PickUp #105  2002.09.05   <- Prev  Home   Next ->


旅先で出会った、忘れえぬ人たち2 より

12 名前:774TZR 投稿日:02/06/15 07:32 ID:VnEnzNYV
みんなのいい話を聞いて、自分も書いてみたくなった。
つまんなかったらごめんなさい。

大学の留年がケテーイした春休み、無性にどこか遠くへツーリングに行きたくなって、
テント寝袋を積んででかけることに。
行き先は決めてなかった。時間はたっぷりあったし、予定のあるツーリングという気分でもなかったので。
行けるとこまで何日か走って、そこで1日滞在して帰って来れればそれで良しくらいの気分で出かけた。
そのまま西へ走り出したのだが、宿泊は公園とかに張ったテントでの野宿。
留年したことを見知らぬ人に愚痴って同情を買うのが嫌だったから。
あと、これからのことを一人で考えて、なんでもいいから自分なりの結論を出したかった。
そうして3日かけて、潮ノ岬に到着。そこにキャンプ道具を下ろしてテントに突っ込み、
普段の格好で1日バイクを楽しむことにした。で、朝起きたら金が尽きてたと。(藁
仕方なく小さな郵便局の前にバイクを止めて、開店を待つことにした。
海沿いの小さな集落なので、歩いてる人はほとんどいなかった。
車が大きな町に向かって走っていくだけ。今日はどこまで行くかな〜などとボケていると、
近くに住んでいるおばあさんが、「朝ご飯は食べたかね?」と声をかけてくれた。
喜んでご馳走になり、午前中はそのお宅でマターリしてしまった。
このおばあさん、よくこうやって旅してる人に声をかけてるんだそうな。
困ってる人(俺はそう見えたらしい)を助けるのがうれしいし、
また出会いでもある、そんなことを言っていた。
おれはもっと話をして、ほんとは愚痴を聞いて欲しかったのだが、
そういう自分をおばあさんに見せるのが嫌だったので、
引き止めてくれるのはうれしかったけど、出発することにした。
一人暮しのおばあさん、訪ねてくる人もめったにいないといっていた。
今はヘタレてる俺だけど、前向きな自分になって一区切りついたら、
またここを訪ねよう。それで朝ご飯のお礼にしよう。そう思ってお別れした。

その後何とか就職した会社の研修がこちらのほうであったので
おばあさんとは2年くらいして再会することができた。
おばあさんは既に老人ホームに移っていたが、そこを訪ね、あのときのお礼を言うと、
なんか照れくさそうにそっぽを向かれてしまった。
1時間ほどとりとめのない話をしたが、帰り道があるので退出することに。
そのとき、俺が訪ねてきたのが嬉しかったのか、おばあさんが泣き出した。
「ありがとう・・・」って。
ホームの職員の人になだめられているおばあさんを見ながら、
人に泣かれるくらいに喜んでもらえたのって、初めてだ・・・そんなことを考えていた。
もうきっと、そんなに長生きできないのだろうけど、何かいいことがあったら、また知らせにこよう。
そう思いながらの帰り道、少し胸が熱くなった。

13 名前:774TZR 投稿日:02/06/15 07:40 ID:VnEnzNYV
じつは、まだつづきがありまして。

さらにその後、また俺は悩みを抱えてツーリングに出た。
それでも、その悩みを解決するために、俺はこうする!っていう覚悟が、まぁ少しはあった。
だから、それを実行に移すんだ。悩みながらもそれくらいのことが言える人間にはなったよ。
そんなことを伝えたくて、またおばあさんを訪ねた。
おばあさんは、もう歩くのがつらいくらいに足が悪くなっていた。
前にあった頃よりもひどく痩せこけていた。
何とか元気付けたくて、そのときの悩みだったケコーンの話をした。
彼女がいて、いろいろ悩んだけどそいつと結婚するんだ。
いっしょにここへ来るからさ、それまでは元気でいてよ、みたいな。
まぁ、それは喜んでもらえた。
だが、ふっと話が途切れたとき、おれはこんなことをポロッと言ってしまった。
「まあ、食べていけるだけのお金があればいいからさ、やりたいことがのんびりとできたらいいよね・・・」
若いやつがよく言う、ありがちなセリフのひとつではあったが、
正直な話、そのころおれは別の仕事を始めてみたいと考えていた。
それはそれまで誰にも話していなかったし、おばあさんに言って心配をかけたくなかった話だった。
結果が出てから伝えればいい、そう思っていた。
その一言を口にしたとき、俺はどんな顔をしていたんだろう。
それを聞いておばあさんは俺にこういった。「やりたいことをやったらええよ。あんたの人生や・・・」
ばれてしまったのか。
隠していたつもりが心の中を見透かされたような恥ずかしさがあった。でも、嫌な気分ではなかった。
もう先の長くないおばあさんが、ほとんど見ず知らずの若い俺にむかって、
こういうことを親身になって言って励ましてくれた・・・俺はそれが嬉しかったよ。
同じせりふを言うのは簡単だと思う。
でも、おばあさんの言葉には、歳を重ねた人間の、表現できない重みがあった。
励ますつもりが励まされてしまった。

その頃の俺と今の俺、状況は変わってないけど、
やりたいことをやるための準備は、少しずつだけど進んでいる。
あのときのおばあさんの一言が、そのきっかけになったと俺は思う。
それが実を結んだら、またバイクであのおばあさんを訪ねたい。
願わくば、まだ生きていて欲しい。マヂにそう思う。

14 名前:774RR 投稿日:02/06/15 11:38 ID:1xmPjTIK
遠方に住んでる祖父が死に、祖母が1人になった。
同居や施設行きを頑なに拒んで1人で暮らすという。
祖父が死んでから俺がちょくちょくバイクで訪れるようになった。
行くたびに満面の笑みで迎えてくれて、困るぐらいの土産を渡されるのが常だった。
公房だったので、たまに行けないこともあったが、それでも暇を見つけては通っていた。
死んだ爺様は昔バイクに乗ってたらしく(軍用のナントカ、陸王?って言ってたかな)
年をとった後もカブに乗っていたのだが、祖母はあまりうれしくないようだった。
それでも、数の少ないバスが日に数本の田舎だったので俺がちょくちょく来れるのもバイクのおかげだったからか
気をつけなさいよと言う以外にはさしてガミガミいわれなかった。
大学合格を知らせにバイクで行くととても喜んでくれたこともあった。
その後、帰省した時ぐらいしか会いに行けず、間が空くからか行く度に祖母が段々と小さくなってる気がした。

大学最後の試験期間中に祖母が倒れたことを聞き、最後の科目を済ませるやいなや、バイクを飛ばして
病院に向かった。危篤というほどではなかったが、最期かもという不安を周りの皆が感じていた。
俺はすぐに田舎に行って祖母が育てていた野菜や果物を持ってきた。
祖母にそれを食べさせるととても喜んでくれた。その後回復の兆候を見せて田舎の家に戻って
数日して息を引き取った。
公房の頃、俺が言ったことに対して、かみ合わないことを言ったり、
満腹で食えないっていうのに、更に料理とかお菓子を出してきたこととか何でもないことばかりを
思い出して泣いた。
バイクは楽しい想い出の方が多いけれど、そのことだけに関しては今でも少しブルーになる。

35 名前:ZZRの17歳 投稿日:02/06/16 19:48 ID:H5kTZm5b
>>34
ここに書くのも少し嫌な気もしますが・・・中学校のとき(中学時代は自分で言うのもなんですが不良でした)
友達が家のスクーターの鍵を手に入れたらしくそれに借りてて乗って事故をおこしてしまいまして
警察に補導されて、・・・
母親が号泣で署に迎えにきました

それで翌日学校に行くと先生に呼ばれて次々とおこられたのですが
なぜか社会科の先生(40くらいの男性)だけは僕を準備室(説教部屋と呼ばれていました)に連れて行って
色々と話をしてくれました。僕、本当に中学時代ひねくれ者でして人から説教食らうなんて
めんどくさいと思ってたんですがその先生だけは僕のことをわかってくれて
「がんばれば何とでも成る」ということを教えてくれた人でした。
他にもケンカとかあったんですがその先生のおかげでおとなしくなって
勉強も頑張ったせいか市内の普通科進学校である今の高校へ入学できたです
もし自分があのとき社会科の○○田先生に出会ってなかったら不良のままだったかもしれません
バイクだけでなく人生色々なところで出逢いがあるんですね

「人生は出逢いがあり、別れがあるから楽しい」

駄文ですみませんでした。

80 名前:774RR 投稿日:02/06/19 00:05 ID:uX/NtbXR
某クラブで某所に泊まりツーリングに行った。
だが、その団体は過渡期だったか末期だか知らんがちょっと人間関係の危ういところがあった。
酒が入って気を許すと最初はワイワイやっていたが、その後問題が噴出。
子供レベルの醜い大人のケンカが宴席で行われ、それに男女関係+金銭関係も露呈。
自分はその場を収めようとがんばったが、どうにもこうにも両派譲らず、、、。
なんか段々と貴重な週末潰してこんなコトに首突っ込んでるなんて俺はアホやと思ったら
どうでもよくなってしまってその場を離れて風呂に入って酔いを覚まし、書置きと宿の人への挨拶をして
ふもとの街で宿を求めた。
次の日、ピーカンに晴れた空の下富士山を見に行った。
写るんですを近くの人に頼んで写真を撮ってもらうと、その人から
「オートバイなんだ、怖そうだけど自由な感じで楽しそう」というコメント。
その日の自分にぴったりの言葉をもらってなんだかうれしくなった。

あの日以来気が向いたときに好きなところへ行く 学生時代の自分をもう一度取り戻せた気がする。

180 名前:元ZZR250 投稿日:02/06/23 11:02 ID:35qEuyZx
僕にとって(今までのところ)最後のツーリング。

当時の妻が「バイク欲しいんでしょ。買えば?」と言われ、
子供がいること等いろいろ遠慮して買ったモンキー。
「たまには独りでツーリングしたいでしょ。行けば?」と言われ、
出発した。
道の駅。星のふるさとふじはし(岐阜県)。
缶コーヒーを飲み休憩していると、体格のいい男が声をかけてきた。
「この辺でガソリンスタンドないかな?」
「僕、名古屋から来たんでちょっとわからないですね。」
「えっ?これで?」モンキーを目にして驚いた様子。
彼のバイクはV−MAXだった。極端な「小」と「大」。
バイク乗り同士の語らい。モンキーではありえないと思っていた。
僕は、前に乗ってたバイクを事故で廃車にしたこと、
妻、子供がいることもあってモンキーにしたこと、
でも、モンキーが気に入っていること、など話した。
程なく、お互い「気をつけて。」と声を交わし、
僕は福井方面を目指した…

「バイク欲しいんでしょ。買えば?」は、
「そのかわりわたしはこれを買うから。」で、
「たまには独りでツーリングしたいでしょ。行けば?」は、
「そのかわりわたしも今度ひとりで出かけさせて。」だった。
そして浮気だった。
色々あった。情けないほど泣いた。

モンキーは大学生の知人に格安で売った。
通学に使うという。助けになるなら本望だった。

今、新しい家族と幸せに暮らしている。
そう、幸せ。
通勤用に、KDX125SRを買うことにした。
ここの書きこみ見ていると、ツーリングに行きたくなる。
正直な気持ち。
でも、それ以上、はるかに大事な家族。
今度は絶対おろそかにはしない。

みなさんも、帰りを待っている人がいること、
もっと大事な事、忘れないでいい旅を。




     

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