが恥ずかしくなるくらい喜んでくれた。
それからしばらくして、そのおばあさん個室にうつって、そこで亡くなった。
息子さんが祖母に「スイカ美味しかった、とずっと言ってました。ありがとう
ございます」と言って、引き取っていったそうです。
スイカ見ると、そのおばあさんを思い出す。
- 463 :おさかなくわえた名無しさん :04/12/09 15:15:28 ID:XF0n4biq
- ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールド、何回行っても切なくなるのは
私だけかもしれない。
20年前、あそこに行って、世界は一つになるんだって思っていた。
20年後の今、一つどころかぐっちゃぐちゃでにこやかに人形達は笑い続けている間にも
木っ端微塵に吹っ飛ばされる人がいる。
おまけにスポンサーのそごうは夢なんか語ってる場合じゃねえ。
あのアトラクションが「ファンタジー」なのがよくわかった気がする。
年を取ったんだなあ、自分。
- 989 :おさかなくわえた名無しさん :05/01/31 04:02:22 ID:eq0j7wXc
- もうかれこれ10年前、高校生のとき。
一緒に住んでいた祖父が、小銭入れに50円玉ばっかり集めたのを私にくれた。
50円ばっかりだったけどけっこうな金額だったのでありがたく頂き、その小銭入れも貰った。
それから1年後くらいにその祖父は病気で亡くなった。
で、小銭入れの横にファスナーがついていたのだが、
なにも入っていないと思っていたのでそれまで見なかったのだが、なんとなく開けて見てみた。
そしたら百人一首やらなんやら色々書いてある紙きれが入っていた。
そしてその中に「ヤザキヤ←○○好物」とあった。○○は私の名前。
当時私が冷凍のラザニアが大好きでよく食べてたのを見て、名前を覚えようとしてたらしい。
その気持ちにも一文字しか合ってないラザニアにもグッときて泣けた。
- 29 :名無しさん@生活サロン板できました :04/10/02 11:09:53 ID:JNUhd30B
- 幼稚園のころ、一人の男の子が「あそぼ」と言ってやってきた。
なぜかは知らぬが私がその子と遊ぶのを母が快く思っていないことは察していた。
母はその子が来たことに気付いてない。
あの子の名前を出すと、母が「いけません!」というに違いない、と私は思い、
子供の浅智恵でなんとか誤魔化して遊ぼうと考えた。
その子に「ちょっと待ってて」と言って、私は母に外で遊んでいいか訊ねた。
母は、「今日の分のピアノの練習してからね」と言った。
私は仕方なく練習した。急いで、急いで。急ぐとますます間違える。
窓からちらっと見ると、冷たい風の吹く中、その子は垣根のそとでじっと立っている。
やっと練習を終え、私はまた母に「外で遊んでいい?」と聞いた。
「寒いからダメ」と、母は言った。
どうしよう、あの子が待っている。「じゃあちょっとだけ外に行ってきてもいい?」
「…いいよ」。母は怒っているように見えた。
私は急いでその子のところに行った。
「今日は遊べないの」
その子は「そっか。じゃあね」と言って、鼻水を垂らして木枯らしの中を走っていった。
長いことまっててくれたのに、申し訳ないことをした、と子供の言葉で思った。
母が「あの子と遊ぶな」オーラを出してたのは、
幼稚園生なのにしょっちゅう骨折してたこととか、
寒い日に外で居場所をさがしていたこととか、
その辺に関係があったのかどうかは今となってはわからない。
あの日に戻れるなら
垣根のところで薄着で震えながら、でもニコニコして私を待っててくれたあの子に
「またせてゴメンネ」と言って、北風の中、一緒に遊びたい。
- 157 :おさかなくわえた名無しさん :04/11/09 14:57:18 ID:kSgSAkBr
- 私の兄は体が弱くていつも母は私をほったらかし、兄の世話ばかりしていた。
私は母に迷惑かけないように、「しっかりした子」と言われる子でいた。
勉強もひとりで、遊ぶのもひとり、休日もひとり。ほしいものも我慢。
「あなたは手がかからなくて助かるわ」って言われてうれしかったけど、
やっぱもっとかまってほしかったかな。
高校3年のとき万引きしてつかまった。
ずっと「いい子」だったから初めて泣かしてしまった。
泣きながら怒られて、その攻めに耐えられなくてつい、
「ずっとさみしかった!いつもお兄ちゃんばっかり!」って言ってしまった。
途端に母は、一層泣き出し「ごめんね。ごめんね」と私を抱きしめた。
その日を境に、私の反抗期も終わり、母もやさしくなった。
高校を卒業して就職した私は、初任給をもらったことを、
「まだ4月分は給料出ないから、来月からだわ」と隠して、
母の日のプレゼントとして母がほしがってた2万円程度の時計を買った。
しかし、早く渡したくてまだ母の日1週間前なのに、
「もう黙ってられないから」と渡してしまった。
すごく驚き、「隠しておけないところがあなたらしくてうれしい」と泣いたのが、
母に泣かれた2度目だった。
さみしかったのは事実だけど、かまってほしくて犯罪を犯したわけじゃないよ。
自分の弱さをお母さんのせいにしてごめんね。
- 948 :おさかなくわえた名無しさん :05/01/23 22:41:57 ID:wN1w//Uh
- 子供向けの漫画とかでよくある、
おかず作ってる母親の目を盗んでツマミ食い、っていうのをやってみたくて、
決行した。
揚げたてのおかずををひっつかんで。
それがトンカツだったんだ。
遊び場でもしゃもしゃ食べた。
で、夕食は当然トンカツだったんだよね。
自分の皿にはトンカツがある。
でも母ちゃんの皿にはキャベツだけ。
母ちゃんのおかず、キャベツと味噌汁だけ。
夕食の間、顔が上げられなかった。
トンカツ食ったけど、紙粘土食ってるみたいだった。
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