PickUp #104  2002.09.04   <- Prev  Home   Next ->


ちょっとせつなくなった食事の風景 より

11 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/02/12 15:04
食事じゃなくてスマソなんだけど、
小さいころに見た風景で忘れられないものがある。

ショッピングセンターのなかの休憩所のベンチで、
侘しげな風体のおじいさんが持ち込みの
牛乳とアンパンを食べていた。
そのおじいさんがパックに入った牛乳を
コップに移し変えていたんだけど、
最後の一滴がコップの中に落ちるまで
ずーっとずーっとパックをかたむけていた。

子供心に、「おじいさんご飯一緒に食べる人いないのかなぁ」とか
「牛乳、たくさん買えないのかなぁ」などと考えてしまい、
とてもせつなくなったことを覚えている。

それ以来、嫌いだった牛乳を残さず飲める子供になった。

79 名前:ー 投稿日:02/03/31 01:56
うちは、私(女)と弟と父の3人家族。
弟が事件を起こして鑑別所に入っていた時の事。
一緒にお昼を食べていた父が箸を置いて、突然「俺がしっかりしてないから
こんな事に・・・お前には迷惑かけるなぁ。」と号泣した。
私も抑えきれなくなって泣いてしまった。ほっかほっか亭の「おろし焼き肉
弁当」を食べている時だった。

当時の食事は気持ちが重くて、どれも美味しくなかったなぁ。

103 名前:哀れな母ちゃん 投稿日:02/05/22 21:26
浅草のマックで向かい合って食事する小4くらいの息子と
その母ちゃんとオボシキ2人を見た。
息子は店に入ってきて喰い終わって出ていくまでずッ〜〜〜〜〜〜〜ト漫画ボン読みっぱなし。
母ちゃんの顔見ることもなく、もちろんただのひとっことも言葉を交わすこともなくかった。
母ちゃんは話しかける事もなくじっと窓の外を見ていた。

あんな子供だったら欲しくねえ、、、と一瞬思ったが、よく考えたら
オレも子供の頃ああいうことしてたかもしれねえ!?と気がついて、いたたまれなくなった。
ゴメン母ちゃん、、、

117 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/05/31 03:48
正月の孤独ってツライよね。
私は大晦日久々に実家に帰ったとたんオヤジに酷いことを言われ、いたたまれなくなって
紅白の途中で家を飛びだしその晩の内に自分の家へトンボガエリした。

帰りがけコンビニで自分ひとり用の正月食品と
インスタント年越し蕎麦を買ってすすった。
さっき大掃除したばかりで片づいた部屋がやけに寒々しかった。

家族がいなくなるとこんな感じか、とおもった。

127 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/06/30 00:57
留守番で祖父と二人で夕飯を取ることになった時。

当時ろくに火もつかえないガキだった自分の為に、
オカンはハイカラにも手作りのミートソースのスパを
作りおいてくれた。
自分にはウマーだったが、昔人の祖父には、パスタ
なんぞは食いモノの範疇に入っていなかった。

祖父「米の飯はないのか?」
私「ないよ」
祖父「米の飯でなけりゃんなー…」
あと、祖父が何言ったんだか覚えてない。多分美味くないだか
食った気がしないとか言った。そのあと自分、ほとんど手をつけずに
残された祖父の分のミートスパを泣きそうになりながら食っていた。

貪り食ってた。

オカンが普段作らない料理を一生懸命作ってくれたのに馬鹿にされたのが
くやしかったのか、あるいは自分がそれなりに美味いと思ったものを
馬鹿にされたのが悲しかったのか…

今でもあのときの寂しさの理由が分からんが、思い出すと寂しい。

134 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/07/02 20:18
つい先週の昼下がり。
両親共働きの環境で育った漏れにとって、幼い頃から
様々なことを教えてくれたりと面倒みてくれていたじいちゃんが
十二指腸潰瘍と痴呆で入院したとのことで見舞いにいった。

やせ細った棒のような体と濁った目。
2ヶ月前まで元気だったじいちゃんの面影がほとんど無かった。
漏れの事もよく分からない有様で、
その病室でカップラーメンを食べている時本当に切なく
胸が締め付けられる想いだった・・・。

ただ、最期に病室出る前に手を握った時
「○○の手ぇ、あったかいなぁ〜」
と言われたのが嬉しかった・・・。

141 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/07/06 01:22
仕事が忙しく徹夜続きで、やっと帰った一人暮らしの部屋で、
ホカ弁買って食べ始めたものの、数分でそのまま後ろに倒れて爆睡。
気が付いたら箸持ったままで、朝になっていて、カピカピのご飯が
そのまま朝食になった。で、ふとカレンダーを見ると前夜は自分の誕生日。
25才の女のすることじゃないなー、と寂しくなった。

148 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/07/23 19:39

自分は母子家庭で、子供の頃から一人でメシ食った事しか記憶がなかったし
母親は嫌な事があると、夕飯の時オレに当たりまくった。
「こんな嫌な思いをしながらメシ食うのはコリゴリだ」って心に誓ったっけ。
23の時、通い同棲するような彼女が出来たんだけど、仕事が終わった彼女が
オレのアパートに着くのは20:00過ぎだった。
で、メシ一緒に食いたかったから、食わないで待っていたら「毎日、待ってて
何なの?アタシの帰宅が遅いっていう当てつけ?」って言われた。
悲しかったし、弁当を半泣きで食った事も忘れない・・・
好きなとんかつ弁当だったんだけど、あんなにマズく感じたのは初めてだった。

今は晩メシなんか食ってない。毎日ビール飲んで、眠くなるまで飲んでる

157 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/07/25 23:16
ガキの頃、晩飯のおかずが気に入らないものばかりだったので、
母に「もっとなんかないのー?」とごねた。すると、普段は寡黙な父が、
「お前は三度三度白い飯が食えて、何が不満なんだ」とぼそっと言った。

昭和一桁で戦中派、東京生まれ疎開世代の父は、あまり語らないけど
食い物にはつらい思い出が多いんだろうなぁ。

でも、今は隠居した父は、母と一緒にあちこち旅行に出かけ(海外含む)、
「旅先でうまいモンなんかありゃあしねぇんだよ」とのたまう罠。

163 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/18 00:37
嫁いで3年ほどたったときのこと。
私の実家に行き、両親と私たち夫婦で食事をした。
父は、脳梗塞をわずらい、退院した直後だった。
久々の娘夫婦の来訪に両親は喜び、母は、父の退院祝いもかねて
ご馳走を作った。父の好きなものも沢山つくった。

けれど、父は右手を自由に使うことができず、箸で刺身をつまもうとして、
何度か落としてしまった。
何回目かに、醤油皿の上に刺身を落とし、醤油が周囲にはねた。
神経質な夫が少し顔をしかめた。
すると、それまではしゃいでいた父親が、
「もういいや、ごちそうさん」と席を立った。
娘婿である夫に不快な思いをさせないために....。
大好物の帆立の刺身を食べることもなく.....。

そのあと、父の気遣いを当然のことのように、無神経にむしゃむしゃと
飯を喰らう夫に無性に腹が立った。

今は、父も他界した。その夫とも離婚し、再婚している。
けれど今でのそのときの食卓を思い出すと切なくなる。

今の、能天気で酒飲みで安月給だけど気だけは良い夫が、あの席にいたら、
父との最後の食事は、違ったものになっていたかもしれないと思うと......。




     

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