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嗚咽 その2 より

727 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/10 10:09 ID:IRS/D63S
昨年、夫が自殺した。鬱病だったせいもあって、「とうとうやってしまった」と変にサバサバしていた。
離婚に向けての別居中で家を空けていた時だったため、向こうの親族一同に責められた。
通夜の用意の為に一時帰宅していた父に、用があり公衆電話から電話した。
すると父が「お前は何も悪くない。何を言われようと、お前は悪くない。分かってるか?」。
電話の向こうで父は泣いていた。祖母の葬儀でも泣いていなかったのに。
「お前が可哀相で、俺は泣けてくる。あいつ(夫)の為に泣いてるんじゃない。」。
今まで父は夫の味方ばかりしていたのに、夫婦仲が上手くいくように言ってくれていたと、初めて気づいた。
今は実家で、両親と子供で一緒に暮らしてる。
あの時は、あの言葉に救われた。
面と向かっては言えないけど、本当にありがとう。



728 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/10 15:39 ID:2OlbC2Lc
ちょっと違うかもしれないですが、書かせてください。


私は、去年流産をしました。
手術を終え、自宅で療養していたのですが、
そろそろ実家にも報告しないと、と言うことになり電話しました。
「泣かないで冷静に報告しよう」と思っていたのですが、
母の声を聞いた途端、涙があふれてきて
「赤ちゃんダメだった」としか言えませんでした。
十数年ぶりに、母の前で大泣きしてしまいました。
母は、「大丈夫?かあさん、そっち行ってあげようか?」と心配そうでしたが
「大丈夫、もう大丈夫だから」とだけ言って電話を切りました。

その翌日の昼過ぎ、私が寝ていると、ドアベルが鳴りました。
誰だろう?と思いながら開けてみると、
母が「来ちゃった。」と立っていました。
「来ちゃった。ってなによ、それ」と思わず笑ってしまいました。
すると母は、「あんたに食べさせたくて」と
両手に持った紙袋を差し出しました。
その袋の中には、私の大好物だったカボチャの煮物や炊込みご飯、
クッキーや、おまんじゅうがギッシリと入っていました。
昨日の晩に電話を切った後、やっぱり心配で、夜中に煮物を作り、
朝一でお店に出かけお菓子を買い、五時間も新幹線に乗り、
おどけて「来ちゃった。」なんて・・・と思うと大泣きしてしまいました。
その晩は、泣き続ける私を「つらかったね」と一晩中なぐさめてくれました。

翌日、「仕事があるから」と朝一番の新幹線で帰っていきました。

あの時は、本当にありがとう。食べ物よりも来てくれた事がうれしかった。
貴女の娘で本当によかったです。

後日、旦那が教えてくれたのですが、私が泣きつかれて眠った後
旦那に「まだしばらくはグズグズ言うと思うけど、泣かせてやってね。
それで、泣きおえたら好きなもの食べさせてやって。」と
お金をくれたそうです。
食い意地がはってるのは確かだけど・・・。


ちょっとスレ違いなのでsage

736 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/11 21:56 ID:IRhQ0gvS
友人のお母さんが亡くなりました。
身長170センチ体重推測80キロもあって、焼肉が大好きで、
明るくて、豪快で、凄い人でした。
その人が、一昨日、突然逝ってしまいました。
先月の末に会った時は、別にいつもと変わった所もなかったのに。
ただ、思い返せば、いくつもあった大きな鉢植えがほとんどなくて、
人にあげちゃったの〜と言ってたけれど、その時はふ〜ん、としか思えなかった。
いつも座ってたソファもなくなってて、どーしたのと聞くと、
うん、片付けちゃった、広くなったでしょ、と言われ、
そうだね、としか思わなかった。
お風呂で倒れて、友だちが見つけた時には、もう亡くなってたそうです。
お風呂も大っ好きだったなあ、おばちゃん。
大事な娘残して逝っちゃって、どうするんだよ〜
逝った方も辛いけど、残された方も辛いよ〜
62才、ウチの母親とほぼ同い年。他人事じゃない。
みんなも、母を大切に・・・
明日、母の日に葬儀です。

768 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/14 01:38 ID:hbU/0wUr
>いつからお母さんのいない人は白いカーネーションを買わなければ
>ならなくなったのかな・・・

詳しくは知らないんだけど、最初からじゃないでしょうか。
小学校低学年の頃、学校の図書館で読んだ本に「母の日というのは、
昔外国ある少女が、亡き母親を偲んで墓前に白いカーネーションを
お供えしたことから始まった」とありました。
その後この話を読んだり聞いたりしたことはないので、本当の話か
どうかはわからないです。作り話なのかもしれません。

私の母は、私が小学校三年生の冬に病気で他界しました。
母がいなくなって最初の母の日、私は本で読んだ話を思い出し、
白いカーネーションを買おうと花屋に出かけました。
でも、赤やピンクはたくさんあるのに、白は一本もありません。
近所にある四、五件の花屋を回りましたが、結局どこにもなく、
私は何も買わずに帰りました。
幼稚園の頃から、毎年母にカーネーションを贈っていましたが、
この日まで白は店に置いてもいないことに気づきませんでした。
うちの近所だけ、たまたま置いていなかったのでしょうか。

あれから二十年が経ちました。今住んでいるところの近所の花屋には、
多分白も置いてあるのかもしれません。だけど、母の日は何となく
外に出たくないので、未だに確かめたことはありません。

769 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/05/14 02:15 ID:sTC28HW2
今年、私の病気が原因で離婚した。
小学生の娘の親権は旦那の強い要望で旦那に渡った。
娘は旦那の実家にはあまり懐いていなかったので、
転校や環境の変化に果たして娘がついていけるのかが心配だったが
今のところは子供の順応性もあり、新しい学校で元気にやっているようだ。

まだ一緒に生活していた時、病気で不安定な私を気遣って
「ママ大丈夫?私がついてるよ!」
とまだ1年生だというのに私の方が慰めてもらっていた。
別れる時も涙は見せず気丈に振舞っていた娘。
これじゃどっちが母親なんだか解らないくらい。

ちなみに親権は旦那側だけど、私と娘が会える日は設けてもらえた。
そんな娘が予定外の先週の日曜日、ひょっこりと私の家にやってきた。
「どうしたの?今日は来る日じゃないのに?」と訊ねると
「これ。」と娘が赤いカーネーションの花束を差し出した。

そう。その日は母の日だった。

普段は我侭など滅多に言わない娘が、
旦那に「どうしてもこれをママに渡す!」と言って
無理に連れてきてもらったらしい。

母親らしいコト殆どしてあげられなかったのに。
私がACだった分、娘には親の愛情を充分与えてあげたかったのに。
まだ母親が必要な時期なのに、
もう一緒にいてあげるコトができないのに。
それでもあなたはまだ私を母親と認めてくれるの?

「この先何があっても、あの子の母親は君だけなんだよ」
との元旦那の言葉を聞いて、不覚にも号泣してしまった。

そのカーネーションは今、PCの横に飾っている。
一人暮しは辛いけど、それを見るたび娘の優しさに癒されて
また涙が溢れてくる。

ごめんね。一緒にいられなくても、ママはずっとあなたを愛しているよ。




     

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