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No.298 元スレ不明 より

724 :名無し物書き@推敲中? :03/10/09 15:27
母はアル中だった。いつも家は汚かった。父は仕事から帰ると家事をしない母を殴っていた。
怒鳴り声が聞こえないように子供部屋に閉じこもった。
それでも聞こえるから押入れの布団を引き出して毛布に頭からくるまっていた。
ずっと耳をふさいでいた。母の泣く声が耳にこびりついていやだった。
 押入れのドアがゆれた。小さい隙間からのぞくと姉がいた。
姉は何も言わずにこげた卵焼きののったお皿を差し出した。
まだ小学二年生だった姉が自分の為に卵焼きを焼いてくれた。
 外はこげて中はまだ生で、油くさいし、すごくおいしくなかった。けど両親は自分達の不幸さに自己陶酔しているだけだったし、
食事のことは頭になかったらしくて涙を流しながらそれを食べた。

 あれから20年。母は15年前に死んだ。父は再婚して居場所がなくて一人暮らしを始めた。
とっくに遠方に嫁いだ姉の所に結婚式以来数年ぶりに会いに行った。
 突然夜遅くにやってきた自分を姉は快く迎えてくれた。
何もないけどといって簡単な手料理を作ってくれた。そのなかには卵焼きもあった。すごくおいしかった。
自分が幼稚園のときのあのまずい卵焼きを思い出した。
 今考えればまだ小学二年生の姉が自分のために一生懸命卵焼きを作ってくれたのだ。
自分だって悲しいはずなのにいつも自分に優しかった。
涙が止まらなかった。姉はびっくりしてたけど何も言わなかった。
 母親が死んでも悲しくなかった。これで家が酒くさくなくなると思った。父親が死んでも悲しまないと思う。きっと自分は親不孝だと思う。
 でも姉にはずっと生きていて欲しい。旦那にも幸せにしてほしい。
 親孝行はする気になれないけど姉にはたくさんお礼がいいたい。
結局朝一番の飛行機で帰ってきた。
 姉は帰るときまで何も聞かなかった。姉に言うのはてれくさいので何も言ってない。
でも誰かにいいたいからここに書いた。
いつか照れずに本人にも言いたい。
姉は自分にとって世界一の姉ちゃんだ。

5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/12/10 18:18
母親が俺が小2の頃、子宮ガンで入院する事になった。
母親が家を出る前日に作った最後の夕食がカレーだった。
俺はガキだったから、子宮ガンがそんなに怖い病気だなんて知らなかった。
母親は一ヶ月もしたら帰ってこれると思ってたし。

でも、もう帰ってくる事はなかった。
不思議なもんで、そのカレー以外の母親の料理の味って一切覚えてない。
母親と一緒に食事する姿もそのカレー食ってる場面だけ。
と言っても、母親は食欲なんて既になくて、ただ俺がカレー食ってるのを
何とも言いがたい、悲しそうな表情で見てるだけ。
「あしたもちゃんとレンジで温めて食べるんだよ。お母さん、明日朝早く行かないといけないんだからね。」
それが、家で聞いた最後の母親の言葉だったと思う。

小2の夏休み、8月に入ってまもなく、母親が死んだ。
親戚も近くにいないし、兄弟もいない。親父は元々忙しい人だったから、いつも帰りは遅い。
それでも俺はガキなりに家事を覚えて、料理も簡単なものなら何でも出来るようになった。
でも、カレーだけは作らなかった。大鍋でカレーでも作っておけば楽なのにも関わらず。
なぜなら、母親が最後のカレーを作ってた時、俺が手伝おうとして鍋を焦がしてしまい、
母親に怒られたのを思い出すから。それが母親に怒られた最後の記憶。
以来、カレーは外でしか食いません。

488 名前:水先案名無い人 メェル:sage 投稿日:03/05/01 10:53 ID:0+CN4E2z
自分が小学5〜6年生の頃の話ですが
当時の親父がダメダメの多重債務者で、怖い借金取りがしょっちゅう家に来てました。
母は朝から晩まで勤めに出てたので当然ガキの自分が応対し、大声で怒鳴られ
たり小突かれたりしてたんですが、近所の人も親父が借金踏み倒してたんで誰も助けては
くれませんでした。
そうこうしてとある日、小学生の自分でもそれとわかるものすごい迫力の人が尋ねてきて、
「おぅボクー お父ちゃんおるかー?」とずかずかと家に乗り込んできました。
親父は数日前から帰っておらず、絵に描いたような貧乏アパートで半べそかいて
ひもじそうな自分を見て同情してくれたのでしょう、「ごはん食べたか? おっちゃん
がなんかおごったろ」 と黒塗りのでかい車に乗せてハンバーグ(いまだに忘れません)
を食べに連れて行ってくれました。
そうして家に戻ると、いつも見る取立ての人が玄関の上がり口にどっかりと腰をおろして
おり、またいつものように「コラガキ*@§☆」とまくし始めたのです。
そこにド迫力のおじさん登場、「ゴルァおんどれー 子供になにぬかしとんじゃ ワシは
○○会の☆☆ゆうもんや、ワシに同じことゆうてみい!」とその取立人を追い返して
くれました。帰り際にその人は、「また同じような奴が来たら、これ見せたらええわ」
と大きな名刺をくれて去っていきました。
その後その名刺がたびたび威力を発揮し、取立てが止んだのは言うまでもなく、
しばらくして親父と離婚した母とその町を出ました。

あのおじさんにはその後会うことは無かったんですが、子供だった自分にはヒーロー
でパンチパーマの神様でした。

18 :ロシアのルーレット ◆s595hC62I6 :04/02/22 01:08
小学校のとき、先生に知能に障害がある子のうちに遊びに行かされた
彼は脇目もふらずにドラクエ3をやっていて、正直、「こいつでもドラクエとかわかるんだなあ」と思った
三十分ほど彼のプレイを見ていて、とても悲しい事に気が付いた
彼がそのゲームでやっているのは、アリアハンの周りでスライムとカラスを倒す、ただそれだけだった。パーティにただ一人の勇者のLvは50を越えていた。彼は永遠、素手でスライムを殺し続けた
とても楽しそうだった
先に進めてやろうと思い1コンに手を伸ばしたら凄い剣幕で怒鳴られた。なんて怒鳴られたか聞き取れなかったけれど、とにかく怒鳴られた
それを見て彼の母親が「ごめんなさいね、○○ちゃんはファミコン大好きのよ」と僕に謝った
彼はドラクエ以外のソフトは持っていなかった

僕はそれ以来、ゲームをやらなくなった。以前のようにゲームにのめり込めなくなってしまったのだ。コントローラーを握るとやるせなくなった。友達の家に行ってもみんながやるのを見ているだけだった
その間、僕はゲームに興じる友達の背中だけを見るように努めた
本当にむなしかった
その内に、僕はファミコンを憎むようにさえなった。今までの人生の中で、あんなに何かを憎んだことはない
それは真夜中に僕を目覚めさせた
ゲームなんかこの世からなくなってくれと本当に願った
僕はソフトを彼に全部あげて、本体は捨ててしまおうと思ったが、兄に怒られそれすらできなかった。
一人暮らしをしている今でもゲームは嫌いだし、もちろん家にも置いていない。

時々、彼と、永遠に世界を救えなかったであろう彼の勇者の事を思い出すと、とても悲しくなる

323 :4歳の時 :03/05/25 00:15
他の思い出と言えば、
母親の膝の上でテレビを見ながら「サンタさんにチェンジロボ貰うんだ!」とかほざいてたり、
アニメのセイント星矢を見ながら何度も「こういうふうになったら死ぬの?」と聞いてみたり。
母親はその質問に「死なないよ。」と言いながら微笑んでた。
でも、それから間もなく、、年が明けてから急に逝っちゃったね。二度目の蜘蛛膜下出血で。

326 :4歳の時 :03/05/25 00:25
俺は何かのイベントで母親が寝てるだけだと思ってた。
じいちゃんばあちゃんが泣いてるのを始めて見た。何で泣いてるのか分からなかった。
皮肉にもその時じいちゃんばあちゃんが泣きながら母親の名前を呼ぶ様を見て母親の名前を覚えた。
母親が焼かれて骨になって出てきて始めて母親の死を認識した。涙が出てきた。

あれから16年とちょっと。母親には悪いけど、日記読んじゃったよ。
ベタ惚れだった親父と結婚できて良かったよね。
思い出は馬鹿なことをして怒られてることばっかりだけど、
親父と二人で撮った写真・家族写真の中の母親はすごい幸せそうだ。
おかあさん、俺は今、三流だけど、大学生だよ。
自慢できる息子じゃないけど、絶対に恥はかかせないから。
天国も地獄もないと思ってる馬鹿息子だけど、一応見守っててください。

855 名前:長いけどごめん 投稿日:03/12/18 21:12
昨日合コンあった。
ブサメン俺とイケメンA(幹事・遊び好きのB系)とイケメンB(クリスマス近くて飢えてる)と普通メン。
俺とAとBは大学の友達。Aの開く合コンに呼ばれるのは4回目で、どうせまた人数あわせだろうなとは思いながらも
わずかな期待を胸に抱いて飲み屋の個室に行った。女の子4人(Aの知り合い)はどの子も遊んでそうだけど可愛かった。

Aは本当に女の子達を盛り上げるのが上手で5分もたたないうちに場はテンション↑。
30分ぐらいたった時Aがトイレにいく。それと同時に酒が入ってる女のひとりD(過去に合コンで俺とも面識ある)が俺に
「そういえばさー、前の(合コンの)ときあったじゃん。あれから○○(俺)クン、E子にキモメル送ったっしょー?」
E子はDの友達で、過去の合コンの時に俺が唯一メルアドをゲットした女の子だった。(ちなみに昨日の合コンにはいなかった。)
確かにメールを何回か送ったのは事実だったが、内容もたいしたことないし向こうも普通に返信していてくれた。
俺はキョドリながらDに「E子なんか言ってたの?」と聞く。「E子怖がってるからマジやめといてやってね。」と答えるD。

そこから地獄の始まりだった。そのメール内容に場は興味深々で、E子から聞いたらしいDが大げさに装飾して
ベラベラしゃべり、場は笑いと引きと俺への嫌悪のまなざしの渦。その時点で今までは「クリスマス」やら「バイト」やらが中心だった
話のネタが「俺という人間」にシフト。Aもトイレから帰って来て「なになに?盛り上がってるじゃん!?」と興味津々。
Bが俺が普段学校でいかに挙動不審でキモイかを笑いのネタとしてしゃべりまくる。場は大笑い大笑い。
D以外の3人の初対面の女も俺のことを【完全に見下していい人間】だと判断したらしく容赦なく俺の容姿を笑いのネタにする。
場は大笑い大笑い。はじめは「うっせーなー」と笑いながら返していた俺も、だんだんと頭が真っ白になっていき涙が出そうになった。

859 名前:長いけどごめん 投稿日:03/12/18 21:13
心の中で(ここで泣いたら俺は終わりだ)を繰り返しながら踏ん張っていたら、トイレから帰って来て以来なぜか
盛り上がりの輪に入ってなかったAが「おめーらマジうぜーって」と一言。場は一瞬「はぁ?」といった感じで凍りつく。
「なんかマジ最低だな。つか人間じゃねぇって。」と言いながら席を立って店を出て行こうとするA。
ポカーンとしてる俺に向かって「おい○○早くこいって。」と言うAに促され、俺は混乱しながらも席を立った。
席を立ってAの後を追う俺の後ろからは沈黙の後の「はぁ?」だの「わけわかんねー」だの「かっこつけ?w」だの
場に取り残された男女の声が聞こえた。

店を出てからの俺は頭を整理するのでイッパイイッパイでAの後ろについていった。
んで自分がどういう目にあったかをひとつひとつ整理していったら、堪えてた涙が嗚咽と一緒に出てきた。
自分が情けなくてしょうがなかった。Aは歩きながら「マジムカつくよな」とか「マジおちるって」とか言ってたけど
独り言なのか俺に同意を求めているのかわかならかったので俺は何も返さなかった。
とにかくAは街をどこ行く当てなどなく早足で歩き、俺は後についていった。
今思えば、この時のAは俺とは比べ物にならないぐらい頭を整理するのでイッパイイッパイだったんだと思う。
自分が言っちゃったこととか怒りとか今後あいつらとどうなるのかとか。
歩いてる途中、Aの携帯の着信音が何回か鳴ってたけど、Aはそれを無視してた。

861 名前:長いけどごめん 投稿日:03/12/18 21:14
ずーっと歩き回ってAはそばにあったコンビニに入った。俺も続いた。
Aは飲料コーナーに行って、「飲みたらねーから俺んち来て飲まねー?」と聞いてきた。俺は断った。
そのうちAがはっと思いついたように「そういや俺幹事のくせに金払ってねーじゃん!!」と言った。
俺は「俺もだよ。食い逃げじゃん俺ら」と返した。二人してコンビニで爆笑した。
「食い逃げだよギャハハハハハ!!」と二人してコンビニで腹がよじれそうになりながらずーっと爆笑してた。

今日になって、俺は到底学校に行ける気分じゃなく家のベッドであれこれ考えていた。
夕方にAから電話があった。必修科目のテスト範囲発表が授業であったらしく、休んだ俺を心配したようだった。
俺が「コピらせろ」と言ったらAは「100円な」と返してきた。普段どおりの会話に俺はすごく安心した。
(俺を呼ぶのはどうせ人数あわせだろ。)とAに対して思っていた自分を本当に殴ってやりたくなった。
思えばAの交友関係は広いし、わざわざ俺なんかを呼ばなくてもいいはずだったんだ。
ブサイクでキョドってばっかで彼女一人できない俺をほんとに心配して、Aは毎回合コンに呼んでくれたんだと思った。
「なんかマジ最低だな。つか人間じゃねぇって。」と言ってくれたAの声は結構震えていたのを覚えている。
Aみたいに誰とでも気軽に話すチャラけた男でも勇気を振り絞って言ってくれたんだと思うと、なぜか気が楽になった。
こいつとはずっと友達でいたいと思った。




     

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