PickUp #329  2005.01.30   <- Prev  Home   Next ->


No.329 (⊃д`) せつない想い出 (´・ω・`) より

221 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 02:14 ID:ogNdXADa
大学時代にDという友人がいました。
そいつは性格もすっごく良くて、女の子達にも人気があったんだけど、
彼女はいませんでした。いつも、断っていたんです。
まだ、償いが終わってないからと。

Dには高校時代にSという彼女がいたんです。
でも、Dにはプログラマーになりたいって夢があって、
そのためにとある有名大学に入りたいから、受験の間だけは勉強に専念したいので、
会えないと彼女に言ったそうです。彼女は了解しました。
猛勉強の甲斐あってDは合格しました。そしてSが亡くなっていたことを知りました。
病死だったそうです。
Sは入院中、Dは今が大事な時だから彼には入院のことは知らせないでと言っていました。
そのため、その時までDはそのことを知らなかったんです。

Dは大学卒業後、大手IT企業に就職し、プログラマーとなりました。
その後僕はDとの連絡も途絶えがちになり、疎遠になっていきました。

そして5年後、Dの死亡通知が届きました。
享年27才でした。
過労死だったそうです。稼いだ金のほとんどを、病気で苦しむ人々
を支援する団体への寄付につぎ込んだそうです。
葬儀にてDの顔を見てショックを受けました。
たった5年でここまでボロボロになるのかなって。
それぐらい痩せ細っていたんです。

どうすればよかったんだろう。本当にこれでよかったのかな。
今となっては、もう遅いけれど。

408 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/04 12:26 ID:0EiORnLO
かなり前の話だが。
小、中と同じで高校に上がる時別れた奴から、10年位ぶりに電話があった。
小学校の頃はよく遊んでたが、中学になるとよく遊ぶグループが別になって
ほとんど話もしなくなった奴だったから、突然の電話に驚いた。

「多分覚えてないだろうけど、小学2年の時、俺がいじめっ子に殴られた時に、
 周りは皆見てるだけだったのに、お前だけ俺が殴られた事に腹立ててくれて
 そいつに殴りかかってくれたんだよな。礼、言ってなかったからさ。ありがとう。」

うっすらと覚えてて、懐かしい話だと思い2,3分だけ思い出話したんだよ。
今思えば、もう少し話しておけばよかったと思う。

それから半月もしないうちに、そいつは癌で死んだ。
葬式に行って、なんであんな電話が突然あったかやっと分かったよ。
アルバム整理してたら思い出して、ちょっと誰かに聞いて欲しかった。
いい奴だったんだよ。そいつ。

484 :名無しさん@HOME :04/03/05 20:09 ID:C1zD+Hq1
私が小学生の頃両親が離婚
私は父に引き取られたが、ご飯一つまともに炊けない父との暮らしは
かなり大変で事あるごとに
「お母さんがいれば」みたいなことを口走っていた。
そんなある日、父が「お母さんに会うか?」
っていいだして父に連れられて母に会うことに
待ち合わせの場所で母にあって「お母さん!」って飛びつこうとしたら
母がなぜか体を引いたんだよね
びっくりしてしばらく固まっていたら
「ゴメンね..お母さん、おなかに赤ちゃんがいるの」
それから母と一緒に一日過ごしたけれど、どこかぎこちなくなってしまって
夕方家に送ってきてくれた時に「また会おうね」って言って
ぎゅって手を握ってくれたのに
その手を振り払って家に逃げ込んじゃった。
結局それ以来母に会うことはなかったけど、あの日のと同じ
夕日を見るたび、母の手の感触を思い出して
ちょっぴり切ない。

672 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 17:48 ID:hrgGMYxz
子供の頃、離婚した父が月に1回だけ会いに来た。その日は母が朝から出かけて、祖母と
待ってると父がやって来る。1日中父にまとわりつき、一方的に喋る俺を、父は満面の笑みで
見つめてくれた。

夕方になると父は帰るので、通りのバス停まで祖母と二人で父を送っていった。バス停が近く
なると俺は無口になり、父の言葉にただ頷くだけだった。バス停に着くと、バスの来る方角を
見ながら、ずっとバスが来ないで欲しいと思っていた。

やがてバスが来ると、父は短く「またね」と言って、祖母に一礼して乗っていった。顔を上げると、
父はやはり満面の笑みで手を振ってくれた。ずっと、バスが角を曲がるまで、その笑顔がだんだん
小さくなっていくのが悲しかった。

やがて母は再婚し、父は来なくなった。母の再婚相手に俺はなじめず、とうとう「父」とは呼べ
なかったが、俺と母をきちんと養ってくれた。少し大きくなった俺は、父のことを口にしないのが
礼儀なんじゃないかと思うようになった。

俺は社会人となり、結婚して息子が生まれた。7歳になった息子は俺にすごく懐いている。
単身赴任中の俺は、週末だけ家に帰る。日曜の夜には赴任先に戻るので、妻が駅まで車で
送ってくれる。去ってゆく車の中から俺に手を振る息子に、俺も見えなくなるまで満面の笑みで
手を振っている。

笑顔の人間が心の中まで笑ってるわけじゃないんだなぁと、この歳になってやっと実感できた。

851 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/11 01:59 ID:rOP3x8p5
幼稚園の頃、一度だけ父が夕飯を作ってくれたことがあった。

いつもなら、母が不在の時は、近所の親類宅に厄介になっていたのに、
何故か、その日だけは父が食事を作ってくれた。
優しい子煩悩な父だったが、如何せん“男子厨房に入らず”な教育を
受けて育った人だったので、それまで料理なぞ作った事もなかったと思う。
それが、子供のために悪戦苦闘して台所に立つ姿は、幼心にも胸に迫る
ものがあった。
案の定、料理は失敗し、父はすまなそうに謝りながら食卓に並べた。
硬い御飯、真っ黒に焦げた大きなオムレツ、塩っ辛いホウレンソウ炒め。
三十年以上経った今でも、鮮明に思い出す。
でも、私には、それらはとても美味しく感じられたのだ。
苦くてジャリジャリしたけど、お水をガブガブ飲むほど辛かったけど、
美味しくて美味しくて、一生懸命沢山食べたと思う。
帰宅した母に、父は『○子は良く食べる』と嬉しそうに報告したそうだ。

結局、父の手料理を食べたのは、その時一度っきり。
今、父は、体も心も少しずつ動かなくなる病と闘っている。
お父さん、あの時の料理、美味しかったよ。
お父さんが忘れても、私がずっと覚えているからね。




     

PickUp #329  2005.01.30   <- Prev  Home   Next ->



SiteOwner:hiroshu29[atmartk]hotmail.com
Copyright (C) 2002-2005 泣ける2ちゃんねる