育児板・泣いた話 より
- 479 名前:451 投稿日:02/04/23 22:44 ID:w1rX29Xz
- 451です。
私の稚拙な文章を読んでくださった方、ありがとうございます。
また、続きを書かせてください。
父の葬儀の日のことです。
お坊さんの読経の最中、中学生の兄の腕に抱かれていた私は突然、
歌を歌いだしてしまったそうです。
その歌は、父が交通事故で他界する前日まで、私を膝に乗せて歌
ってくれていた童謡の中の『しゃぼんだま』の歌でした。
当時1歳7ヶ月だった私は、もちろん葬儀も父の死さえも理解で
きないのですから、退屈しのぎだったのだと思います。
「しゃーぼんらーまーとーんらーやーねまーれーとんらー」しか
歌えず、そのフレーズばかり繰り返していたんだそうです。
父が亡くなってしばらくの間、夕食の支度をする母に「おとたん、
おしょいねー」ばかり言っていたそうです。
姉は幼い私に「お父さんは、しゃぼんだまになったんだよ」と言
いきかせて、兄は父の代わりに私を膝に乗せて歌を歌ってくれる
ようになりました。
父の死後、母は和裁の仕事をしながら、私たちを育ててくれました。
夜なべで針仕事をする母は、いつも『星影のワルツ』を泣きながら
口ずさんでいました。
物心のつき始めた私は、いつも同じ歌を泣きながら歌う母の背中を
さすることしかできなかったけれど、「どうして泣くの?」とは聞
いてはいけないんだって思っていました。
私は、今でもフルコーラスで『星影のワルツ』を歌えます。
でも、いつの日か母は、泣きながら『星影のワルツ』を歌うことは
なくなりました。
年老いて小さくなってしまった母ですが、父の分まで長生きしてほ
しいと切に願っています。
私の息子も1歳7ヶ月ですが、まだまだ歌を歌うまでに到達してい
ません。
でも、幼い時に父を亡くした私は、この息子を見て、父親の存在っ
て大事だなぁってつくづく思います。
私たち夫婦も、ささいなことでケンカをすることもあります。
でも、こうして夫婦喧嘩できるのも生きているからこそできるも
のなんですよね。
息子のためにも、夫婦仲良くいようと思っています。
- 480 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/04/23 23:04 ID:JuEMsFiW
- 色々あって旦那が家出してしまった時の事。
帰らぬ夫が気になって、私は泣いてばかりいたダメ親でした・・・
そんなある日、昼間は旦那からの連絡があるのでは!?と
外にも出れず、溜まったゴミを夜出しに行った時・・・
とても綺麗なお月様にむかって
上の子が・・・
「のんのん(月)さーん!ボクおりこうにしてるからパパ返してねぇ!」
「ママ泣いてるよぉ・・・可哀想よぉ」と。
それまで、ずっと沈んでばかりで子供の気持を察する気持の余裕すら
なくなっていた自分・・・
上の子の言葉にどれだけ励まされたでしょう・・・。
追記。今は帰ってきて家族で幸せに暮らしてます。
- 502 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/04/26 17:31 ID:OckDMjSn
- 息子が小学1年生の時、クラスメートが事故で亡くなりました。
辛い辛いお葬式でした。御遺影がスナップ写真でした。
御出棺の時、お母様が「行かない!」と言って
号泣しながら、車に乗るのを拒否されていました。
涙が止まりませんでした。
次の年、同じ季節の頃。
遊びに行っていた息子が帰宅して
「今日、遊んでたらお花が咲いてたからYちゃん家に持っていってきてん。
そしたらプリンくれたー」
と言いました。
私はとっさに号泣されていたお母様のことを思い出し
せっかく気持ちの整理もついた頃に
同級生の息子を見たらまた辛くなっていらっしゃるのではと思い
息子に「なんでそんな余計なことを!?」
と言ってしまいました。
重い気持ちのままプリンのお礼をと電話をすると
「お花持ってきてくださったんですよー。うち、小さい子がいないから
ちょうどいいお菓子がなくて。ほんとにありがとうございました。」
ととても明るい声で言ってくださいました。
ほんとに喜んでくださっているようでした。
そしてやっと息子のやさしい気持ちに気がつきました。
- 536 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/07 00:19 ID:9jQtmukU
- 予定日の翌日の朝、調子が悪くて(陣痛ではない)病院に連れてってもらおうと
旦那に電話したら「上司がダメだって言うから自分で行って」といわれて
必死の思いで病院に行った。
到着したと同時に子癇発作を起こして、母子ともに瀕死状態になった。
何とか助かったが、医者は「お子さんも奥さんも今夜が山です。覚悟して
ください」と旦那に言った。それを聞いて旦那は、上司のいう事をきいて
私を一人で病院に向かわせたことを強烈に後悔し、男泣きしながら神様に
祈ったそうだ。結局、母子ともに助かったが、「もし、私か子供が死んでいたら
どうする?」と、聞いたら「上司を殺している」と、答えた。
普段は無口でなに考えているかわからない男だが、私を子供を愛していることが
わかった。細い背中がたくましく見えた。
- 596 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/05/25 13:29 ID:6NRS42/Y
- 口よりも手が出るのが早い私の母親。
けして、そこらへんのDQN親のように
自分の子供の事の自慢などをする人ではなかった。
100点取ってきても誉めることはなかった。
そんなある日、女子高に入ったわたしは女特有のいわれもないいじめにあった。
いたづら電話はもちろんのこと、クラス全員が私を空気の存在のようにしていた。
学校に行くのが辛くなったが、
母親に言うのも出来ずに
おなかが痛いと嘘をついて学校を休み
部屋で泣いている日々が続いた。
母親は分かっていたようだ。
私の部屋に入ってきて
「なにかんがえてんの!」
と私の頭をおもいっきりたたいてきた。
「そんなわけのわからん連中のやってることなんて
鵜呑みにするんじゃない!しゃきっとして学校にいってこんかい!
なんともないわいってふりして、学校に行け!」
むりやり制服を着られ、半分追い出されるような感じで部屋からだされた。
玄関でしぶしぶ靴をはいている私の背中に、
母はそっと両手をかけてこういった。
「私があんたのことをいちばんわかってる!
なにがあっても、おかあさんはあんたの味方だから!
がんばっていってこい!」
最後に背中をまた思い切りたたかれた。
そんな母もその2年後に病気で亡くなった。
私は社会人になって母になってから、その後のいろんな困難も
母のあの言葉を思い出して乗り切ってやっている。
長文スマソ
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