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嗚咽 より

222 名前:大人の名無しさん 投稿日:2000/12/15(金) 01:18
初七日の晩、パパが夢に出てきて、私の部屋の戸の前に正座して、
にこにこしながら、(お世話になりました)というように、お辞儀をした。
それから部屋に入ってきて、風呂敷包みのようなものを私に渡し、促すように
「食え」とひとこと言った。
包みの中身は目には見えなかったけど、手にとって口にほおばった。
それは氷砂糖のような感触で、口の中でしゃりしゃりと音をたてた。
その隙にパパは部屋を通り抜けてベランダに出て、手すりを乗り越えようとした。
私はあわてて、「行かないで」と言って思いっきりパパの足にしがみついた。

ここで目が醒めました。世の中で一番好きな人でした。

もう5年になろうとしていますが、今でもよく夢を見ます。
家でいつもの定位置にパパが座っていて、私は、「でも本当にうそみたいだよね、
一時はもうだめかと思ったのに・・・奇跡的だよね」と言ったあとで、
「・・・え?」と不安に思って振り返るともうそこに父がいない、という
夢が多いです。

叫んで目覚めたりします。やはり目覚めたときは嗚咽、です。

231 名前:2度目 投稿日:2000/12/21(木) 17:48
私も弟も所帯を持って家を出て、
田舎に両親を二人きりでしてしまっていた。
小さな会社を経営していた親父は何よりも仕事優先で
遊びも仕事関係の仲間とばっかりだった。
そんな親父が二人きりになってからは母とあちこち出かけていたらしい。
でも1年前、親父が心臓発作であっけなく逝ってしまってから
母は大きな家にずっとひとりだった。
おそらく母の60数年の人生で初めてのひとり暮らしだろう。

今年の節分の翌日、用があって実家を訪ねたとき
窓の外に節分の豆が落ちていた。
母が夜、たったひとりで豆まきをしていたんだと思った途端
突然涙が出てしまった。
数粒の豆を見下ろしながら、涙が止まらず
なかなか家に入れなくて困った。


288 名前:大人の名無しさん 投稿日:2001/01/15(月) 21:33
流産した。
稽留流産といって、お腹の中で死んでるのにそのまま
留まってる流産。

定期検診で発見、次の日には手術という段取りに。
ラミナリアって言うんだっけ、子宮口広げるやつ・・
痛くて痛くて・・でも泣かないでベッドで我慢してた。
看護婦さんが「取り乱す人多いんですよ。」って言ってた。

手術室に運ばれて担当の先生の顔見たら(すごい、良い先生)
ずっと我慢して来たのに、涙がどんどんあふれでてきた。
看護婦さんが手を握ってくれた。
その後は麻酔で覚えていない。

夜中に出張先から夫が駆けつけてくれたが麻酔で朦朧としてた。
朝、看護婦さんが、綺麗な花でかざって小さな子供の棺を作ってくれた。
そして、病室で子供の魂を慰めるため賛美歌を唄ってくれた。
クリスチャンじゃないけど、唄いながら涙が一杯棺に落ちた。

札幌の天使病院でのこと。
ここの皆さんはほんとに優しくて救われた。
ちょうど、今頃のこと。雪が降ってた。
小さい棺をバスタオルにくるんで帰った。
子供には、雪って名付けた。

雪ちゃん・・そっちに行ったら沢山沢山遊ぼうね!


296 名前:大人の名無しさん 投稿日:2001/01/18(木) 00:50
俺自身の嗚咽じゃなくてスマソ

小学校の四年のころ、家の近くに飯場兼資材置き場があった。
ある日Kという転校生が来た、そこの子だった。
Kは転校が多かったからなのか、あまり友達のできないタイプだったからなのか
いつも一人だったが、俺の家と彼の住む飯場が目と鼻の先だったので
俺とKは友達になり、俺は入ったことがない飯場の中に何度も入れてもらって
意味もなく有頂天だったし、Kも俺の家に来て一緒に遊んだ。
Kはほんの数ヶ月で転校していって、俺もKのことを忘れ
飯場はなくなり、歳月は流れバブルがやってきてそこはマンションになっていった

最近、家の近所にヤクザそのまんまのベンツが止まっていて
その前を通ると中からやはりヤクザそのまんまの男が降りてきた。
こっちを凝視するその男に俺は警戒し、子供の手を握った。
その男は礼儀正しく俺に話し掛けてきた
「あそこに二十五年前あった飯場をご存知ですか?」
俺はその男を土地の権利関係のブローカーだと思ったが、関係ないから
「憶えてますよ」と答えた。
「○○(俺の名前)さんですか?」
「そうです。」
「あそこに二十五年前住んでて一時期○○小学校にいた子を憶えてますか?」
「Kか?」
「そうです!!」

名前を憶えていたことがよっぽど嬉しかったらしくKはその場で嗚咽した。
この四半世紀どんな人生を送ってきたのかは推して知るべし
家に誘うとKは固辞した。
「あんたのお母さんは、やさしくて上品で、映画の中にいるような人でした。
 俺はあんたに遊んでもらったことよりも、あのお母さんが忘れられないんです
 だから・・・・会えないです。」

同級生だった俺との会話にKは、ちょっと変ではあるが敬語で通した。
また必ず会いに来るから、と名刺を渡してKは去って行った

今年、Kから年賀状が来た
「お母さんに今度ご挨拶にうかがいたいと思っております」
とあったから俺も返事を書いた。
「うちの母もKのことはよく憶えてるそうです」と

ちなみにうちのオフクロはせがれの俺に言わせれば
おっそろしいババァなんだが。





     

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