No.328 思い出してホローリくる家族との思い出Part2 より
- 440 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/05/05 15:27 ID:???
- オレが8歳のとき母が癌で亡くなった。
5歳上の姉と3人暮しになったが、掃除洗濯食事の用意など
自営の仕事をしながらすべて親父がやってくれていた。
オレ達姉弟の事が不憫だったんだろう。
ある日親父が晩飯の用意をしてる時、炊飯器から保温ジャーに御飯を
移そうとしてこぼしてしまった。親父は、あ〜あと言って拾いながら
涙ぐんでいた。情けなくなったんだろう。
それを見てオレと姉もポロポロ泣いた。
- 452 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/05/06 22:58 ID:nQT0eBiA
- 中学生の頃、母が病気で入院する事になって、冬休み中だった私が
家事を引き受けることになった。
慣れない事で失敗ばかりだった私を見ても、父は怒らず、
「出来る事だけのんびりやっといてくれたらいいから。」と笑っていた。
家事にも慣れて来た頃、私は父が店屋物や出来あいの惣菜などが嫌いなことを
思い出し、「お弁当、作ってみようかな」と思いついた。
手際が悪いから、朝5時から作っても、父の出勤時間にようやく間に合うような有様だったので、
当然見た目も、母の作ったものには到底及ばず、味も自信なし・・・。
でも父は、「今日の弁当うまかった、明日も頼むな。」と言ってくれていた。
(食事の時間、苦痛だったろうな・・・と思う・・・。)
そんなある日、父が忘れた設計図を届けに行く事になって、会社につくと、
ちょうどお昼時で、事務員さんに断って、設計部の部屋に行くと、
中から父や会社の人たちの会話や笑い声がしていた。
中に入ろうとノックしようとした時、父の同僚の人がこう言った。
「最近、なんだかお弁当がいつもと違うようですけど、奥さんと喧嘩でもしたんか?」と。
父は「これは、娘が作ってくれたんだ。」と答えた。(母が入院している事は、
会社の人には言っていなかったらしい。気を使われるのが嫌だったらしい。)
私は凄く恥ずかしくて、泣きたくなった。
私のせいで、お父さんが恥をかいたんだと思った。
その場を離れ、事務所に戻り、事務員さんに設計図を父に渡してくれるように頼み、家に帰った。
その日の夜、帰ってきた父はいつものように空になったお弁当箱を私に渡し、
そして、その後で、ケーキの入った箱を差し出した。
「ご飯の後で一緒に食べような。」と言いながら。
辛党で、甘いものなんてめったに食べない父なのに。
箱を開けてみると、中にはショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ、シュークリームなどなど・・・10個も入っていた。
「何でこんなにいっぱい買ってきたの?」と聞くと、
「お前の好きなケーキ分からなかったから、店の人に適当に詰め合わせてもらったんだ。」と。
ご飯の後、二人でケーキを食べていると、父が言った。
「・・・明日もお弁当頼むな。」
父は事務員さんから私が設計図を預けていった事を聞いて、私がお昼の時の話を聞いていたことを察したのだ。
その後食べたケーキの味は覚えていない。
泣きながら食べたので、喉につかえるような感じがしたのは覚えているが。
父は私が高校を卒業した年に、病気で亡くなった。
今でもケーキを見ると、父のことを思いだす。
そして、今、旦那にお弁当を作っている時にも、よく父のことを思い出す。
不器用だったけれど、誰よりも優しかった父のことを。
父が死んだ時、形見分けに、衣類やタイピンなどと一緒に、その時のお弁当箱を貰った。
暇な時に時々取り出して眺めている。
- 557 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/05/25 05:01 ID:U236828k
- 3年前父が急死したとき
父の洋服を知り合いに形見わけした母を見て、パパッ子だった私は
まだ葬式から間も無いのにひどいと泣いてしまった。
母は『タンスの置くにしまってくさるより、もらってくれる人に渡すほうがいい』
と言って、かなり大量に譲っていた。
そんな母を幼稚な私は冷酷な人とさえ思った。
その事を結婚し独立していた兄に愚痴った。
すると兄は一枚のど派手なセーターをみせてくれた。
昔たけしが着てたようなヤカラチックなそのセーターは私が父買ってきたもの。
『コレは特別な物だからって俺にくれた』と兄。
バカな私はサイズもわからず買ってきたので、チョットぶかぶか
でも、周りに娘から貰ったってはしゃいで自慢していた父の姿が浮かんだ。
派手好きだった父はとても気に入ってくれてたな…と
思い出すと涙が出てきた。自分の幼稚さにも気づいて恥ずかしくなった。
3年たった今。
派手好きだった父の服をはずかしそうに、でもとても大切に着てくれてる人が
何人も線香をあげにきてくれる。
そのたびに私は父に会えたような気がする
ありがとね、お母さん
- 786 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/07/09 23:20 ID:ow/JMCdn
- 保育園児だった頃、夜中に怖い夢を見て起きてしまい、まだ起きていた両親の元に
ビービー泣きながら「あのね、怖い夢みたの、寝れないの」と、枕を片手に駆け込んだ。
その時、父親がだっこしてくれて「これ飲んだらもう怖い夢なんか見ないよ」と
その時父の飲んでいたコーラの入ったグラスを渡してくれた。
その後、ハミガキして寝た。怖い夢は見なかった。
それだけ鮮明に覚えている。私にとってコーラは今でも特別な飲み物。
そしてその時の父はやけに美形なイメージ。
- 841 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/08/02 20:13 ID:QFlbm8Gs
- 姉が亡くなってもう20年以上になります。
その頃の私はまだ小学校にもはいっていない歳で、どうして突然
姉が入院したのかも分らずに過ごしました。
病気が「白血病」だったことも、それがあの頃、不治の病だったことも
知りませんでした。そんな姉は、病院に遊びに行くたびにおもちゃをく
れました。当時八歳だった娘が入院した事を不憫に思った親が買い
与えたおもちゃを、全て私にくれた姉。
「ここにあるもの、みんなあげるからね。お姉ちゃん、もういらないからね」
まだ小さかった弟とお見舞いに行った私に姉が言った言葉は、今思えば
何もかも知っていた言葉だったのかも知れません。
姉が冷たくなって、父親に抱かれて家に戻ってきたのは、それからしばらく
した夏のことでした。
お姉ちゃん、わたしはもう30を越えました。
あなたの病気ももう、不治の病ではありません。私はあなたに優しくしてくれた
看護婦さんに憧れ、なんとか頑張って看護婦になりました。あなたが護ってくれ
たのか、病気一つしない元気な身体で今日も患者さんと接しています。
あの頃小さかった弟はもう、あなたの記憶はおぼろげですが、今も元気です。
また、あなたの命日がやってきます。
今年も夜勤で親と一緒にあなたの思い出を語ることも出来ませんが、許してくれ
ますね?
私は今でも、あなたのことが大好きです。
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