PickUp #076  2002.07.17   <- Prev  Home   Next ->


>>一生忘れられないあの駅&列車・2<< より

169 名前:名無し野電車区 投稿日:02/06/01 04:35 ID:cFoEu1EU
高校三年の二月、家出した夜。

松本駅のシャッターが開くのを待って、窓口で東京ゆきのきっぷを購入。
寒さに震えながら乗り込んだのは、始発の5:47発中央東線立川ゆき鈍行。
スカ色の6両編成だった。当時は滅多に電車を使うことが無かったため、
これから電車に乗るのだということだけで気持ちは思い乱れ、さらに見慣
れない「立川」の文字に期待と不安が交錯する。
車内には自分以外に誰も乗客はいない。六時前とはいえ真冬の朝はまだ漆
黒の闇の中だ。
諏訪湖の畔をぬけていくうちにあたりが白みはじめ、しばらくすると、突
如燃えるような光が駆け巡った。車内は光の渦だ。眩しい。眩暈がする。
その瞬間、窓の先には、茜色に染まった白銀の八ケ岳がそびえ立っていた。

....泣いた。

185 名前:西静岡の英雄 投稿日:02/06/07 00:01 ID:???
大井川鉄道。車両はよく知らないのでゴメソ。

高2の頃、付き合ってたわけじゃないけど仲が良かった、幼馴染。
なにかとつるんで遊んでいた。
中学三年ン時にケンカして、高校2年になるまで、口もきかなかったアイツと
同じクラスになった。

文化祭の仕度やらで、残ってしまったオレとアイツ。
外は夕方から振り出した雨が本降りになって昇降口で佇む、オレとアイツ。
お互いに傘がなく、アイツは友達の傘を借りて帰るというが、
駅まで近かったからオレは走って行くとアイツに言った。
すると、アイツはオレのほうに来て、
「入ってきなよ、濡れちゃうよ?」
とやさしく傘に向かいいれた。
オレは傘を受け取り、二人で駅まで向かった。
オンボロ駅には、同じ高校のヤツラが訝しげにオレらを見ていて、オレは恥かしくて
ここでいい。と言おうとした。その時、アイツは、
「見せつけとこw」
といってオレに笑いかけた。

近鉄から下取りしたオンボロ電車に乗って、オレとアイツは帰った。
電車の中で、アイツは疲れたねって、笑った。
オレは、ケンカの事を謝ろうとするが、老朽化した線路と列車だから、
音がうるさいくて、なかなか言い出せない。
しばらくすると、アイツの降りる駅が来て、アイツはじゃぁーねって降りてしまった
オレは謝れないことが悔しくて、涙がこぼれてきた。
その時の、近鉄の「ふぁーん」という汽笛音が今でも耳から離れない。

青春の甘酸っぱい思い出でした。(長文スマソ、あんま電車関係ないなw)

206 名前:名無し野電車区 投稿日:02/06/09 16:14 ID:9zSiyo8E
やはり、大垣夜行は忘れられない。

当時の彼女とは遠距離恋愛で、電話で喧嘩すれば東京から大垣夜行で
名古屋まで直行した。(もちろん、授業はサボ。)
ボックスシートの前に足を出して、体を横に倒し、Lの字のように寝たっけ。
京都の彼に会いに行く、という人と、愛について真剣に語り合いましたね。

帰りは彼女の残り香を抱きながら、
彼女と見た月は、ずっとずっと車窓の向こうに東京まで追いかけてくる。
月を眺めながら、運命の悲しさを涙して知らない間に眠ると、
駅の発車ブザーが、メロディーに変わる熱海駅。

あぁ、また関東に戻ってきてしまった・・・

寝汗にかき消されそうな中、
沈みかけた月夜の海を眺めながら、
残り香を一生懸命探していました・・・

224 名前:名無し野電車区 投稿日:02/06/16 00:35 ID:???
大学の卒業式の日。まだ113系だった横須賀線に乗り、大学へ向かう。
明けて4月からは社会人、将来のことが不安でしょうがなく、頭の中を巡る。
電車は鶴見川を渡り、新川崎周辺の野原に入る。
そんな時に、ヘッドホンから大貫妙子の「突然の贈り物」が流れてくる。
“みんなと始めた 新しい仕事にも慣れて 元気でいるから 安心してね”
自分の中で曲と風景がマッチしたのは初めてだった。
涙がこぼれてきた。

それから時は経て、横須賀線から113系は消え、周りの環境もも変わったが、
新川崎周辺の野原はあの時とそんなに変わることなく残っている。
自分自身はもう後戻りができないほど年をとってしまった。
それでも、ボックスシートに座り、新川崎の近くであの曲を聞くと、当時の
若かった自分に、気持ちだけでも戻ることができるような気がする。

226 名前:名無し野電車区 投稿日:02/06/16 02:18 ID:???
東京の電車に乗るとなぜか寂しさ・悲しさを感じてしまう。

中学・高校の6年間を東京近郊で過ごした俺は、大学進学時に迷わず生まれ育った
地方の大学に行くことを決めた。そして卒業後もそのまま地元で就職。今の生活
は穏やかで不満も無い。

もちろん時々は友人に会うためや、仕事で東京に行く。そのとき、東京で電車に
乗ると、なぜか同じ車内にいる人の人生というものを考えてしまう。
どこから出てきたんだろうか、どんな仕事をしているんだろうか、どんな悩みを
抱えているのだろうかと。
この巨大な都市でみんな何かを背負って生きているのかと思うとちょっとこみあ
げてくるものがある。

なぜかそんなことを思ってしまうのだが、でも本当は、中高6年間の私を育てて
くれたこの街に、もう自分の居場所が無いということが一番寂しいのかもしれない。

227 名前:鬱田客車区 投稿日:02/06/16 02:26 ID:sg11J+YK
俺も阪和線乗ると切なくなるよ。
去年、大阪出張のついでに10数年ぶりに阪和線乗りに行った。
あの頃と殆ど変わらない青い電車、涙が出そうになるほど懐かしかった。
天王寺のホームで何もしないでぼーっと、到着する電車発車する電車を見送っていた。
あの頃まだガキだった俺と、今の成長した俺。
知らないところでずっと変わらずに走り続けてきた青い電車達は
俺に今を頑張れと囁いたように感じた。

232 名前:名無し野電車区 投稿日:02/06/18 01:46 ID:ySjfx81i
最初に謝っておく。俺自身は、鉄道の知識全然なし。
後輩に結構な鉄道野郎がいて、そいつのパソコン借りて使ってるうちにこのスレに来た。
正直、半分くらい意味不明だけど、楽しく読んだ。それで思い出した、子供の頃の話。

20数年前の北海道、冬の夜遅く。手稲駅から琴似駅へ向かう列車。
親戚の家から帰る途中だったと思う。母親と一緒に。あの列車は…床が木張りだった気がする。
街の中を走る列車だけど、その夜はふわふわのボタ雪が降っていて、なんだか、ずっとトンネル
の中を走っているようで。
列車の中だけが明るく、閉鎖された空間で、まるで異世界。
そんな空間を泳ぎながら、子供の俺は運転室に辿り着いた。ドア越しに中を覗き込んでいると、
目的地まであと一駅という時、運転していた若い人が「入りなよ」と、運転室に入れてくれた。
(規則は知らない。だいぶ昔の話だから、問題はないと思うが…)
運転室から見た外の様子は、まるで宇宙船のようだった。夜は深く、雪はまるでカーテンのよう
で、ライトの光が漏れて、列車はレールの上を滑るように…。
わずか一駅の区間だったが、すごく嬉しかった。お礼を言い、琴似駅に降りて振り返ると、運転手が
ドアから身を乗り出して手を振っていた。俺も手を振った。雪の降りしきる中、運転手は手を振り
ながら、列車は光の帯を残しつつ、夜の向こうへ消えていった。

琴似駅にはいろんな思い出がある。昔は踏切が手動だったりした。面白かったよ。
いまはすっかり駅の姿は変わり、周囲の交通も良くなった。これはこれでいいと思う。
でも、幼い頃のあの情景は忘れることないだろう。
あの列車は空を飛んでいたんだと言っても、俺は信じる。


324 名前:思い出 投稿日:02/07/07 23:00 ID:SLF8wZZW
上野駅。
去年、私が入学したとある短大(夜学)で入学後初めて仲良くなった友人とよく暇つぶしをして遊んだ駅。友人は私が「いけないよ!」とよく言ったのにも関わらず
上野駅にたくさんあるコインロッカーの鍵のタグ(金属製)を盗っていた。また上野駅だけではあきたらず同じようなタグのある常磐線でも
同じような行為をしていた。そのうち「タグの番号がかぶったから・・・」といって私に上野駅のそのタグをくれた。
上野駅・赤色の広小路口500番と青色のしのばず口3400番・・・。
たまたま携帯電話を機種交換したばかりだったので、ストラップがわりに両方ともつけていた。その時はあまりいいものとして、それを見ることは出来なかった。
そののち、その友人は運良くとある鉄道会社に就職。友人は学校を休みがちに・・・。ときたま学校に来ては色々な部品やタグをくれたりした。
そうして冬休みの時点ではもう学校に来る暇がないのでメールだけしかやりとりしていなかった。
そんなのが続いた春休みの終わり、その友人と連絡が取れなくなり他の友人にきいても連絡がつかず、しまいには友人のお母さんに
聞いてもわからずじまい。

325 名前:思い出 投稿日:02/07/07 23:00 ID:SLF8wZZW
やな予感がしたのもつかのま、友人のお母さんから訃報が入り・・・。
溺死だった。しかもアルコールが検出されたらしい。家出をするような奴ではなかった。たまにバカな事はしたがそれも笑い話で
済んでいたような事ばかり・・・。死ぬはずがない!と思ってはいたが、心の中ではもしやと考えていた。
そして、ふとそのとき電話を見るとそのタグが・・・。心の中でこれだけは絶対に捨てはしない!と誓った。
そして、今年JR東日本を受験。当然スーツの胸のポケットにはその2つのタグを忍ばせ試験に臨んだ。
どの試験の時も忍ばせておいた。こいつと絶対に就職するんだ!と自分に言い聞かせて・・・。
そして見事にJRに合格した。しかしそれは私の実力ではなく、こいつのおかげだと私は思っている。
それは他人がどうこう言おうともその思いを曲げることは毛頭ない。こいつのおかげでここまでこれた。
この小さな2つのタグだが、私の一生の宝物にしたい。いつ何時も肌身離さず持っていたい。
それが、何よりのその友人への供養になると信じて。
上野駅で遊んだのはまだ工事がやっている途中でリニューアルが済んだ今、その時の面影の一部は変わってしまった。
だが、今でも残っている場所がある。それは地上ホーム13・14番線付近。
そこでこのタグをその友人にもらった。今でも学校帰りに暇があればそこに行っている。その時を思い出すために・・。


321 名前:名無し野電車区 投稿日:02/07/07 21:38 ID:???
それでも電車は走っている。




     

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