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No.419 セピアな思い出∫泣ける話 より

40 :大人になった名無しさん :04/05/02 04:05
ふと気がつけば、もう随分と昔の話。

学校帰りに東武のデパ地下を通りかかると、丁度パン屋でメロンパンが焼きあがったところだった。
試食させてもらうと中々美味かったので、俺はオヤジへの土産と自分の分の二つを買った。
甘いものが好きで子供舌なオヤジの事だから、多分メロンパンも好きだろうと思ったのだ。

当時、オヤジはガンの手術を受けた直後。家のベッドで療養していた。
衰弱して手足を満足に動かせないオヤジに、俺はメロンパンを千切って食べさせた。

「うん、美味いな」
「だろ?だから思わず買ってきたんだって。もっと喰う?」
「……いや、いい」

オヤジはメロンパンを二欠片しか喰ってくれなかった。
ちょっと拍子抜けして、俺はほぼ二個のメロンパンを平らげた。

それから数ヶ月。
転移したガンにやられ、オヤジは51歳で天国へ長期出張。
通夜・葬式と慌しく時間が過ぎ、やっと一段落した時、俺は初めてお袋にあの時のメロンパンの話をした。

そこで初めて知った事が二つ。
オヤジはそんなにメロンパンが好きではなかったという事。
あの時、既にオヤジは口から食べ物を摂取できる状態ではなく、
たった一片のメロンパンでさえ食べるのが苦しかったはずであるという事。
オヤジは無理してメロンパンを食ってくれたのだ。断ってしまって、俺が傷つかないように。

メロンパンを見せた時の「おぉ!」という声と笑顔。
「喰う?」と聞いた時にも躊躇い無く「喰う」と答えてくれた。
思い出して、涙が止まらなかった。

一昨日、職場のおばちゃんが美味しいメロンパンを買ってきて、俺におすそ分けしてくれた。
俺が思わず涙ぐんだ理由をおばちゃんは知らない。

130 :大人になった名無しさん :04/09/03 02:42
僕は今まで生きてきた中で親友と呼べる奴が5人いる。
そのうち4人とは今でも連絡取り合っているが、僕が初めて出合った親友Tとは、もうかれこれ12年連絡がとれないでいる。
Tは最高に愉快で優しい奴だった。Tは決して恵まれた環境ではなかったが、いつも明るくニコニコしていた。
そんなTと僕はいつもつるんで遊んでた。

夏休みもあと3日で終りという時だった。いつものように虫網を持ち近所の山を探索しているとTがいきなり
「俺たちはいつまでも友達なんよな。ずっとかわらんよな・・・・」
と言い、僕は
「当たり前や、いつまでも友達に決まってるやん!なにいっとんの?」といったまま僕は固まった。
Tが泣いている、大粒の涙をボロボロこぼしながら泣いている。。
「おい、どうしたん?なんね?」Tはただ泣いていた。
僕もそんなTを見て泣いた。Tは「おおきに。ありがとな・・・」と何度も何度も言った。

その夜Tの家族は居なくなった。借金が原因だったらしいことはずっと後に知った。

T元気か?
僕達はずっと友達だ、今も変わらない。
僕の心の中には真っ黒に日焼けして、やんちゃな笑顔を浮かべてるTがずっと居る。
そしてあの日二人でとったカエル石は僕の机の上に今もあるよ。
なんも知らん人から見たらただの石ころだけど、僕にとっては宝石だ。元気でいることを祈る。
そしていつの日かまた会えると信じてる。

182 :大人になった名無しさん :04/10/19 19:09:01
昨日電車で10歳くらいの男の子がおじいさんに席を譲った時、
おじいさんが「ありがとう、お母さんに教わったのかい?」て聞いてた。

そしたら男の子が「いっぱい良い事したらお父さんが帰ってくるの」って言った。
近くにいた俺ら、まじでみんな目潤んでた。

てか、どういう状況か、この際想像に留めておこうムードが漂ってて、おじいさんもそれ以上の言葉は言わなかった。

俺もちょっと泣いた。

192 :大人になった名無しさん :04/10/30 13:58:51
俺には兄さんがいた。

その四つ違いの兄さんは、俺が二歳の時に車に轢かれて死んだと聞かされた。
俺もその場に居合わせたらしいが、ガキだったからか何も記憶していない。
やがて俺は12歳になり、小学校を卒業。その春休みに俺は祖父の家に遊びに行った。
祖母と会話をしていた時、祖母が「○君(兄)も生きてれば高校生になってたのね」と漏らした。
そして、俺に事故当時の話をしてくれた。

事故の現場は祖父の家付近の細い道路で、事故が起きたのは祖母・母・兄・俺の四人で散歩をしている時だった。
当時ガキだった俺は勝手にさっさと進んでいき、T字路の主道路に出た。
その時俺は、自動車が近付いてくるのに全く気付かず、一番乗りだとはしゃぐだけ。
俺を追いかけてきた兄はそれに気付き、走ってくるなり俺と車との間に仁王立ちになったそうだ。

そして運転手は急ブレーキを踏んだが止まりきれず、兄さんは轢かれた。

俺は家へ帰り、子供部屋を漁ってみた。
俺を庇って死んだ兄さんのことを少し知りたくなったからだ。

やがて押入れの中から出てきたのは、一冊のファイル。
『みんなの夢』と題打たれたそのファイルは、兄さんが年長のころの文集だった。
兄さんのページには、へたくそな歪んだ文字でこう書いてあった。

「ぼくのゆめは、ジャウレンジァーイエローになることです。
 いいことをいっぱいして、ひとをいっぱいたすけて、ジャウレンジァーになりたいです。」

兄さん、あんたは立派なジュウレンジャーだよ。
サーベルタイガーでも大獣神でも一人で操れるよ。バンドーラなんかにゃ絶対負けねぇよ。

関係ないが、今俺は俳優を目指している。
休日の朝7時にテレビの中で正義を唱え、それを見て兄さんのように、人を守ろうとしてくれる子供が増えてくれることを願って。

114 :大人になった名無しさん :04/08/28 00:36
その人はいっこ上の先輩で同級生、後輩からも「たくちゃん」って呼ばれてた。
初めて話したのは小学校の運動会の時。俺の小学校は全学年ごっちゃまぜで行われる。
俺は青組だった。
その中に、明らかに体のバランスのへんな人がいた。
それがたくちゃん。

たくちゃんは障害で生まれつき身長があまり伸びない。「小人病」らしい(本当にこんな病名あんの?)
たくちゃんは初対面の俺らにも明るく話しかけ、同級生にも人気があった。
それを気に俺はたくちゃんと仲良くなった。
たくちゃんは俺んちの近くの団地に住んでいて、そこには小さな公園もあった。
そこは俺らの遊び場だった。ミニ四区やハイパーヨーヨー、ポケモン・・・・

学校が終わると、上級生も下級生も皆がそこに集まった。
たくちゃんは話がうまく、誰にでもやさしい初めて公園に来るグループにも積極的に話しかけてやる。
俺たちはかなり仲良くなった。
たくちゃんは中学に上がると、部活などで公園にくることも無くなって一年間ぐらい会わなかった。
やがて俺も中学にあがったが、なんとなく知らない上級生といるたくちゃんには話しかけづらく前みたいに楽しく話すようなことはなかった。

関係は変わったがたくちゃんの身長は変わらなかった。
中学の卒業式の時に見たたくちゃんは俺の腰あたりに頭があった。
そのうちたくちゃんは地元も高校に進学した。

一年後俺はたくちゃんとは違う電車で15分ぐらいのとこにある高校に進学した。
それからずっとたくちゃんのことなんて忘れていたと思う。
高1の二学期も、もう終わるかという頃、俺は地元の友達と遊んでた。皆で歩いていると、たくちゃんの通う学校の前に同級生らしき人とたくちゃんがいたが、様子が少し変だった。

たくちゃんが一人前を歩き、その他何人かが後ろを歩く
嫌な予感は当たりたくちゃんはそいつらに後ろから小突かれたり、チビだのと言われていた。蹴られたりもしていた。
俺は、心臓がかなりバクバクして何故か焦った。
どうしていいか分からなかった。
すると、一緒にいた俺の友達がたくちゃんのほうへ走っていって、後ろの奴にいきなりとび蹴りをした。
そのあとは、俺も参加してもうごちゃごちゃの大乱闘。

本当に奴等が許せなかった。
明るいたくちゃんがイジメをうけている、このことに本当動揺した。
悔しくて、許せなかった。

喧嘩は泣きながら向かっていく俺らにビビって相手が逃げた。大勝利。
この後、たくちゃんと久しぶりに少し話した。

2日後ぐらいに、10人ぐらいのDQNが学校帰りの俺を駅で待ってた。
何発か殴られて、MDと携帯壊されて金取られた
乱闘に参加したほかの奴等のとこにも来たらしい。奴等は俺の名前を知っていた。
何故かはすぐに予想できた。たくちゃんが話したんだろう。
けど、怒りとかは無かった。
親は腫れた顔見てびっくりしたが、大事にはせずその日はすぐに寝た。

そして、次の日たくちゃんは死んだ。
地元の文化ホールから飛び降りて。
遺書なんかはなかったらしいがたぶん裏切った俺らに合わす顔が無いと思ったんじゃないかな。
たくちゃん優しいから。
何で、んなこと気にしたんだよ。
脅されたんだろ?俺らの名前なんかいくらでも言っちゃえって。
そんなこと気にしあうような仲じゃないだろ、バカ。




     

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