PickUp #500!  2008.05.24   <- Prev  Home   Next ->


No.500! 嗚咽その10 より

210 :大人の名無しさん :2007/05/21(月) 18:53:21 ID:O3lezlPf
私のお母さん(57歳)は末期ガンで先日入院しました。
あと半年の命だと言われました。

「手術出来ない」と言われて8年。
ずっと自宅療養で薬の副作用に耐えながら生活してきました。
本当に良く頑張りました。
だけど、とうとう体力が無くなり入院となりました。

入院当日、迎えに行った私に
「今日は長くなりそうだし、あんた腹減るやろ?」
と、アルミホイルに包んだお手製のオニギリを私にくれました。

お母さんはもう食べられないのに。
味覚が麻痺してるのに。
水も飲めないのに。
支えが無いと歩けない状態なのに。

私の為に。

美味しかったよ。
私はあなたを一生追い越せないよ。
お母さん。

630 :大人の名無しさん :2008/02/17(日) 17:10:29 ID:ZSSPxJGD
会社で、私の隣の席の男性が突然死してしまった。
金曜日お酒飲んで、電車で気分悪くなって、
途中下車して駅のベンチで座ったまま亡くなってしまった。
死因はスカッシュをやって亡くなった宮様と同じもの。享年55歳。

でもみんな、分かっていた。
この人仕事のし過ぎで亡くなったんだって。

私はそのとき祖母の納骨で地方にいた。
お通夜は出れなかったが、その日のうちに東京戻って、翌日は休みの予定だったけど、会社行った。
上司に言われて花を買いに行った。

「社員の人が亡くなったので、机に飾るお花にしてください」

花屋さんで、泣いた。こんなことは初めてだった。
綺麗だがとても香りの強い花で、今でも私はその香りを嗅ぐと涙が出る。

亡くなった時に持っていたカバンには、家で仕事をするための膨大な資料、
会社のPCにはやりかけの仕事が山のように入っていた。
とりあえず私を含めた三人で割ったが、それでも追いつかない。
仕事の中にはとても単純だけど、時間のかかる作業とかいっぱいあった。

何度か言ったことはある。
やることあったら言ってくださいね、と。
その人は穏やかに笑って、じゃあ考えておくね、と。
いつもこの繰り返し。

膨大なデータを集計しながらまた涙。
なんでもっと強く言って、仕事をぶん取らなかったんだろう。
私がこうした単純作業だけでも引き受けていたら、
この人は死なずに済んだじゃないだろうかと後悔ばかり。

631 :大人の名無しさん :2008/02/17(日) 17:12:25 ID:ZSSPxJGD
そんな中、その人の家族が荷物を引き取りに来た。
小柄で華奢な奥さんと、真面目そうな女子大生。一人一人に丁寧に挨拶。

私の番になった。奥さん、私の名札を見て小さく笑う。

「何度か主人から聞いていました。
 職場にとても真面目で優秀な女性がいて、
 いつも仕事ないですか、何でも言ってくださいね、
 って言ってくれるんだ、って。
 あなたのことですね。
 主人はとても感謝していましたよ」

会社だし、他の部の人もいるし、とかそんなこと関係なく泣き崩れた。
ありがとう。私のことそんな風に思ってくれてありがとうって思った。

早いものでもう来月は三回忌。

私はそのとき以来、部員の仕事量も観察して、一人の負担にならないように
自分に出来る仕事はぶん取ったりすることもある。

この間、亡くなった男性の仕事を引き継いだ男性から言われた。

「もしあなたがいなかったら、
 俺は仕事に追い詰められて死んでたかもしれない。
 笑い話じゃなく、本当に。
 だから、ありがとう」

その言葉で、やっと救われたと思った。

377 :大人の名無しさん :2007/09/13(木) 16:22:23 ID:6/KfV8za
2年前にHIVに感染しているのを知った。
自業自得だと思った。
ただ地元にいては色々不都合があるため一人で他の町へ行った。
死にたい、と思っていたが死ぬことはできず、
治療も受けないまま現在に至っている。
友達に会うと「大丈夫、大丈夫」と笑顔で答える。
大丈夫なんかじゃないけど、
深刻な顔をして友達が困るのを見たくないから。

先日、青空の下で親友とビールを飲んだ。
俺はずっと親友だと思っていたが、
その時俺たちが親友だということを初めて口にして話し合った。
「生きていて欲しい」
と親友が泣きながら俺に言った。
俺も全然大丈夫ではない、死にたいとずっと思っていることを伝えた。
二人で周りに人がいることもお構いなしに泣いた。

生きたいと初めて思った。

597 :大人の名無しさん :2008/01/27(日) 18:57:02 ID:JwHC6Bhu
どこにかいたらいいかわからんからちょっと書かせてくれ
昨日4時22分に母が亡くなった
風邪一つ引かない元気な母だった。

僕が幼稚園に入るころもう父はいなかった。
借金作って逃げたらしい。
朝は4時に起きて俺らの弁当作って6時から17時まで弁当屋でパート。
帰ってきたら晩飯作ってすぐに出て行って11時までパチンコ屋で掃除のバイト。
休むのは月に3回あればいいほう。
そうやって僕と妹は育てられた。

反抗期なんてほぼ無かった。
あんなに頑張る母親を見て反抗なんてできるはず無かった。


いや・・・一度だけあった。


クリスマスの2,3日前ゲームボーイが欲しいとねだった。
友達がみんなゲームを持っていたのに自分だけ持ってないと苛められると。
何故あんな嘘をついたのだろう・・・。

母は「ごめんね・・・」と顔をくしゃくしゃにして泣いた。
僕も何故か悲しくなって家族3人でボロボロ泣いた。
その日は3人とも同じ布団で抱き合って寝た。

クリスマスの日の夕食はおでんとケーキだった。
母親は子供のようにはしゃぎ、歌い、最後に「はい」とプレゼントを渡した。
古いゲームソフトだけを買ってきた。
「これだけじゃできないんだよ」と言おうとしたけどうれしそうな母の顔を見ていえなかった。

598 :大人の名無しさん :2008/01/27(日) 18:58:34 ID:JwHC6Bhu
あれから20年、兄妹そろって大学まで出してくれた。

俺も妹ももう就職したしこれからは楽させてあげるから仕事やめなよ。っていったのに。
働いてなきゃボケるって・・・そんな年じゃないだろう。
どっか3人で旅行にいこうよっていってたのに。
妹の結婚式みるまでは死ねないっていってたのに。

なんで末期癌になるまで働くんだよ・・・。
何度も病院いこうって言ったじゃないか。
先生もいってた「あんなに我慢強い人見たこと無い」って。
看護婦さんに「迷惑かけてごめんね」ばっかり言ってたんだってな。
いっつも人のことばっかり気にして・・・。

震える手で書いた枕もとの手紙・・・読んだよ

「耕ちゃんへ
 小さいころはいつもお手伝いありがとう
 あなたはわがままをひとつも言わないやさしい子でした
 妹の面倒も沢山見てくれてありがとう
 あなたが生まれてきてくれてほんとうにうれしかったよ
 あなたのお嫁さんを見たかった

 梓へ
 女の子なのにおしゃれをさせてあげられなくてごめんね
 いつも帰ったら「ぎゅっとして」といってくるあなたに何度私は救われたかわかりません
 あなたはあなたを愛する人を見つけなさい
 そしてその人のために生きなさい

599 :大人の名無しさん :2008/01/27(日) 18:58:54 ID:JwHC6Bhu
 死は誰にでも訪れるものです。
 悲しまないで
 あなたがもし辛いことがあったらいつでもあなたの枕元に立ちますよ なんてね

 あなた達の母親で良かった
 また生まれ変わってもあなた達の母親でありたい。
 それが私の唯一つの願いです
 体に気をつけて。
 寒いからあたたかかくして。
 それから・・・それから・・・きりが無いからやめとくね
 たくさんたくさんありがとう」

お母さん・・・手紙涙でにじんでボロボロだったよ。
だから紙を買ってきてくれっていってたんだね。

お母さん・・・ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・

まだ遊んでるよ。
プレゼントしてくれたスーパーマリオランド




     

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