父の作った忘れられないもの 第2章 より
- 162 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/08 23:41
- うちはお父さんがいない。
父の代わりになってわたしを躾けてくれたのが兄だった。
でも干渉しすぎてくるのがハッキリ言って鬱陶しいと感じていた。
なんせデートをしてもわざとイカツイ格好をして迎えにくるものだから、
彼氏なんて出来なかったw
わたしもそんな生活にうんざりし、家を出るために受験勉強を
始めた。受験は凄いプレッシャーのかかるもので何度も何度も
家族に当たった。普段から不満を抱いていた兄には特に辛辣に。
その結果は、というと見事に落第。あれだけ迷惑かけて、
大見得切って受験したのに申し訳なくて情けなくて布団に包まって泣いた。
泣き顔は誰にも見られたくなかった。
その時ノックの音が聞こえた。涙を精一杯拭ってドアを開けると
兄だった。手にはコンビニのあんまんが抱えてあった。
「あんころもち(わたしのあだ名)は共食いでもしとけ」と
差し出すので気が抜けて泣き笑いしてしまった。
「頑張ったから、もういいから」と頭をぐしゃぐしゃに
なでられて食べるあんまんはいつもよりも甘く感じた。
そんな兄も今度結婚する。お嫁さん、顔が松坂大輔に似ててw
ほんとはちょっと気に入らないけどまあ幸せになってよ・・・
わたしの時はバージンロードは一緒に歩いてね
と、長々とくだらん話スマソ
- 185 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/11 18:05
- 母が出かけていない時、作ってくれたおにぎり。
三角ではない、丸くて、野球のボールよりも一回り大きいもの。
味付けは、塩のみ、具は無し。でも、何でだろう、すごく美味しかったな。
父は中一の時死んだ。もういない。
逢いたいな、せめて夢の中でもいいから、おにぎり握ってほしい。
- 208 名前:コーヒー01 投稿日:02/08/18 17:05
- 親父はコーヒーが好きだった。
酒造会社勤務の癖に、酒にはからきし弱くて、
ビールコップ一杯で真っ赤になっていた。
子供心に、なんで仕事続けていけるんだろう、と
不思議に想ったこともあった。
家ではいつも偉そうで、というか口ばっかりで、
メシといえば母が用意し、その母親がメシをまだ終わっても
いないのに、「コーヒー」と要求する。
決して暴力を振るうことはなかったが、口達者で自分では
全く動こうとしない親父をオレは嫌っていた。母さんばっかりに
させるなよ、自分でのみたきゃ自分で入れろよ、って。
(続く)
- 209 名前:コーヒー02 投稿日:02/08/18 17:08
- オレが小学生の時、母親だけが関西の実家に帰省したときが
あった。当然、メシはオレが弁当屋で買ったか、親父が買ってきて
食べたんだと思う。で、食後になって、コーヒーを飲みたいのだが、
入れる人がいない。ホントはオレは入れ方を知っていたが、
黙ってた。ぶつくさ文句を言いながら台所に立つ父。
自分で台所に立つなどほとんど見たことがなく。豆の場所も、
やっと探し当てたんだと思う。
で、お前も飲むかとオレの分を入れてくれた。
親父の入れたコーヒーは正直まずかった。素材が一緒なのに母が入れる
コーヒーとは全くの別物だった。ただ苦いだけというか。
母が普段入れるコーヒーでも(お茶もそうだが)、少しぬるかったり
すると、「馬のしょんべん」と評していた父。
で、不味かったもんで、翌日はオレが入れた。父よりも母になついていた
オレは、コーヒーの入れ方などもいつも見ていたし。親父は、オレのコーヒー
を飲みながら「コレ、コレやがな」と嬉しそうに飲んでくれた。
(続く)
- 210 名前:コーヒー03 投稿日:02/08/18 17:09
- もう親父と一緒にコーヒーなど飲めない。
いつも砂糖を少しとクリープ。クリープはマリ○ムや他のものではダメで、
こだわっていた。たばこも若い頃はヘビースモーカーだったが、中年に
なる頃やめていた。酒もだめ。唯一コーヒーをよく飲んでいた父が、
自分で作ると全くダメだった。
オレが大学を卒業するころに、やっと親父の偉大さを分かることができた。
世の中の親父たちもみんなしていることだが、家庭を築き、妻子を養う。
大変だったろうと思う。感謝している。
好きなコーヒーを自分で美味く入れられない親父。
もう一度、オレが入れてやるから一緒にコーヒーが飲みたい。
オレも酒弱いし。でももう3年前に死んじゃった。
お盆の時期だからか、昼寝してたら夢に出てきて、泣けた。
長文スマソ。終わり。
- 225 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/08/23 15:50
- 現在進行形だからスレ違い??かも。スマソ。
摂食障害のわたし。5年前に発症して、3年間両親には内緒にしてた。
母親の作った料理を内緒で全部吐いたり捨てたりしていた。
2年前に両親に病気のことを打ち明けて、
父親には「お母さんがせっかく作った料理を吐いていたのか」と殴られた。
本当につらい時期で、殴られたときは怒りと情けなさでぼろぼろ泣いたけど、
その夜めったに(というか初めてだった)料理をしない父親が
こんにゃくとキノコの炒め物を作ってくれた。
まったく油を使わなかったらしく、妙に水っぽいだけで味付けはなし。
発症のきっかけが両親に「妹はグラマーだけど姉(私)はでぶ」
と言われたことだったので、カロリーに気をつかったらしい。
素材の味を生かしたその料理はすっげーまずかったけど、全部食べた。
後で母親に「お父さんがあんたの集めたダイエット本を見てなんかしてた」と言われた。
あれから体面だけ気にすると思ってた父親が一緒に精神科に行ってくれた。
今でも怪しい低カロリー料理を作ってくれる。
まだ病気は完治とは行かないまでも、吐くことは少なくなった。
ありがとうお父さん。
そのうちみんなでちゃんと味のついたご飯を食べようね。
- 234 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/09/05 12:50
- 去年亡くなった父。
昔は喫茶店でバイトしてたらしく、
私たちが小さい頃手際よくサンドイッチなどを作ってくれた。
私が中学生くらいになって父との会話が少なくなってきたある夜中。
階下でひとり深夜番組を見ていたとき、父がトイレに降りてきた。
まだ起きてる私に向かって「ホットミルク飲むか?」といって作ってくれた。
思春期になって父との会話が全くなくなっていたが、この時はたわいもないことをテレビ見ながら話したな。
父がいなくなった今、もっと父とのかかわりを大切にしておけばよかったと切実に思う。
「孝行したいときに親は無し」
全くそのとおりである。
いまは、残された母を大切にしたいと思っている。
- 262 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/09/26 05:12
おれが小学生の時、事故で両親が死んだ。
その後親戚中をタライ回しにされた。
おれが「高校入学を機に1人暮らしを始めたいです」と言うと、親戚のヤツは
「好きにしろ。」と二つ返事で文字通りおれを放り出した。
金も貰った。300万。おれの家を売ったし貯金とかもっとあるはずだが、おれは
なにも言わずにそこを飛び出した。なによりその場所が耐えられなかった。
そして1人で暮らし始めた。
そして高校2年の時に知り合った友達の家に初めて遊びに行った時。
時間が遅くなって晩ご飯をごちそうになることになった。
友達の家は、親父さん、お母さん、友達、弟の4人家族だった。
おれを入れて5人の食卓には、ごはん、味噌汁、にくじゃが、あとよく判らない
煮魚みたいなものが並んだ。
おれは「うまい!うまい!」と連発して食べた。
友達「そうか〜?こんなん普通だよ?」
おれ「なに言っとるんだ、こんなん毎日食べれるなんて羨ましいて!」
おれ「炊きたてゴハンなんてすっげーゼイタクだて!」
それを聞いていたお母さんが「○○くん、いつもどんなもの食べてるの?」と
聞いてきた。
- 263 名前:262の続き 投稿日:02/09/26 05:12
- おれは「いつもバイト先でまかない食ってます。あと家だとおにぎりとかパン
とか、ラーメンとかです」と答えた。
お母さん「・・・お母さんはいらっしゃらないの?」
おれ「あ、おれ両親いないんすよ。昔事故で・・・。ハハッ。(笑)」
なるべく気を使わせないようにサラッと言ったつもりだった。
ところがお母さんはいきなりおれの手を両手で握ってきた。
おれがビックリしてると、涙目で「○○くん、困ったことがあったら
うちに来るのよ」って言った。
なんだか分からないけど、おれも泣けてきた。
家族なんて欲しいと思ってなかったけど、その友達が本当に羨ましかった。
この時のめしの味が今でも忘れられない。
それからもそいつの家にはバイトの休みの日にゴハンを食べさしてもらいに
行った。いつもタダメシじゃ悪いから、一度お金を持っていったら、逆に
怒られた。「子供が余計な気を使わなくてもいい」って。でもうれしかった。
スレ違いスマソ。
- 271 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:02/10/11 11:51
- スレ違いなのだが
うちは親父が893で女遊びも酷く、父の浮気発覚で離婚したらしい。
俺が3,4歳の頃だろうか。親父の記憶は全く無いし、顔も名前すら知らない。
そんな経緯で母子家庭なのだが、母も仕事で忙しく俺は小さい頃から祖母に育ててもらった。
いつもばあちゃんは、「ひもじいか?」と言い、卵と醤油だけの炒飯を作ってくれた。
それが絶妙な味で、俺も一端の料理人なのだが、何度挑戦してもあの味は出せないでいる。
毎日一緒にいたばあちゃんも、小4の頃に糖尿病で他界した。
人前で泣くのがかなり恥ずかしい年頃なのに、葬儀中に大声で泣いた。
高校の時に、母とばあちゃんの思い出話になった。
「ばあちゃんね、料理なんか全然しなかったんだよ」
「でもね、お前にご飯食べさせる為に」
「不器用だからたったひとつしかレパートリーなかったけど、ご飯作ってくれたんだよ」
たしかに今思えば、ばあちゃんの作る炒飯は美味いとは言い切れない。
だが俺の思い出の中では、未だに追いつけない味なんだよな。
まさに、料理は愛情ってヤツだ。
ばあちゃんに、俺の炒飯食べさせてやりたかった。
駄文長文スマソ
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