No.196 旅先で出会った、忘れえぬ人たち2 より
- 577 名前:ひっぴー 投稿日:02/08/11 03:28 ID:z5vSdh57
- 何年か前の夏。
熱気に膨らむ空の下、再び北を目指して、家を発った。
加速の度に日常と非日常が入れ替わる風景をシールド越しに眺めながら、ふと思った。
何故、また旅に出るのだろうか、と。
確かにバイクが好きだ。見知らぬ人と出逢える旅が好きだ。ましてや、再び目指す北海道。
だが何かが気にかかる。なぜ、またあの地へ?
向こうで出会った友と再会を果たす為?世話になった人たちに会いに行く為?
それはもしかして、大儀名分になってはいないか?再びあの地へ行くことで、
初めて訪れたときの感動を追い求めてるだけなのではないだろうか?
そんなくだらないことを思いながら、コンビニへ寄る。
冷房が気持ち良い。店内には、釣り竿を持った小学生たち。これからどこへ行くのだろう。
さっきの考えが頭にこびりついたまま、バイクのそばでジュースを飲む。
店内から小学生達が出てくる。どうやら、兄弟のようだ。
楽しそうに竿を振り回しながら、各々の自転車にまたがってゆく。
自転車たちが俺の横を通り過ぎる瞬間、兄ちゃんが弟に向かって叫んだ。
「夏っていいよなぁ!」
・・・ははっ、確かにそうだ。別に理由なんていらない。
旅っていいよな、でいいんだよな。
視野を狭くしてたのは、他ならぬ自分の心。
気持ちの赴くままでいいんだよね。
すれ違う一言に、何か救われたような気持ちだった。
遠ざかる自転車に届くはずもないのに、ありがとう、とつぶやいた。
そして今日、俺は26歳になる。
学生の時ほど時間は取れないけれど、今年もまた旅に出よう。
盆の間、山口県辺りまで行ってみようか。
今年は、どんな人に出逢えるのだろう。
どこかで出逢ったときには、どうぞ宜しくお願いします。
- 643 名前:ハーレ糊 投稿日:02/08/22 18:51 ID:/F5XPLFG
- スレ違いなんだけど、俺が厨房の頃良く行く古着屋があった。
当時ガキの俺には置いてある物が全部カッコ良くて憧れてた。んで、いつもその前に古いバイクが止まってたんだ。その頃はバイクに興味はあってもどれが何て名前なのかなんて全然分からなくてただ迫力っていうか、雰囲気にヤラれた。『すげー!』ってね。
そのバイクは古着屋のオーナーの物で、その人がまたスゲーかっこ良かった。
大人ってこんなにかっこ良いんだ!って思わせてくれた。でちょこちょこ遊びに行ってはドキドキしながらオーナーと話をしてたんだ。
女の子の事、服の事、これからの事、悪さの話、色んな話をした。青臭い厨房の俺の話をマジメに聞いて真剣に答えてくれた。でも、バイクの話は出来なかった。
何かバイクの話をするには知識が無く、拙い自分が恥ずかしかった。
ところがある日、その人が俺にニコニコしながら
『〇〇君はバイク乗らないの?』
って聞いてきたんだ。俺は驚いた。
何で見抜かれたんだ?そんな話、一言もして無いのに…。って
オーナーは見てたんだ。俺がいつも店の前で古いハーレーを見つめているのを。激しく動揺しながら答えた。
『…乗りたいです。』
実はその時、俺は憧れながら半ば諦めていた。
バイクには乗りたいけど俺には無理かなと。もっともっと大人じゃなきゃ乗ってはいけないのかと、でもオーナーは漠然と憧れていた俺に笑って『そんなこと無いよ好きなら乗れる。』って教えてくれたんだ。
そんで10年以上が過ぎ
10年経ってもほとんど大人になってないけど、ハーレーに乗ってる自分が居る。旅にも出た。色んな忘れ得ぬ人々に出会った、これからも出会うだろう。でも一番の忘れ得ぬ人はやっぱりその店長なんだと思う。
長文&駄文スマソ!
- 689 名前:774RR 投稿日:02/08/27 01:24 ID:ghceur1U
- 自分は顔に凄い傷があり、そのせいで高校卒業後は視線恐怖症&対人恐怖症に陥りました。
本当に自殺(拒食による餓死)の手前まで言った程で。
そんな時にヤマハのアメリカンバイク広告を見て引込まれ、勇気を出して教習所に言って中免取りました。
メットかぶってると他人の視線も気にならなくて、どんどん外にも出るようになって。
で、信州とかにツーリングに行ったら、安曇野や鬼無里などのあちらの人たちは自分の顔を見ても驚くけれど、変に態度を変えたりしないで接してくれて。
一週間泊まっていた民宿では、なんか御主人も奥さんも、中学生の娘さん達も自分を家族のように扱ってくれて。顔に傷受けてからはじめて対等の関係で扱ってもらった気がしました。
信州の畑の中を(公道では有りません)ノーヘルで、娘さん乗せて走ったときは「うぉぉぉぉーっ」と叫びながらアクセルを開いてしまいました。
東京に帰る日の朝、中学生の娘さんが「お兄さん、顔に傷があっても心はきれいじゃない。その逆の人いっぱいいるもの、頑張って」と、自分の胸で泣いてくれました。
自分も涙止まらなくて、ウンウンうなづく事しか出来なかった。
でもあの人たちと、バイクのおかげで、今の自分があります。
暗い内容になってしまいましたが、この素晴しいスレに出会えた記念に書き込みさせていただきました。
- 758 名前:774RR 投稿日:02/08/31 20:10 ID:e1RTh/wb
- 長い話でごめん。忘れえぬ人というか、経験の話なんだけど。
何年か前、友人と同じ女の子を好きになった。
ある夏、一度も四国に行ったことのなかった僕は、バイクで行ってみようと思った。
ちょうどその女の子が愛媛に里帰りをしていたこともあったんだけど。
そのことを件の友人に話すと「俺も行こうかな」なんて、冗談みたいに。
そして出発。明石海峡大橋を渡り、初めての四国へ。
まずは、友人がすすめてくれた桂浜へ行くつもりだった。
片側一車線の四国道を走っていると、前方に見覚えのある車が走っていた。
「なんだよ!本当に来たのかよ!」・・・その友人の車だった。
何故だか分からないけど涙が出た。
その後、桂浜で朝まで飲み明かした。
そいつは、「絶対あの子はお前のことが好きだよ」と言ってくれた。
結局、女の子とは会わずに四国を離れた。
本当は知っていたから。その子が、その友人を好きだと言っていたことを。
それから時が経ち、恋人になった二人も別れてしまった。僕も運命の人と出会うことができた。
もうすぐその女の子が別の人と結婚する。
いくら時間が過ぎても、友人と過ごした桂浜での一夜は大切な思い出です。
- 883 名前:774RR 投稿日:02/09/13 01:31 ID:7u+73WRZ
- 旅先で…とは違うんだけど。
父がハーレーのサイドカーに乗っていて、かっこよくて自慢の父さんでしたが、
2年前に50歳でガンで亡くなりました。
余命宣告されてからは、体力のあるうち時間を惜しむように毎日乗っていました。
うちは父と私の2人家族なので、残された時間を少しでも一緒に過ごそうと思い
私は会社辞めて毎日のように横に乗せてもらいあちこち行きました。
四十九日が終えて、家に1人で放心状態で引き篭っていた頃、
父のツーリング仲間だったハーレーオジサン達が来て、
父のサイドカーでツーリングに連れ出してくれました。
親友だったおじさんが父のバイクを運転して横に私が乗り、
ハーレーやBMWで6台くらい連なって走ってくれました。
いつもツーリング中に無線のマイクでくだらない会話していた事や、
車庫から出す時は毎回すごく嬉しそうな顔してた事や、
別人の様に衰弱した父の車椅子を押すのが辛かった闘病中の事や、
色んな事を思い出してずっと涙が止まらず、風景も何も見えませんでした。
弔いツーリングをしてくれたオジサン達の優しさで、鬱から立ち直れた気がします。
いい仲間がいた父は、短いけど幸せな人生だったはず、と思えました。
あれから私も二輪免許取って、父のもう1台のバイクのボロボロCB400に乗ってます。
- 514 名前:774RR 投稿日:02/08/01 11:31 ID:jMJgejN/
- ここ読んでたら、昔のことを思い出しちまった。
なぜ、単車降りちまったんだろう?自問自答しても答えは無い。
結婚して、子供ができて...。
また、俺は走り出すことが出来るのか?
考えると泣きそうになっちまう。
- 515 名前:774RR 投稿日:02/08/01 11:48 ID:7xFNhTOM
走れるよ。
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