思い出してホローリくる家族との思い出 より
- 423 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:01/09/20 14:37 ID:p3hqjO.U
- 一昨日、テロ騒ぎのNYから帰国した。
呑気な観光旅行だったんだけどそれも一変。
家族に連絡とろうにも電話がつながらない。それでもやっと
翌日に電話がつながって一緒に住んでる姉としゃべることができた。
最初のうちは事務的なこと(日本への飛行機の話とか、米国内での連絡先とか)
を話してたんだけど、ぽつりと姉が
「もう死んじゃったかと思って眠れなかったよ…」と言った。
一気に泣けてきた。
無事帰国してから家に帰ると実家から送られてきた私の好物の数々
…おはぎとかシュークリームとかおこわとか餃子とかが
どっさり冷蔵庫に入っていて、その取り合わせの悪さにひとしきり笑ったあと
またこっそり泣いた。
家族が大好きだ。
- 448 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:01/09/23 10:24 ID:3rFGGxd2
- 私の夫の話。
夫が5歳のとき、初めて覚えた電話番号がおじいちゃんとおばあちゃんの家
の番号だった。
夫は嬉しくておじいちゃんに電話をかけた。
爺・・「お、○○(夫の名前)、突然どうした?」
夫・・「あのね、自転車が欲しいの」
初めてかけた電話でおねだりをする夫・・・・。
その日の夕方、夫の家に突然おじいちゃんが自転車を持ってやってきた。
普段はとても口数が少なく、とても厳しい昔の男のおじいちゃんも、孫で
ある夫にはとても甘かった。
そんなおじいちゃんも夫が13歳のときに他界。
痴呆が少し出てしまっていた入院中、夕方5時のサイレンが鳴るたびに
「○○はちゃんと防空壕に入ったか?」
と、か細い声で付き添いの人に聞いていたらしい。
おじいちゃんが他界したとき、夫は狂ったように泣き喚いたそう。
私は祖母と仲が悪かったので、話を聞いてとても夫が羨ましかった。
彼の優しい性格はそんなところから来てるんだなと実感した。
私もおじいちゃんに会いたかった。
「○○の嫁です」って言ってみたかった。
- 468 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:01/10/01 22:01 ID:wYLJk21A
- 海の見える病院にて。
すごく天気のいい日で、点滴やら何やらチューブにつながれ、
酸素確保のために、咽喉の切開をして声も出なかった父が外を指差す。
『パパお天気いいね?』といったら、
自分と私を交互に指差し、外を指差す。
『お散歩?今はダメだよー』といったら、
すごく怖い顔と悲しい顔をした。
『今じゃなきゃだめなんだよ』と言いたいのがハッキリわかった。
絶対外に出れない状態なのに。
それから2日後、やっぱりお天気のいい朝に亡くなりました。
今でもお天気のいい日はチョット悲しくなります。
- 505 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:01/10/06 20:51 ID:85psh5Hg
- 結婚したその次の年の正月に、縁遠くなっていた父方の祖母の家に行った。
おばあちゃんに会ったのはおじいちゃんの葬式以来だったので6〜7年振り。
すっかり小さくなってしまったおばあちゃんは私と夫の為にと
お酒の後に白飯と塩鮭を焼いてくれて、それがとても美味しかった。
それから2ヵ月後に老衰で亡くなったんだけど、その時親戚のおばちゃんから
「おばあちゃんは、○○ちゃん(私)が来るのをほんとに楽しみにしてたんだよ。
台所もピカピカに磨いて待っていたよ」って。
そういえば台所に立った時に流しとかレンジ台がピカピカ光ってるなぁ…と
感心してたんだけど、立ち上がるのも苦労のおばあちゃんが
そこまでして待っていてくれたなんて思わなくて
棺桶のおばあちゃんの顔を見てボロボロ泣いてしまった。
小さい頃はおばあちゃんが大好きでよく遊びに行ったけど
思春期以降は数えるほどしか会っていなかった。
今更だけどもっと遊びに行っておけばよかったと思います。
- 519 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:01/10/07 13:07 ID:bbRzewa6
確か高校生くらいの頃だったと思うけど。
中間だか期末試験だかが間近で、俺は夕食中にも教科書を広げていたさ。
んで、母親に「もう、こんな時にまで勉強してないで。そんなにそれって
難しいの?」って聞かれて、昔から解らないことは何でも親に聞いて育った
俺だったから、立場が逆転したのを感じてちょっと頭に乗って、
「うん、難しいよ。まあ、母さんみたいな短大卒には絶対解らないね」
とか言ってしまったんだよ。
泣かれた、無茶苦茶泣かれた。と言っても別に悔しいから泣いたって訳じゃなくて。
母親が俺の父親と結婚するとき、母方の祖父母が父方の祖父母に挨拶にいったんだけど、
その時母親の父が中卒だったってことで、当時ブルジョアだった父方の祖父母に
酷く馬鹿にされたんだそうだ。
母親はそれがたまらなく悔しくて、すごく悲しかったらしい。
で、俺までそんな偏見を持ってしまったのかって泣いてしまったんだと。
その話を聞いて、俺はもう自分がたまらなく情けなくなった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」ってもう何度も何度も謝って、
その日は夕食後もしばらくベッドにうずくまって後悔しまくってた。
それまでは、俺の幼馴染の優等生の母親が数学の教師で羨ましいと思っていた
んだけど、その日以来俺は母さんが母さんで良かったなあって思っている。
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