PickUp #216  2003.07.09   <- Prev  Home   Next ->


No.216 嗚咽 その4 より

123 :大人の名無しさん :03/04/07 22:24 ID:/UBbjfHk
身元不明のホームレスとして死んだ父親
身勝手な人だった。母の婿養子として結婚して店を継いだにも関わらず
遊蕩三昧で店をつぶし、借金を残して店の従業員と逃げた。
そんな父が私は大嫌いだった。
母と二人父の写真を燃やして、父のすべてに別れを告げた。
それから母子二人必死で生きてきた。
でも父の遺品として、私の写真と「娘へ」とマジックで書いたビニール袋いっぱいの小銭を
渡された時になぜか涙がこぼれてきました。
ずるいよ・・お父さん。

170 :大人の名無しさん :03/04/23 10:05 ID:WjmOz0ey
すみません、触発されて俺もお話しさせてもらう。

俺が結婚したのは俺が20、妻が21の時で、学生結婚だった。
二年ほど、貧乏しながら幸せに暮らしていたが、あるとき妊娠が発覚。
俺は飛び上がるほど嬉しくてひとりではしゃぎ、
無茶はするな、という妻の言葉も無視し次の日には退学届けを提出。
叔父さんの経営している会社にコネで入れてもらった。
まあ、とにかく俺はやる気満々で働きまくって子供元気に育てるぞ!
ってなもんだった。単純だった。

その後しばらくして交通事故で妻がお腹の中の子と一緒に死んだ。
このあたり本当に今でも良く思い出せない。
なにやら言う医者につかみかかって殴り飛ばしたこと、
妻を轢いた車の運転手の弁護士を殴り飛ばしたことは
うっすら覚えている。(むちゃくちゃだ)

そのあとは本当に記憶が曖昧だが、
葬式もきちんとすませ、手続きなんかもテキパキこなし、
何日か実家で休んだあと家に戻った。
それからは日付の感覚もなく、テレビも見ず、ただ米を炊いて、食って過ごした。
自分が鬱なのだとか落ち込んでいるのだとかそういう思考もなかった。
自分でも状況がよくわかっていなかった。
なんとなく、カッターで指先を軽く切っては治るまで放置する、
とかいう今思うとほとんど病気(そうだったのだろうが)のような
事を繰り返して過ごした。
突然夜中に涙がぼろぼろ出てきて混乱したりしたが、
オナニーして寝てやった。
死のうという気持ちもなかったと思う。
当時のことを友人や親に聞くと、様子伺いの電話などには
きちんと受け答えしていたというのだがあまり覚えていない。
おそらくそんなこんなで半年は生活していたと思う。

171 :大人の名無しさん :03/04/23 10:21 ID:WjmOz0ey
ある時夢を見たが、何の夢かは覚えていなかった。
とにかくひたすら謝っていたように思う。
ふと目が覚めて、ああ、なんか悪夢をみたなと
体を起こしてその光景に心臓が止まるかと思った。

目の前に小さな女の子がちょこんと座って俺を見ている。
なんだこれは、夢か?まだ夢か?と思いながら
自分の心臓の鼓動で視線がぐらつくのを感じてびっくりした。
とっさに水子の霊だと思った。死んだ俺の子が化けて出たと思った。
そのときがはじめて自分の妻と子供が死んだとちゃんと
認識した時だったように思う。
その子が、「大人なんだから、ちゃんとしなきゃだめなんだよ!」
と俺を叱りつけた。
もう混乱に継ぐ混乱だ。汗なんかダラダラ出て、
俺、心臓麻痺で死ぬんじゃないかと思った。寝起きだしなおさら。
そのとき、部屋のドアから大慌てで隣の部屋の奥さんが入ってきた。
「すみません!この子勝手にはいっちゃって・・・」
そこでやっと現状を把握した。
よくよくみれば、この子は隣の家の子共で、
妻がいた頃はなんども会話を交わしたことのある子だった。
ドアを開けっ放しにして寝ていたところに入ってきた実在の人間だ。
幽霊じゃない。
ああ、違うのかと思った瞬間、
なんだかベロリと目の前の幕がはがれたような感じで、
俺はその子にしがみついて号泣していた。
「すいません」と「ありがとうございます」を意味不明に連発していたと思う。

あとから聞いた話では、そこの一家はひきこもっていた
俺のことを心配してくれており、
何度も夫婦で何をして上げたらいいか、と相談していたらしい。
その相談を一人娘のその子は聞いていて、
落ち込んだ大人を励ましてやろうと活を入れにきたらしい。すごいやつだ。

173 :大人の名無しさん :03/04/23 10:35 ID:WjmOz0ey
とにかく、その日がきっかけで俺はカウンセリングに通い、二ヶ月ほどで職場復帰。
届けも出さず休んでいた俺を休職扱いにしてくれていた叔父は
快く迎えてくれ、しばらくのあいだ毎晩メシをおごってくれた。
隣の夫婦とも仲良くなり、寝起きの悪い旦那を起こしてくれとか言う理由で毎朝家に呼ばれ、朝飯をごちそうになった。(かなり強引だ)
とにかくもう俺の周りの人間が神級にいいひと達だった。
俺は救われたし、妻と子供の死をちゃんと悲しむことができた。

で、その娘さんが先月結婚した。(すでにその隣室の親子はマイホームを建て引っ越していったが未だに仲良くしてもらってる。)
親戚が少ないから、とか言う理由で式にまで俺が呼ばれ、
親族紹介のあとその子と話す時間があった。
俺とその子は口が悪い感じの関係で(15も年が離れているのに)、
その日もあまりにも綺麗になったその子に動揺して
「オメーまだ18才なのに結婚しちゃってもったいないな」
などと俺が言うと笑いながら
「寂しいのか、あんた?」などといいやがるので
寂しいよ!と言った。
俺は昔、お前に助けてもらった、おまえのお父さんとおかあさんにも
助けてもらった、だからお前のこととても大好きだ、
だから寂しい!とまくし立てるとまた号泣していた。
30過ぎたおっさんがヒックヒック言いながら花嫁の前で号泣だ。
はずかしい。気づくとその子も大泣きだ。
新郎側はびっくりしただろうな。親以外のおっさんと新婦が大泣きしてるんだから。

俺は今でも結局独り身だが、
その子が困ったらなにがなんでも助けてやろうと思っている。
恥ずかしいのでその子には言わないが。
もう俺にとってはあの子は自分の娘みたいなものなのだ。
なにぶん前半は10年くらい前のことなので
なんだか人ごとのように淡々とした文章で申し訳ない。
本も読む方じゃないし文章も稚拙ですまん。
漫画みたいな話なので2ちゃんで書くのは恥ずかしいと思っていたが
このスレを見ていたら俺も書き込みしたくなった。長文すまん。

259 :その1 :03/05/10 20:30 ID:jp04WoOm
今日は兄の誕生日だ。私より10才年上の兄は、
私が10才の時に両親を事故で失って以来ずっと私を育ててくれた。

兄は私を育てるために大学をやめ、働きながら私を育ててくれた。
口癖は「お前は俺の半分しか父さんや母さんとの思い出がないんだから」だった。
授業参観にも学校祭にも体育祭にも三者面談にも、いつも兄が来てくれた。
周囲のおばさま方の中で、明らかに兄は浮いていたが
それでもいつも兄は会社で休みをもらって学校に来てくれた。

初めて作った料理とも言えないようなものを、美味しいと言って全部食べてくれた。
仕事で疲れているだろうに、家に帰ってきてから私の学校での話を聞いてくれたり
宿題を見てくれたり、学校への連絡ノートも毎日欠かさず書いてくれた。
土日も私と遊んでくれて、色々なところへ連れて行ってくれた。

そんな兄には自分の時間なんてなかったように思う。
友達のを見て、お団子ヘアにして欲しい、友達のお母さんならやってくれたと
わがままを言った時慣れない手つきで一生懸命作ってくれたのに
こんなんじゃない、お母さんに会いたいとと兄をなじってしまった。
兄はそれを聞いてごめんと泣き出してしまった。あの姿を思い出すたびに、
兄も両親を事故で失った子供だったんだと今でも泣きそうになる。

260 :その2 :03/05/10 20:31 ID:jp04WoOm
その兄が、一年前両親と同じように事故で突然この世を去った。
兄が死んだ時、私は兄が両親を失った時より一才年上だった。
兄はこの状態でまだ小学生の私を育ててくれたのかと思うと
それがどれだけ大変だったかと思って涙が出る。

兄は私がいたせいで友達と遊びにも行けなかった。
恋人も、出逢う暇さえ私が奪ってしまったんだ。
たくさんたくさんごめんなさいとありがとうも言えないままだった。
「ちゃんと幸せになれ」っていつも言ってくれたけど、
兄の幸せはどこにあったのだろう。今も考えてる。

もう兄に何も返すこともできないけど、兄のおかげでここまで来れた人生、
恥ずかしくないように生きられるように頑張ろうと思う。

お兄ちゃん、天国で見ててね。
今からでもお父さんとお母さんに甘えてるといいな。


私はまだ30代以上ではないけど、兄に読んでもらうように兄の年齢の人達に
読んで欲しくて、ここに書き込みました。
またROMに戻ります。スレ汚し失礼しました。

272 :大人の名無しさん :03/05/14 23:26 ID:x+YN0E39
ここ読んでたら、自分も思い出し泣きしてた…。

自分も、数年前父が2年の闘病生活の末他界。どうにか父不在の日々に慣れ、一周忌を
目前にした頃に続いて妹が逝った。突然。
頑張りやで、頑固で、口が達者で。友人たちを引っ張りまわして騒ぎ、しょっちゅうコンパに
行ったり、泊まりに出かけてた。
そんな奴は、実は小さい頃から喘息もちだった。
何度も入院を繰り返すうちに、励ましてくれる看護婦さんに憧れて、どうしても自分も成り
たいと、周りの反対を押し切って、看護婦として学校に通いながら勤め始めた。
薬と吸入器は手放せない。激務に疲れると、時折酷い発作が起きる。そんな時、職場に
入院する事になっては、自分の不甲斐なさに泣いていた。
それでも働いている時には、元気で明るくて、病気持ちだなんて判らないくらいに頑張って
「患者さんの心を一番よくわかる」看護婦さんとして、人気者だった。
患者の男の子に告白されたんだ、なんて、笑いながら言っていた。
高校の友達は、あんたを中心にいつも集まっていたっけね。
頑張って、頑張って、頑張って、行っちゃったね。
最後の日、最後の発作の直前まで、あんたは友達の誕生パーティをやって騒いでいた。

273 :大人の名無しさん :03/05/14 23:27 ID:x+YN0E39
「絶対あたし達はお母さんを見送ろうな」
親父の葬式でそう約束したのに、あんた、自分が見送られたじゃないか。
次に会う時には殴ってやるから覚えておけよ。

もうすぐあんたの誕生日だよ。またきっと皆が集まってくれるんだろうな。
飲んで、食べて、騒いで。一日中あんたの話をしてすごすよ。
マルボロのメンソールと、さび抜きお寿司並べてね。
あんたの好きだった野球選手はまだ現役バリバリだ。
ワールドカップは色々あったけど、日本頑張ったよ。
お母さんは未だに山ほど牛乳買って冷蔵庫に常備してるよ。代わりに飲んでるのは私らだ。
あんたの親友は二人目の子供を産んだよ。
幼馴染の男の子は、まだ言ってるよ。「いい女だったよな。俺、ヤっちゃっとけばよかったな」って。
「国立連れて行くって言ってたけどさー」ダメだったからって言いながら、未だにサッカーやってるよ。
同僚も頑張ってるそうだよ。正看の試験も受かったみたいだよ。
あんまり突然いなくなったから、今でも時々泣きながら起きる事もあるけど、まあこっちは元気だよ。

元気だよ。




     

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