旅先で出会った、忘れえぬ人たち より
- 771 名前:774RR 投稿日:02/06/04 07:51 ID:KnwUN+4W
- 中面を取ってバイク買って初めての大学の夏休み。
千葉から昔住んでた三重までツーリングを計画。
有料道路はなるべくさけて下道オンリー&寄り道しながらマターリしていた。
んが、どこかで道を間違えたらしく、へんな山合いのとこへ行ってしまい、
長野県だか岐阜県の方だかへ向かってしまった。ま、急ぐわけじゃなし、ついでに日本海方面でもいいか。
とお気楽に考えていたらば、天気が変わり豪雨に見まわれてしまった。
雨宿りをして雨が小雨になったのを見計らって出発したらば、転倒。
その際に足を出してしまったらしく、捻挫をしてしまった。仕方なく集落の見える場所まで
なんとか走っていき、助けを求めると接骨院の先生を呼んでもらえて、バイクのペダル操作ができるまで
4〜5日はかかるぞといわれた。なんでも痛め方ひどかったらしい。
悲嘆に暮れる俺を親切にも泊めてくれる人がいて、厚意に甘えさせてもらった。
よかったら好きなだけここにいなさい。と言われての離れの部屋を与えてもらった。
その夜、寝ていた俺が母屋のにぎやかさに気がつくと、その家の親戚の子らが到着したようだった。
- 772 名前:774RR 投稿日:02/06/04 08:03 ID:KnwUN+4W
- しばらくしてから、その家のお母さんが子供らを連れて挨拶に来た。
「お兄ちゃんは大学生だから、勉強みてもらいなさいよ」と。
俺は自己紹介を兼ねた挨拶をして子供達も同様にした。
最初の2日間は痛みがひどくて起きられなかったが、
3日目からは次第に歩けるようになり、子供達とも打ち解けて遊ぶようになった。
そんな中、子供達の中で最年長のカナという中2の女の子に俺は惚れてしまったのだった。
1週間後足がかなり良くなったので、お世話になった家の人にお礼をし、当初の目的地を目指すことにした。
いや、今思えば次の目的地でもあるというほうが正しいだろう。
- 775 名前:774RR 投稿日:02/06/04 08:15 ID:KnwUN+4W
- 天気も快晴。目的地へはあっという間だった。
そして三重県のとある街へと到着すると、人を待った。
カナだ。
そう、カナも三重の人間だったので、ちょうどいいから二人でデートしようと約束してたのだった。
次の日、バイクで出かけた先のラブホでセクースをしていた。
持ち金がなくなりかける結局8月の終わり近くまで俺はカナと過ごしていた。
結局、遠距離は無理という二人の合意で別れることになった。
が、これで終わるのはイヤだった未練タラタラの俺は幸運に恵まれた。
- 777 名前:774RR 投稿日:02/06/04 08:28 ID:KnwUN+4W
- 一応は別れると言ったものの、カナには彼氏もできず俺のことを好きでいてくれたので
その後休み期間にカナが千葉に来たり、俺が三重に行ったりをしばらくした後、
俺が他大の院を受けられたので、名古屋のある大学院を受けたら合格したのだった。
で、そのあとはカナの実家近くのとこにアパートを借りて半同棲を続けてる次第です。
今は就職も決まり、カナが短大を出たらすぐにでも結婚する予定です。
バイクとあのとき助けてくれた人のおかげでカナと出会えたので、すごく感謝しています。
- 806 名前:鞍 投稿日:02/06/04 23:48 ID:FVJ6/jdU
- まだ学生のころだったから10年ほど前の話。
当時免許を取りたてでうれしくって毎日バイクに乗っていた。
通学でも乗っていたし、休日も乗っていた。
でも僕の父親は僕がバイクに乗ることを反対していた。
反対されようと乗りたいものはしかたがない。
免許を取ってバイクを買って乗り始めた。
父親はやはり気に入らないらしく、僕のバイクのことには一切ふれようとしなかった。
僕もそんな父親を無視してバイクを楽しんでいた。
バイクにもなれてきたある日。
走りなれたお気に入りのツーリングコースを走っているとき、僕はコケてしまった。
結構スピードの出るコーナーでオーバーラン。
間違い無く油断していた。
コーナーの途中で曲がりきれないと気づいてブレーキ。
リアタイヤが流れはじめて、もうどうすることも出来ずそのまま膨らんで道路脇の
溝に突っ込んでしまった。
僕はバイクが溝に突っ込んだときにその横の土手に投げ出されたようだった。
運のいいことにその土手には笹が茂っていて、その笹がクッションになって僕はほとんど無傷だった。
でもフロントから溝に突っ込んだバイクは、カウルが割れフロントホイールが変形し
フォークも曲がっていた。
そのバイクを見て僕は震えた。
本気で震えてうずくまって吐き気をこらえた。
生まれてはじめて体験する恐怖だった。
しばらくしてやっと落ちついて家に電話をした。
情けない気持ちで父親に、事故をおこしたこと、僕は無事であることを伝えた。
父親が軽トラに乗ってやってきた。
まずはじめに僕を見て、つぎにバイクを見て驚いているのがわかる。
どれだけひどく怒られるだろうと思って僕は顔を上げることができなかった。
でも父親は僕がケガをしてないかだけを聞いてバイクを軽トラに積みはじめた。
僕も手伝った。
ほとんど会話らしい会話もないままバイクを積み終えた。
そこで父親が口を開いた。
「どこへ持っていく?修理するんだろ?」
まったく予想してない言葉が出てきて僕はすぐに答えられなかった。
僕はとりあえずバイクを買った店を言った。
そのままふたりで軽トラに乗り、その店に向かった。
会話は店に行く道順を説明するぐらい。
もうすぐ店に着くというとき、しばらく無言の時間があった。
僕はとにかく情けなくて申し訳なくて、父親に謝らなくてはいけないと思った。
でも何を言えばいいのかわからなくて「ごめんなさい」としか言えなかった。
そんな僕に父親はひと言「もう事故するなよ」とだけ言った。
結局バイクは修理費が高くつくので廃車になった。
僕は悩んだけど結局またバイクを買うことにした。
今度は母親が猛反対したけど、父親は反対も賛成もしなかった。
その後も父親は僕のバイクについては特に関心を示すことはなかった。
いまでも僕はあいかわらずバイクに乗っているけど、あれ以来事故はおこしていない。
旅先で出会った、忘れえぬ人たち2 より
- 148 名前:774RR 投稿日:02/06/22 12:03 ID:CzOAzaT5
- XJR400Rを買ってヤマンボ&ヤマリンズの存在を知らず
かっこいいナァと勘違いをしながら慣らし運転を終えた頃、早速遠出してみることにした。
目指すはバアちゃんの家。
200kmほどなので初心者にはおすすめかしらという感じ。
車だと高速2時間+田舎道1時間なのでバイクならもう少し早いかなと思いながら出発。
バイクの調子も運転してる自分の調子も良かったのでとても快適な旅路だった。
高速の出口と下道で少し迷ったけど2時間半で到着。
久しぶりの家屋から懐かしい顔でばあちゃんおで迎え。事前連絡ナシで行ったから
ちょっとびっくりしてたけど顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。
家からのお土産を渡して、家族の様子を話したりしていた。
しばらくしてからすぐ傍にできたという有料道路を走りに行った。
海沿いの短い道路だったけどすごく見晴らしがよくて気持ち良かった。
でまた家に戻ってバアチャンとメシを一緒に作って食べた。
それからたわいも無い話をしつつ、その日は就寝。
次の日、力仕事とか高い場所の物なんかを運んだり買い物をして一日過ごした。
3日目の夕方に帰宅だったので準備してると、小遣いとお土産を渡された。
お金の方は本気でいらなかったけど、ばあちゃんがどうしてもいうので受けとっておいた。
また休みができたら来ることを約束して実家に帰った。
一ヶ月後、また行こうかなと思ってた矢先にばあちゃんの近くに住むおじさんから電話で
ばあちゃんが危篤の知らせを聞いた。家族で慌てて病院に向かったが、すでに亡くなっていた。
ばあちゃんの家に行き葬儀の支度やらなんやらで忙しかったが、通夜も終わった夜中のまたーりしてるときに
おじさんからこんなことを言われた。
「この前OO君(俺の名前)が来てくれたことがかなりうれしかったらしくて、
あれから会う度にばあちゃん、そのことばっかり話しててサ、今度来るときには何をして
もてなそうかずーっと考えてたんだよ。」
聞いたとたん、どんな顔をしたかわからないけど、気がついたら外に出て号泣してた。
泣きすぎて息ができなかったぐらい。
その後はXJRは1300になってあの日と同じ道を使ってばあちゃんの墓へとたまに行ってる。
いまだにあの2泊3日のおだやかな日々は生涯でもかけがえのない想い出です。
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