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嗚咽 その2 より

773 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/14 12:32 ID:kpgxvcVa
息子の学校へ忘れ物を届けに行ったとき、
学校は中休みで、子供達は校庭で遊んでいた。

正面玄関を抜けた所にある花壇で、軽い障害のある子が、
上級生に囲まれて泣いていた。その中のリーダー格の一人が
「やれよ、時間がねえんだよ。やんなきゃ殺すぞ。」と凄んでいた。
頭にヘッドギアをつけた、おそらくは肢体不自由の他に知的障害もあるであろう、
特殊学級の男の子が、しくしく泣いているその姿に勝ち誇るかのように、
そう言い放っていたのは、俺の息子だった。

俺は背後から息子の髪を掴んで地面に叩きつけた。
まさかここにいるわけのない父親の顔を見て、信じられない表情の息子の
胸ぐらを掴んで立たせて、顔面を殴った。
生まれて初めて親父に殴られた恐怖に、顔をこわばらせる息子に、
「時間がねえんなら、てめえがやれや。」と俺は言った。

俺は息子をてめえなんて呼んだことはないし、ましてや殴ったこともなかった。
小さいときから、情操教育に気を使い、人に優しくあれと教えてきた。
小さい子、弱い者を守ることの美徳を教えてきたつもりなのに。
こんな陰湿ないじめをするようなガキに育ったのは、俺の責任だ、
そう思ったら、くやしくて、情けなくて、また息子を殴った。
鼻血を出してうずくまる息子を見下ろして仁王立ちになった俺を、
職員室から飛び出して来た担任が止めた。

もうこの先は書きたくないから書かないが、
帰り道で涙が止まらなかった。
全部俺の責任なんだ、そう思うといたたまれなくなった。
小学校の高学年から高校までいじめられていた俺の、
よりによってその息子が、あんなことをしていたなんて。


816 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/18 15:49 ID:+vTvU5ax
今までROMだけだったのですが頭痛がする程泣きました。

去年、高校時代の友人の妹さんが亡くなりました。
一時期は家族同然の付き合いだったのに私の仕事の都合で数年間は電話のみでのお付き合いでした。
私の離婚をきっかけに数年振りに実家に戻って家で仕事をしながら静かに暮らしていたある日の午後、友人から電話がなりました。
「妹が死んだから葬式をする。都合が悪く無かったら来て欲しい。」と。
友人は私が実家に戻っている事は知らず、親にでも連絡出来れば、と思っていたそうで。
私は急いで支度をしてお通夜に駆けつけました。
行けば友人が受付に立っています。
私は受付を代わって友人には他の御家族と一緒に席に座ってもらいました。

通夜が終わってからも私は葬儀場に残って親御さんや友人と一緒に過ごしました。
彼女の冷たくなった頬を撫で、お別れをすまし。
友人も弟さんも気丈に振舞っていましたが時間が経つにつれ涙が止まらなくなっていて。
私は傷心の御両親の代わりに葬儀の手続きの全てを任され、葬儀場の方と打ち合わせをしてから長女であった友人と相談して妹さんの為にケーキを焼こう、という事になりました。
妹さんはお菓子作りが趣味だったので好きなケーキを焼いて供えよう、と。
その日は一度友人宅に戻って一緒にケーキを焼き、次の日の御葬式の準備をして御両親を休ませて弟さんと少し話をしてから私も仮眠をとりました。

次の日、妹さんを送り出す為に棺桶に花を入れていたら涙が溢れてきました。
それでも、その場では取り乱さずに火葬場に行って骨を拾って、来て下さった方々にお礼を言って…
一日が物凄い速さで過ぎていって、その夜も私は妹さんのお骨と一緒に友人の家に帰りました。
御線香を何度もあげながらお母様と静かに話をしました。その時に妹さんの死因を初めて聞きました。
自殺だったそうです。
長い事引篭もりで学校もあまり行かずに家の仕事(自営業なので)を手伝っていた、と。
高校の時は苛めを苦に学校を辞めたが私と友人が通っていた高校の定時制に入り直した。
妹さんの部屋を整理していた時に出てきたノートには、「お姉ちゃんと大好きな先輩が行っていた学校に入れた。とても嬉しい。」と書いてありました。
お母様は妹さんが引篭もりなのを心配されて色々と遊びに誘ったりしていたそうです。
他にも悩んでいたみたいだったのに、親兄弟には何も言わなかった、と。
「あの子は●●(私の事です)が好きだったからね。もう少し早く電話すれば良かったね。そうすれば私達に云えない事も●●になら云えたかも知れないのに。」
「あの子にはきっとこの世は苦しかったんだ。だから一足先に逝ってしまったんだ。」
泣き腫らした目でそう言われました。笑っていた姿が忘れられません。
どうやら妹さんは悪い友人と縁を切ろうとして御家族と家族会議をした日の晩、一番遅くまで起きている弟さんが寝るのを待って早朝に階段のところで首を吊ったそうです。
「私があんな風に追い詰めなかったら…」とお母様は悔やんでいました。
自殺するなんて…、と私は悔しい気持ちでいっぱいで妹さんの遺影の前に座ってずっと線香をあげながら泣いていました。
気が付いたら涙が止まりませんでした。きっと御家族の方が辛いのに…、と思いながら数年前まで一緒に遊んでいた妹さんの記憶ばかり思い出しました。

その後は妹さんの部屋を整理して妹さんが犯罪に巻き込まれていた事を知ったのでご両親と相談して警察へ行ったり、妹さんの代わりに仕事をお手伝いしたりしていました。
少しでも何かしたかったのです。自己満足かも知れませんが。

今は友人とも電話を時折します。御家族も立ち直られたそうです。
もうすぐ一周忌なのでお墓参りに行きたいと思います。

最後に。
H、天国から見ているか?
お前が苦しかったの、気付いてやれなくてゴメンな?
みんながお前を愛していた事を伝えてやれなくてゴメンな?
暫く顔も見せんで不義理しとるけど、来月の命日には逢いに行く。
お前の好きだったケーキとピンクのリボンを持って。
もう苦しまなくて良いからな?
ゆっくりと…眠って良いんだよ。
今度生まれてきたら、また傍においで。一緒に遊ぼう。
お姉ちゃんとお兄ちゃんと自分と、沢山沢山遊ぼう。


長文ですみませんでした。



850 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/21 22:03 ID:NdGdJRmk
20代ですが、書かせてください。

上京して1年半経ったGWに、久しぶりに帰省した。
我が実家はS県の東部、東京からは1時間程度。
私は東京で一人暮らし。
単身赴任の父は妹と3月まで大阪で二人暮らししていたが、部下の不正の責任をとって
東京の本社戻りになっていたため、実家から東京へ通勤していた。
正月ぶりに揃った家族だが、一足先に妹が大阪に帰り、私も帰る時間が迫ってきていた。
私と両親とで駅近くのイタリアンレストランで早めの晩餐をとった。
他愛のない会話。その中で父が言った。
「二人とも帰っちゃうと……寂しくなるなあ」
……意外だった。そういうことを口にするような父ではなかったからだ。
やり手の営業マンの父が思うように仕事もできず、会社と家との往復の中で、
きっと精神的にもまいっていたのだと思う。
鼻の奥がつんとして、涙が出そうになり、私はトイレに駈け込んだ。
涙が溢れるのを押さえることしかできなかった。

……駅の改札で両親が手を振って見送ってくれるのを、私はもう正視できなかった。
しゃがんで大泣きしてしまいそうだったから。
新幹線に飛び乗り、私はトイレで泣いた。

ゴメンナサイ。うまくかけなくて。
現在、父は某県でバリパリ働いています。
定年まであと数年、思い通りに働いていて欲しいです。



852 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/22 15:51 ID:X0olI3yJ
まだ20代で申し訳ありません。
若造の戯言だと思って聴いてやってください。
もう何年も前のことです。
学校に両親から電話がありました。
先生に呼び出されて電話にでてみると、
「Tちゃんが電車にひかれた。今からおじさんのところにいくから、すぐ帰ってきなさい」
Tちゃんは、当時4歳で父の弟さんの遅くにできた一人息子、私たちにとって従弟でした。
え、何の事?と最初は思いました。冗談じゃないのか?これは夢?
電話を切り、先生に事情を説明しているうちにぽろぽろと涙がでてきてしまい、
とにかく、落ち着いて気を付けて帰りなさい、と言われ何がなんだかわからないまま帰宅しました。
北陸の田舎から関東まで、車で叔父宅へ行きました。
車中どんなことを考えていたのか、ただ、まだまだ小さかったあのかわいい従弟が、
家が遠くてまだ数えるほどしか会ってないのに、現実に、今もはうこの世にはもういないのだ、
など頭の中をぐるぐる回っていました。
叔父宅に到着し、部屋へ通されました。
小さな小さな棺がありました。
「あんまりきれいじゃないけど、もしよかったら見てやってください」
叔父さんが言いました。(続く)

854 名前:852 投稿日:02/05/22 15:53 ID:X0olI3yJ

すぐ近くに線路があり柵がきちんとしてあったはずが、
壊れている部分があり、そこから入り込んだそうです。
ちょっと目を離したすきに…
おばさんが探しにいった時はもう遅かったそうです。
皆が棺を覗き、泣いています。
私は怖くて、かわいかった顔を思い出せなくなりそうで見る事ができませんでした。
次々と流れ出てくる涙をこらえようとするので精一杯でした。
叔母さんが自分が目を離したせいで、と自分自身を責めて泣いているのを見て、
とても胸が苦しくなりました。
私は、誰を責めるものではない、なんともいえず理不尽な気持ちで
とにかく悔しくて哀しくて泣いていました。
誰も悪くないのに…
Tちゃんは言葉の発達が遅く、いろいろな所へ行ってがんばって勉強していたらしいです。
最近やっと「お父さん、お母さん」が言えるようになったのに。
まだまだ小さかったとき、いないと思ったら階段に登っちゃってたり、
トイレのなかに落ちそうになってたりしたよね。
私たち兄弟にとって、父方のたった一人の従弟。
小さな小さなかけらになったけど、忘れないよ。
今私にもTちゃんに似たかわいい息子がいるよ。
優しい叔父さん、叔母さんに負けないくらいたくさん愛してあげよう。

855 名前:852 投稿日:02/05/22 15:55 ID:X0olI3yJ
そして、叔母さんへ。
こんなことがあって、自分をたくさん責めたことだと思います。
うちの実家へ来づらいのもよくわかります。
でも、私は叔母さんのことが好きです。
祖父母は二人なりに思うところがあって、きつい部分もあると思います。
でも、せっかく縁があってこうして家族となり、皆が仲良く、とは虫がいいかもしれませんが、
何か少しでも力になることができないかと思っています。
贈ってくれた積み木や絵本、喜んで遊んでます。いつかお返しができれば、と思っています。
ココを見る事はないかもしれないけど、最後に一言。
おばさん、がんばれ!

駄文で申し訳ありません。スレ違いかもしれませんが、どうかお許しを。





     

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