PickUp #239  2003.09.22   <- Prev  Home   Next ->


No.239 雲行く月の夜空に より

1 :名無しさん? :03/09/19 20:57 ID:???
父親の運転する車に乗って、国道を走っていた。
母と妹は家にいて、翌日は確かピアノの発表会だったと思う。
二人はずっとピアノの練習をしていて、俺と父親はドライブに出かけたんだ。

父親はあまり喋らない男だった。幼い俺をもてあましているようにも
見えたが、なんだか嬉しそうだった。話す代わりに低い声で鼻歌を歌っていた。

昼過ぎから出かけたが、特にどこに行くでもなく、いつの間にか夜になっていた。
父親は相変わらず無口だったが、普段見たことのない穏やかな表情をしていた。

「おとうさん、たばこすって」

おったばこか?と、父親は嬉しそうに言うと、グローブボックスからマイルドセブンを取り出し、
ソケットライターを押しこんだ。幼い俺は、長いドライブのため車に酔っていた。
車酔いがつらいとき、いつもタバコをふかしてもらった。タバコの匂いがとても心地よかったからだ。

15 :名無しさん? :03/09/19 21:04 ID:???
車内はたちまち紫煙に満たされ、おれは後部座席に寝転んだ。
窓の外は夜空と、まばらな街灯しか見えない。三日月がずっと、俺のことを
追いかけていた。いつまでも追いかけてきたが、決して追いつくことはなかった。

そんな月を、飽きることなく眺めていた。
その晩の記憶は、そこで途切れている。

翌朝、横たわる妹の傍らで、半狂乱の母親と、やたらとたばこをふかしながら電話を
かける父親の声で目がさめた。その日、妹が着ていくはずだった、いかにも余所行き
という感じの紺色のワンピースが、やけに冷たく、しかし妙に生気を帯びたまま、
ハンガーにかかっていたのを覚えている。

28 :名無しさん? :03/09/19 21:11 ID:???
妹の病名はよくおぼえていないが(もしかしたら病名すらなかったのかもしれない)、
それが最初の発作だった。妹はたびたび昏睡するようになり、母親は妹専属の世話係りに
なっていた。

幼すぎたオレには、妹をいたわる自覚すらなく、母親を奪う憎き存在でしかなかった。
父親は早朝にでかけて深夜に帰る生活で、オレにとっては他人のようなものだった。
肉親はいないも同然だったかもしれない。それでも、特に情緒が不安定になるでもなく、
普通の子供として過ごしていたと思う。

35 :名無しさん? :03/09/19 21:20 ID:???
小学生になって初めて賞をとったことがある。不思議とそのことだけはよく覚えてる。
熱を出して写生会にいけなかったおれは、変わりに妹の寝顔を描いて提出した。
県の展覧会に出品され、それを家族4人で見に行った。帰りにマックでハンバーガーを
食べた。それが最初の家族での外食だった。

おかしな話だが、そのときはじめて、妹も自分と同じ人間だと思った。
それまでは、人形、とまではいかないが、なにか別の生き物のように思えていた。

きっかけというのは、後から考えてみてもよくわからないものだ。
それから毎日、オレは妹と一緒に話し、テレビを見て、絵を描いたり、たまに歌ったりした。
たぶん、それが一番いい思い出だ。

41 :名無しさん? :03/09/19 21:35 ID:???
父親は、オレにとっても、妹にとっても怖い存在だ。
殴ることもないし、怒鳴ることはほとんど稀だ。だが、家に帰ってくる音が
するだけで緊張が走った。酒が入るとすこぶる機嫌がいいが、本気になって子供に
からむ。四の字固めとか、関節技とか平気でかけてくる。妹にも容赦しない。
オレは泣きながら反撃するのが精一杯だったが、妹は「しつこい!」と言い捨て、
父親はそれを聞いてきまり悪そうに引き下がる。

母親はそれを見ておかしそうに笑う。

44 :名無しさん? :03/09/19 21:45 ID:???
オレが中学に上がる前の3月、妹は死んだ。
マラソン大会で2位になるくらいまでに体力はついていたけれど、突然に
昏睡する頻度は増すばかりで、最後の半年はずっと家にいた。
母親はできるかぎり付き添っていたし、買い物に出るときは隣のおばさんに
家にいてもらっていた。

それでも間が悪いとき、というのはある。
母親は回覧版を回すために、家を空けたらしい。空けるといっても、ほんの1、2分だ。
妹は台所で昏倒し、首を折って即死した。普段から、発作にそなえて部屋は極力広く
とってあったのだが、台所は母親がいるので、いくらか雑然としていた。

葬儀の帰り、久しぶりに父親と二人、ドライブに出かけた。

47 :名無しさん? :03/09/19 21:50 ID:???
父親は数年前にタバコをやめ、オレは車に酔うことはなくなっていた。
あのとき追いかけて来た月はオレたちの前を走っていて、当たり前のように追いつけない。

翌年、弟が生まれた。オレの両親は大丈夫だと思った。


10年以上前の話だ。

(おわり。まとめてコピペすりゃよかったです。変に待たせてすいませんでした)








62 :名無しさん? :03/09/22 03:53 ID:???

小学生のころは親父が怖かったよ。
といっても酒乱や家庭内暴力とは違う。とても真面目な人だった。
煙草嫌いの国家公務員でプライドが高く読書好き。
広くはない家だというのに、ひと部屋は親父の本だけで埋まっていた。
書斎なんてものではなく、床から天上まで平置きにされた本でびっしりでさ。
極度に厳しいわけではないけど、子供の教育には明確な考えがあったみたいだ。
門限は夕方6時でテレビは8時まで。
いちど親父が外出してたんで9時ころまでテレビを観ていたら、
突然帰ってきてハサミでコンセントを切断されたこともあったよ。
自分も大の野球ファンで、テレビがなきゃ味気なかったんだろうに。
悪さをすれば数時間は正座で説教だし時には平手打ちもあった。
たまに強烈な皮肉屋になってお袋をひとことで泣かせた。

こうして書くと、ごく普通で実にまっとうな親子関係だと今では思う
だけど、当時ひとつだけ、どうしても我慢できないことがあったんだ。

63 :名無しさん? :03/09/22 03:54 ID:???

ウチは自転車禁止だった。
小学生男子としては、けっこう致命的だ。
それでも1〜2年生は問題なかった。 3年生もなんとかやり過ごせた。
だが4年生になると、もうどうしようもなかった。
自転車に乗れないヤツは俺ひとりになった。
子供ながらそれをひどく恥じて、もちろんひた隠しにしていた。
乗れるけど親が買ってくれない。 ばればれな嘘の頼りない砦。
だけど俺は友達に恵まれていた。
いつも放課後に遊んでた3人は、何も聞かずに交代制で俺を後ろに乗せてくれた。
「ちょっとお前運転しろよ」俺はいつそのときが来るかとビクビクしてた。
だが、だれもそんなことは言わなかった。
そんな4年生の夏休みのある日、リーダーだったコーちゃんが言った。

「多摩川の終わりを見にいこうぜ」

64 :名無しさん? :03/09/22 03:55 ID:???

それは俺にとって子供だけでは初めての遠出だった。
次の日、朝9時に集合した俺たちは、自転車でひたすら多摩川土手の
サイクリングコースを進んだ。 もちろん俺はリアシートで。
右手に川、左手に車道を見下ろす高い土手。
河川敷の野球グラウンド、遠くの釣り人、でっかい橋。
見たこともない景色が次々と広がっていく。
すごくワクワクしたのを憶えている。
そして昼もとっくに過ぎたころ、俺たちはついに多摩川の終わりに着いた。
あれがいったい何処だったのか、今でも分からない。
ダムというのか貯水地というのか、とにかく今まで見てきた風景とは
明らかに異質の場所に到着したんだ。
誰が決めるでもなく、俺たちは自転車を止めた。
4時間は経っていたと思う。 全員一致でそこが多摩川の終わりだった。
誰かが用意してきたパンと凍らせてあったスポーツドリンクをみんなで回した。

しばらくその場で遊んだあと、同じ時間をかけて俺たちは帰った。
俺はみんなのリアシートをいったりきたり。
「重いんだよおまえは」「あーつかれる2倍つかれる」
だけど誰も本気では言っていない。 そのくらいは分った。
空も暗くなるころ、尻が擦り切れそうなくらい自転車に乗った一日、
最高に楽しかった一日は終わった。 門限をちょっと過ぎたので親父に怒られた。
だけど俺は子供ながら、「このままじゃダメだ」とそればかり考えていた。

65 :名無しさん? :03/09/22 03:56 ID:???

次の日の朝。
俺は近所に住んでた知り合いの2つ下の子から、自転車をむりやり奪い取った。
もともとは補助輪がついていたと思われる、ホントに子供用の小さな自転車だった。
期限は一日しかない。 さすがに誰かに見られたらたまらないので、学区外の町まで
押して行き、俺はひとり自転車の練習を始めた。
初めてちゃんと乗る自転車。
1メートルもバランスを保っていることが出来ない。
ほんとうに自分が情けなかった。

だけど、子供のころの吸収力は本当に別格だ。
時間が経つごとに距離は徐々に伸びて行き、昼飯も忘れ没頭して、
気付いたら夕方。 俺はその学区外の住宅地をスイスイ走り回るまでになっていた。

66 :名無しさん? :03/09/22 03:57 ID:???

自転車を返し、家に戻り夕飯を食べて、しばらくすると親父が帰って来た。
「ねえ、ちょっと見てほしいんだけど」俺は親父を外へ誘った。
お袋は何事かと心配そうに見ていた。
俺は親父の自転車を引っぱりだして跨がると、夜の道路をこぎ出した。
子供用とはあまりにサイズが違うのでふらふらしながらも、なんとか
足を着かずにUターンしながら、親父の前を行ったり来たりしてみせた。
自転車を降り、俺は一生懸命説明した。
今日一日練習したこと、いつも友達のうしろで申し訳ないこと。
親父は腕組みをして黙って聞いていた。ちょっと怒っているようにも見えた。
しばらくするとひとこと「風呂にはいって寝ろ」とだけ言って、家に戻ってしまった。
やっぱりまずかった、あれだけ自転車は駄目だと言われていたのに。
親父を怒らせてしまったことが悲しかった。

そして一週間ほど経った。
俺がいつものように夕方遊びから帰ってくると、
そこにはピカピカの自転車が1台置かれていた。
おどろく俺に、親父は得意げな顔でにこにこと笑っていた。




     

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