PickUp #264  2004.04.04   <- Prev  Home   Next ->


No.264 いい話   より

77 :某板のコピペでつ :04/01/04 22:50
ヘタレバツイチ男は、今日も仕事で疲れきって、遅くなって家に帰ってきた。
すると、彼の5歳になる息子がドアのところで待っていたのである。彼は驚いて言った。
「まだ起きていたのか。もう遅いから早く寝なさい」
「パパ、寝る前に聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「パパは、1時間にいくらお金をかせぐの?」
「お前には関係ないことだ」ヘタレなリーマンである父親はイライラして言った。
「なんだって、そんなこと聞くんだ?」
「どうしても知りたいだけなの。1時間にいくらなの?」男の子は嘆願した。
「あまり給料は良くないさ…20ドルくらいだな。ただし残業代はタダだ」
「わぁ」男の子は言った。「ねえ、パパ。ボクに10ドル貸してくれない?」
「なんだって!」疲れていた父親は激昂した。
「お前が何不自由なく暮らせるためにオレは働いているんだ。それが金が欲しいだなんて。
だめだ! 早く部屋に行って寝なさい!」
男の子は、黙って自分の部屋に行った。
しばらくして、父親は後悔し始めた。少し厳しく叱りすぎたかもしれない…。
たぶん、息子はどうしても買わなくちゃならないものがあったのだろう。
それに、今まで息子はそんなに何かをねだるってことはしなかった…。
男は、息子の部屋に行くと、そっとドアを開けた。
「もう、寝ちゃったかい?」彼は小さな声で言った。
「ううん。パパ」男の子の声がした。少し泣いているようだ。
「今日は長いこと働いていたし、ちょっとイライラしてたんだ…ほら。お前の10ドルだよ」
男の子は、ベッドから起きあがって、顔を輝かせた。
「ありがとう。パパ!」
そして、小さな手を枕の下に入れると、数枚の硬貨を取り出した。
父親はちょっとびっくりして言った。「おいおい、もういくらか持ってるじゃないか」
「だって足りなかったんだもん。でももう足りたよ」男の子は答えた。
そして、10ドル札と硬貨を父親に差しのべて言った。
「パパ。ボク、20ドル持ってるの。これでパパの1時間を買えるよね?」

38 :名無しさん@明日があるさ :03/12/15 02:50
明らかに誰でも左遷とわかる人事だった。
プラスの要因はほとんどない。
仕事量は信じられないほど多く、大小のトラブルがひっきりなしに起こる。
20人余りの営業部で30代は自分だけ。
次に若い男性は50歳。女性も全て年上。
転勤が決まった時、会社を辞めようかと思った。
花形部門で昇進待ちだったはずが、上司に楯突いたととられて飛ばされた。
長男が生まれたばかりの妻は精神的に余裕がなく相談も出来なかった。
毎日作業に追われサービス残業でその日のうちには帰れない日々。
早朝に出社し、改善に努めても、無気力な同僚の尻拭いで元の木阿弥。
異動して3ヶ月。先の見えない毎日に消耗してきた。
そんな時、転職の話が舞い込んできた。
外資系の同業他社。悪くない話だ。
年収もアップする。まずまずの肩書きもすぐに提供してくれる。
そんなオファーに心が揺れていたら、ちょっとした事件が発生した。

39 :名無しさん@明日があるさ :03/12/15 02:50
トラブルシューティングにおもむいた50代後半の同僚が、
お客さんの逆鱗に触れて監禁されてしまったのだ。
部長はゴルフで連絡がつかない。副部長は戦力外で話しにならない。
他の奴らは知らん振りしている。おれがいくしかない。
行ってみるとカーキ色の小型バスが3台玄関脇に止めてある。
出版社じゃない。街宣車常備してる出版社なんて本業は別だろう。
嫌な汗が滲んでくる。
日教組は嫌いだし北方領土は返して欲しいとも思っているが
そんなことはなんの足しにもならないことは明白だ。
紆余曲折はあったものの、土下座し、自宅の住所・番号を教え、
今回限りの特別な対応を約束してなんとか話はまとまった。
1回目の土下座では頭を踏みつけられ、
自宅の番号を教えた時はすぐに確認の電話をかけられたりしたが、
まあ仔細なことだ。約束を果たせばいいだけだ。
本部に報告書と稟議をあげ、決済を仰いだところ、常務に呼ばれた。
稟議の細かい修正のアドバイスだった。
「もういつ辞めてもいいや、って稟議から聞こえてくるぞ」
常務はじっと目を覗き込んできた。
「お前が辛いところで悪戦苦闘しながらがんばっているのを
見ている人間はいるんだ。自分を大切にすることを忘れるな」
転職はとりあえずしないことにした。
常務とは食事や呑みに連れて行ってもらうようになった。
ダメダメ営業部も人の入換えや基盤の整備が進み
2年程で見違えるほど立派になった。
常務は専務になり、おれも課長になった。
おれも頑張っている人を見落とさないようにしよう。
そして助けよう。よりよい未来のために。
左遷されてよかったのかもしれない、と最近はよく思う。

47 :    :03/12/18 21:14
3年前の春、妻が妊娠した。
妊娠&出産なんて、今まで何億も症例があるんだし、病気じゃないって
言ってる人も多いぐらいだから、タカをくくっていた。
そんなある日の夏、妻が突然出血した。
入院、そして出産。
妊娠6ヶ月で、560グラムの女の子が産まれた。
その女の子は、半年間生死の境をさまよった。
退院は出来たが、その子の眼は、早産の後遺症によって光を失った。
でも、退院できたこと、生きて我が家に帰ってきたことが嬉しくて、
寝静まっている子供の横で夫婦で泣いた。
もうすぐその女の子も3歳になる。
未熟児のために体は小さいけど、元気いっぱい遊び回っている。
眼は相変わらず見えていないようだ。
そんなある日、一緒に風呂に入っているとき、
「パパ」って、目が見えないはずの女の子は、
こっちを向いて笑顔で話しかけてきた。初めてのことばだった。

俺がおまえの眼の替わりになってやるから、ずっと元気でいて欲しい。

107 :名無しさん@明日があるさ :04/01/25 02:49
病院でリハビリ業務してるんだがTという患者のはなし

もうかなり前の話だがTという患者が入院した
病名は頚椎損傷、第4頚椎の骨折で動くのは首から上と右手の指先がわずかに動かせるだけ
高校卒業後ある工場に就職が決まっていたそうだ。
彼女を車に乗せて家に送る途中に事故にあったらしい。
そして彼女は即死。
Tが俺に初めて言った言葉は
「死にたいです、でも死ぬこともできないんです」
上手く喋ることもできないTが搾り出すように言った言葉におれは胸が詰まった。
そんな状態な為回復は思わしくなかった
ある日、彼女の親が病室に来たらしい
そんなに長い時間はいなかったようだが、面会後そいつは赤い目をして俺に
散歩に行きたいですと言った。
短時間ならと了承した俺にそこの日記も一緒に持ってきてくれというので
日記を持って一緒に外に出た
彼女の両親はTに言ったらしい
「うちの娘は君のことが大好きだった、私たちは君を許そうと思う」
Tは泣きながらかすれた声で俺に日記を読んでくれと言った
そこにはTとの思い出があふれていた。
告白されたとき恥ずかしかったこと
指輪を買ってくれたこと、
就職が決まって嬉しかったこと
就職したら一緒にお花見に行きたいこと
俺も泣きながら読んだ

今はそいつも在宅で暮らせるまでよくなっており、月に何回かリハビリ目的で会うだけだ
電動車椅子の生活だが精一杯生きてるようだ
俺もそいつを精一杯支えていってやりたいと思う

377 :名無しさん@明日があるさ :04/03/18 23:37
入社4年目で初めての結婚記念日の日。社内でトラブルが発生した。下手したら全員
会社に泊まりになるかも知れないという修羅場なのに、結婚記念日なので帰らして
くださいとは絶対に言えなかった。5時を回った頃、T課長が俺を呼びつけ、封筒を渡して、
「これをK物産に届けろ」と言う。K物産は、隣の県にある得意先で、今から車で出ても
8時までに着けるかどうかすら分からない。「届けたら直帰していいから」と言うが、直帰も
何も、K物産に届けて家まで帰ったら、きっと11時は過ぎるだろう。

文句を言いたかったが、「わかりました」と言って封筒を預かった。中身を見ようとすると
「中身は車の中で見ろ。さっさと行け!」とつれないT課長。不満たらたらの声で「行って
きます」というと、課内の同情の目に送られて駐車場へ向かった。車に乗り込み、封筒を
開けると、一枚の紙切れが。「結婚記念日おめでとう。今日はこのまま帰りなさい」と書か
れていた。会社に入って初めて泣いた。

その翌年、T課長は実家の家業を継ぐために退社した。送別会の席でお礼を言ったら
「そんなことあったか?」と空とぼけていた。T課長、お元気でおられるだろうか。




     

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